スワローテールになりたいの

佐伯瑠璃(ユーリ)

ドルフィンライダー

第1話 夢はファイターパイロット

 晴れ渡った雲ひとつない青い空。

 あれが彼らのキャンパス。

 ジェットエンジンの音を轟かせて、彗星の如く空を突き抜ける。

 白い噴煙がこの大空に夢と希望を描く。

 私たちの空が

 日本の平和が

 世界の平和が

 その細き腕に、かかっている。




 ゴゴゴー! ヒューン! シュルシュル……


「おおっ!」

「すげぇな」

「カッコいいー!」


 四機の機体が滑走路から同時に離陸した。白と青の小さな機体が見学客の視線を一身に浴びて飛び立った。


―― ダイヤモンドテイクオフ・ダーティターン


四機がダイヤモンド編成で離陸後、そのまま上空を旋回し、正面から見学客の頭上を猛スピードで通過。

 その直後、五番機が離陸。


―― ローアングルテイクオフ・ハーフキューバンエイト


 五番機はリード・ソロと言って、ソロ演技を行う機体のことだ。離陸後は低空飛行を維持し、滑走路の端で機首を上げ急上昇。そのままクルクルと回転(ハーフキューバンエイト)をして会場右手に離脱。


―― ロール・オン・テイクオフ


 同じくソロの演技を行う六番機が離陸。車輪を出したまま上昇しバレルロールする技を見せた。


 その後、ソロの二機が大きく旋回し双方が180度回転。高速を維持したまま互いに交差して、空を斬った。


 ヒュン、ヒューンー!


「おお……」


 見上げた空に白と青のラインが入った飛行機が、噴煙で描くメッセージに見学客は魅了されていた。私もその一人だ。

 香川天衣あい、十七歳の夏。


「私もファイターパイロットになりたい」


 彼らが、日本が誇る航空自衛隊宮城県松島基地の第4航空団に所属する「第11飛行隊」ブルーインパルスだ。



     


 そろそろ将来の進むべく道を決めなければならない。絶対に今日こそは貫き通すんだとギリギリしている。その私の隣では普通にこだわる母親が眉間に皺を寄せて座っていた。

 担任は、そんな私たちの空気に気遣いながら今後の話を進める。


「えーっと、香川さんの将来の夢は……」

「戦闘機パイロットです!」

「もう……だからね、天衣。お母さん何度も言ったけど、女はなれないのよ? 飛び抜けた身体能力が必要だし、生まれつきの要素もあるの。ねえ、だから普通に短大を出て堅実に生きてほしいのよ」

「そんなの私の夢じゃない。お母さんの夢でしょ!」


 ここ数日、このやり取りを幾度となく繰り返している。母が言う「普通に」は、もう聞き飽きた。


「あの、お父様はなんと?」

「夫は基本的に私と同じ考えです」

「違うよ! 天衣の好きなことを極めなさいって」

「それはっ、戦闘機パイロット以外でよ。先生、この子ずっとこんな調子なんです。もうどうしたらよいか」


 母は困り果てた様子で担任に助けを求めた。でも、もうそれ以外は考えられないんだもの。諦めたら、死ねと言っているのと同じ。それくらい私は本気だった。


「香川さんはクラスでも成績はトップのほうです。部活動もレギュラーです。ですから、こうしてみてはどうでしょうか。国立大学コースで、先ずは防衛大学校を目指してみるとか……」

「「防衛大学校⁉︎」」


 初めて聞く大学にまさかの母と言葉が被ってしまった。


「ここは全国模試でもトップレベルでないと合格しません。航空自衛隊の戦闘機に乗るという事は、そうとう優秀でないと駄目ですよね? 先ずはそこから始めてみるとか」


 防衛大学校は試験が九月と、どの大学よりも早く実施される。仮に落ちても、まだ他の国立大学を受けるチャンスがあるという訳だ。


「防衛大学校だなんて入れるわけ……」

「先生! わたし挑戦します! 駄目だったらきっぱり諦めます!」

「お母さん、いかがですか?」

「駄目だったら、絶対に諦めてね」

「分かった」


 それでも納得がいっていない母に、担任はアドバイスとして付け加えた。

 防衛大学校に入ると特別国家公務員となり、勉強しながら給料を得ることができる。その上、授業料は免除。特別な訓練はあるものの、充実した環境で専門分野を学べるということ。近年は防衛大学校を卒業しても自衛官にならずに民間企業に就職する人が増えているのだと。


「はぁ、仕方がないわね。やれるだけやってみなさい」

「はい!」


 こうして、私の猛勉強が始まったのです。


 これまでの人生でないくらいに勉強に励んだと思う。もちろん、勉強だけじゃ駄目だから、部活を引退した後も自主トレは欠かさなかった。せっかく合格しても体力でついていけなくなっては、もともこうもない。


 そして三年の冬、その時はやって来た。担任の声かけにドキンと心臓が鳴った。


「香川、進路指導室までいいか?」

「はい」


 何を言われるのかは想像がついていた。そろそろ防衛大学校の試験結果がわかる頃だったから。正直に言うと、期待より不安の方が大きかった。


「座って」

「はい」


 私は気持ちを落ち着かせるために、制服のボタンを握り締めた。


「もう分かっているとは思うけど、防衛大学校の試験結果が出た。その結果を発表する。いいな?」

「お願い、します」


 鼓動が耳の後ろでドクドクと聞こえる。ああ、煩い。私の心臓壊れちゃったのかな。胸の骨を突き抜けて飛び出しそうだ。


「……だ」

「あ、すみません。もう一度、お願いします」

「香川天衣、防衛大学校合格」

「うそー‼︎」

「おめでとう! 良かったな。うちの高校も香川のお陰で鼻が高いよ。それでだ、入学はどうする」

「もちろん、行きますっ!」


 自衛隊地方協力本部を通じて学校に連絡が入ったのだ。試験の後、何度かその地方協力本部の担当者が訪ねてきていた。噂では私を取り巻く環境や家柄、宗教、犯罪履歴、政治活動の有無などの内部調査をしていたのではいかと。

 国家の安全と機密を握る部隊に将来関わるのならば、当然の調査なのかもしれない。真実かは分からないけれど。


 あんなに反対していた母も、すっかりブルーインパルスが見せる展示飛行に魅了されていた。私が何度も彼らの展示飛行の映像を母に見せた努力の結果だと思う。


「パイロットになれなくてもお国の為に、しっかり働くのよ」

「お母さん、いつの時代の言い方よ……」


 決して母が単純な性格だから、ということではないと思う。


 こうして私の夢は大きく一歩近づいた。


 母が何気に口にした『お国の為に』は、のちに痛いほど身にしみる事となる。そして、そこは平和に暮らして来た私には、想像を越えた世界があるということも。


 あの、華麗に舞う白と青の機体それぞれに、熱い男たちの物語があったのだ。

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