3話

『ドラゴニア・ドライベル・オンライン』へのログインは無事に成功した。


普通に考えてゲームへのログインが成功するのは当たり前だろって話だが、一概にそうとも言えないのが良くないところだ。例えば一度デスゲーム化すると後発はログインできない、みたいな処置を取るゲームだってある。今まで見た中で一番酷いのだと「デスゲーム化後もストアにフルプライスで並んでいるが購入してもゲームを起動すらできず、返金も受け付けていない」ってゲームだ。もうそこまでするならいっそストアから消してくれよ…………用事で乗り遅れて購入してもなぜか起動できず、掲示板でゴミ共がワイワイ攻略してるのを遠巻きに眺めるしかできなかったあの日・・・の記憶が俺の脳裏に蘇る。あの時はデスゲーム関係なしに普通に消費者庁に通報しようと思ったっけなぁ……やっぱりロックが掛かったけど。俺はしんみりした。だが、これから新しくゲームを始めるってのにしんみりしてちゃあゲームに失礼だと思い直して感情を抑え込んだ。


―――さて、ちょうど俺を取り囲んでいた幾何学模様のログインエフェクトが完全に霧散したところで軽く情景描写と行こう。

深さに文字通りの意味で天井・・を持たない鮮やかな空、そこに貼り付いたいくつかの立体的な雲、それらを横切って飛翔する翼らしきものを備えた影、影に向かって小石を投擲してクリティカルさせる知らないゴミ、どこか心地良さを感じるどこまでも澄んだ空気、雲をものともせず地まで届く少々明るめの日光、その日光をもって姿を明確にする無数の野草、野草を千切り取ってテイスティングを敢行する知らないゴミ、開放的な草原を駆け回るモンスターイノシシ、そこかしこに見える段差、摩擦係数を調べるゴミ、建造物、壁抜けを試みるゴミ、小池、サイフォンの原理で遊ぶゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミ――――こんなところだ。

まあ総評としては普通のオープンワールド型デスゲーム、って感じだな。まぁオープンワールド型・・・・・・・・・自体が割と珍しいジャンルではあるんだが……とりあえず、適当にその辺にいた手で穴を掘っているゴミに話し掛けて状況把握と行こう。俺は草原が踏み締められるSEを伴って彼に近付き、ザ・オーソドックス・爽やかってカンジの口調で話し掛けた。


「おいそこのゴミ、情報をよこせ」


ゴミは一心不乱に掘っていた穴から意識を外し、こちらを向いた。彼は茶色い塊に覆われた手を振り、土の塊がどこかへ飛んで行った。

ゴミは言った。


「いいだろう、じゃあお前はNニュービーMミドルGゴミか―――いや、間違いなくゴミだな、よしゴミコースで情報をやるよ」


判断が速すぎない?俺が軽く戦慄していると、ゴミは察したのか解説を入れてきた。


「いいか、よくミドルとゴミは実質同じじゃね?みたいなことを言っているゴミがいるが、全然違う―――を見ればわかるんだ。ミドルの奴らは所詮デスゲームのハマりかけ・・・・・ってトコでそこそこって感じだが、お前らゴミの目は違う。完全にイッちまってるよお前ら……実質同じだとか言ってるフシアナ野郎共の眼窩は、埋め立てて代わりに歩数計でも仕込んだ方がまだ有効利用できると俺は思うね」


なるほど?俺は理解でもするかのような素振りをした。よくわからんがその論理展開―――こいつ、本職情報屋か。どうやら俺はアタリを引いたようだな……そう考えつつする俺の催促に、情報ゴミは発言で返した。


「でまぁ情報なわけだが―――御覧の通りオープンワールド型デスゲーム、アナウンス無しスタート、エンジンは雰囲気的に多分いつもの・・・・、タイトルでもわかるが世界観はファンタジックでドラゴンがバサバサな感じ、魔法はナシだ」


情報ゴミは流石本職、という感じの手早さで情報を伝達するとすぐさま向き直り、再び地面に向けて手をドリルめいて回転させ始めた。俺は礼を言って周囲に土塊を撒き散らすゴミの元を立ち去った。ふむ、オープンワールド、アナウンス無し、魔法無し………ニュービーの奴らが事故死しそうで怖い条件だ。俺は思案しつつ、その辺に転がってた石ころを拾い上げて視界に入った適当なイノシシを投擲キルし、走り出した。



そもそもオープンワールド型デスゲームとは何か。


古来からデスゲームとは「閉じ込められて行うもの」だ、という共通認識を人間は持っていた。それはデスゲームの"ゲーム"としての報酬システム・・・・・・によってもたらされたものだと俺は考えている。というのも、デスゲームの本質的な報酬は「もうゲームをやらなくていい」なのだ。それまでの地獄のような状況から解放され、元の生活に戻れる―――そんな解放感。そうなると、そもそもデスゲームをやりたくない、という感情を抱かせることが必要になってくる。ごく初期の創作物に姿を現した所謂「理不尽型デスゲーム」では「一歩歩いただけで死ぬ可能性がある」みたいな理不尽な条件でもってその感情を引き立てていたが、「VRMMO型デスゲーム」は少々方向性が違う。VRMMOというのはやっぱりゲームだから、理不尽さを出しすぎるとゲーム・・・として成り立たなくなるし、平等性・・・を持たせる必要もあるから不用意に即死を仕掛けるわけにもいかない。そうなると「理不尽な条件」で感情を引き立たせるのは難しくなってくる―――Lv999999アースグランドマテライズゴーレムは例外だ―――そういうわけでVRMMO型デスゲームで主流になったのが閉じ込め・・・・、というわけである。プレイヤーをなるべくホームシックになるような状況に誘導して「現実世界に帰りたい」と思わせ、それを動機としてゲームを攻略させる。このモデルは一世を風靡したと言っていい。一時期は本当にすごかった、VRハード内臓の毎週更新されるゲームストアは、あの時期に限っては「誰が一番プレイヤーをホームシックにできるか選手権」の会場と同義だった。デスゲームでショック死しかけるのは想定外だったぜ…………と、それはいい。

さて、スレで「閉じ込めVRMMO型デスゲーム」の話が出ると、必ずと言っていいほど「相性が悪い!!!」だのと槍玉に挙げられるゲームジャンルがあった。


そう、オープンワールドだ。


オープンワールドってのは閉じ込めの対極・・に位置するゲームジャンルと言っていい。閉塞感に対する解放感、コンテンツの貧しさに対する行動の自由度、ダンジョンの狭さに対する世界の広大さ……すべてが反対。もちろんゲームの世界に閉じ込められている・・・・・・・・・という点は変わらないが、しかしオープンワールドでホームシックを起こさせるのがなかなか難しいのは事実だ。だから否定派はデスゲームの話が出るとオープンワールドを貶し、オープンワールドの話が出るとデスゲームをageた。


しかし、彼らは間違っていた――――本人が言うんだから確実だ。


オープンワールドは確かに「閉じ込め型デスゲーム」との相性は良くなかった。

だが、VRMMO型というジャンルが出てきてからみんなが忘れていたもう一つ・・・・――――

「理不尽型デスゲーム」との相性が、アホほど良かったのである。



散策を始め数十分、さっきその辺の木から剥いできた皮を検証がてら齧りつつ歩いていると、そそり立つ崖とそこに登攀を試みるニュービーらしきアバターを発見。おいおいニュービーにしちゃあ随分と豪快なことをしやがるな……慎重に移動し、警戒しつつ備える・・・。ニュービーはどんどん崖を登っていくが、まだ何も起こらない―――外れ・・か……?

俺がそんなことを思っていたその時、ニュービーが右手を掛けた崖の部分が唐突に崩れた。ぎょっとしたニュービーは再び崖を掴もうとするがまたしても崩れる、藁をも掴む勢いで崩れない場所を探すが全然ダメ――――俺はそいつを受け止められる位置を慎重に維持しつつ、心中で「やっぱり・・・・」と思った。

そう、これこそが「理不尽オープンワールドVRMMO型デスゲーム」の基本的な方向性……だ。オープンワールドってのは自由度のゲームだから、プレイヤーが取りうるアクションは多岐に渡る。そしてデスゲームにおいて取りうるアクションのうちある程度の割合は必ずに繋がる物が占める―――つまるところ、オープンワールドは死の選択肢が多い・・・・・・・・ゲームジャンルと言えるのだ。そしてそれは実質的に理不尽型デスゲームとの相性がバツグンであることを意味する。1000人のプレイヤーに1000通りの死をご用意、って訳ね。まぁご用意された死が必ずしも遂行されるとは限らないんだがなっ、と!俺は万策尽きて崖からフリーフォールしたニュービーを華麗にcatchingしてやれやれ……的な感じでキメつつなぜか助かって困惑しているニュービーの顔を見たがそれがさっきまで一緒にお茶会してた元GMのデフォアバのそれだったのでビビった。こいつ、いったい何を企んでいやがる……????俺が訝しみつつサァ~~~みたいな感じで距離を取ると、元GMは話しかけてきた。


「え、あ、あの……なぜあなたがここに?」


こっちのセリフなんだよな……元GMはこっちのセリフオブザイヤー参加賞を受賞した。何、お前もデスゲーム愛好家ゴミだったの????まぁ元GMなら普通にあり得る……いやそれにしてはこいつの運営してたゲームは"わかってない"の塊だったって感じだし違うか?それにデスゲーム愛好家なら常時デスゲーム総合スレを監視してるだろうしDDOがデスゲームだって報告に対してすぐ動くはずだ、俺がログアウトした直後のこいつはデスゲームに乗り込むど~~~!!!!みたいな雰囲気ではなかった―――ならばやはり違う。となると……


「おい吐け、お前にこのゲームへログインしろと命令した黒幕・・はどこだ」


誰かに命令されてきたと考えるのが妥当なところだろう。前から気になっていたが、デスゲームに使用されているゲームエンジンは基本的にどれも同じもの―――ゴミ共の間ではいつもの・・・・と呼ばれる―――だ。VRシステム向けエンジンはかなりの種類があるのにここまで統一されているのは明らかにおかしい、ならばデスゲームの制作は組織的に行われていると考えるのが妥当だ。


「えっ」


元GMが動揺する演技をしている。無駄なことを……俺は高笑いをした。オラッさっさとお前に「君、派遣プレイヤーとしてこのゲームにおけるプレイヤーの"死"のデータを集めてきてくれたまえ……すべては【巨大な瞳ギグアネト・ナイ】のために」みたいなことを言って送り出したヤローのことを吐くんだよッ!!!!具体的に言うと住所氏名性別郵便番号口座番号だ、俺はお布施がしたいの!!!!オラ!!!!!!!俺は催促した。


「いやあの、誰かに頼まれたのではなく自発的にプレイしているんですが」


元GMは言い訳をした。嘘だな、俺は一蹴した。このゲームは大して前宣伝されていたわけでもない上にフルプラだ、そこそこのゲーマーでなければそうそう手に取ることはないだろう。そしてそこそこのゲーマーというのはある程度デスゲームを経験しているものだ、このハードにリリースされる新作のうち何割かは常にデスゲームが占めているから、片っ端から新作を遊ぶタイプのゲーマーは何度かぶち当たっているはずだ。だが、こいつははっきり言ってデスゲームがエアプとしか思えないほど稚拙な運営形態を取っていた。デスゲームをプレイしていないと見るのが妥当である。つまるところ、


大前提―――デスゲームをプレイしたことがなければゲーマーでない

小前提―――元GMはデスゲームをプレイしたことがない

結論―――元GMはゲーマーではない


の三段論法が成り立ち、これをさらに三段論法に組み込むと


大前提―――ゲーマーでなければこのゲームを自発的にプレイしない

小前提―――元GMはゲーマーではない

結論―――元GMはこのゲームを自発的にプレイしない


となるわけだ。俺は穴だらけの理屈を振りかざしてドヤ顔した。


「いやあの……確かに自発的にはプレイしてないですけど」


元GMは言った。いいぞ……!!!!!そのまま吐いちまえよ、な!いったい誰が原因なんだ、エ?


「あなた、です……」


えっ


「あの、あなたが唐突にログアウトしていってしまったのが心配で、ステータスにこのゲームをプレイしてるって表示されてたから、後を追って、購入……して……」


元GMは言った。オイオイ……俺は冷や汗をかいた。こいつヤベーぞ、フレになって2日も経ってない奴がちょっと急にプレイしだしただけのゲームを普通購入するか?しかもフルプライスで、だ。玄関に来た知らない人に6万円くらいの壺とか買わされてないか心配だぜ……

俺が元GMを心配している、その時。

背後でファンファーレが鳴った。

し、しまった……!!!!!来て・・しまったのか、アレ・・が……!!!!俺は頭を抱えた、なんてこった、クソッ、まだ何も成し遂げちゃいないのにッ!!!!!

のんきに首など傾げている元GMと、慌てて振り返る俺。両者の態度にはかなりの相違があったが、見ている物は同じだった―――「GAME CLEAR!!!! Survivors:1129/1129」の文字が光るウィンドウだ。クソがっ、俺はキレた。俺としたことがオープンワールド系デスゲームのもう一つの特徴――――クリアまでの・・・・・・異様な早さ・・・・・をすっかり失念していた。あぁ、世界がポリゴンとして消えていく……クソ、せめて、せめてあとちょっとだけでもこの世界を見ていたいのにッ!!!!!しかしその願いは既に遅かった。さっきまで木だったものが何枚かの反り板に、さっきまで草だったものがいくつかの三角ポリゴンに、さっきまで雲だったものが粒子と散り、さっきまで元GMだったものが―――

―――そこで台形ポリゴンに分解された眼球により、俺の視界からドラゴニア・ドライベル・オンラインの世界は完全に姿を消したのだった。

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