5話 君の行く末を誰も知らない





 石田連太郎という名の青年が死んだことは、誰も知らない。



 数日前。


「え?・・・石田連太郎は直葬だったんですか?引き取り手は?」


 石田が直葬にて荼毘に付されたと新堂が聞いたのは、上司である内田に無理やり取らされた長期の有休明けのことだった。


「身内は母親だけだったらしいが、再婚していて受け取りを拒否したそうだ。」

「じゃあ遺骨は?」

「さあな。無縁仏は行政の管轄だ。どうすることもできんぞ、新堂。」


 書類整理をしていた内田は視線を上げ、釘を刺すように語気を強めて新堂に言う。

 新堂は「いやだな、わかってますよ」と口先で軽く笑っていたが、目は合わせようとしない。内田は小さく息を吐いた。

「一応、忠告はしたからな」



 24時間勤務明け、新堂はあの病院前に立っていた。

 昼前とはいえ、受付前には未だ患者がうようよいる。それを避けながらキョロキョロ辺りを見渡した。


 仕事以外で病院に入ることが少ないため、目指す移植病棟の場所が分からず、とりあえず案内板を探す。


「えっと、現在地はここだから、」


 職業柄、目的地への最短コースを模索していると、不意に隣に人の気配がした。


「どうした新堂君、具合でも悪いのか?俺が直々に処置してやるぞ?」


 新堂は若干苦い顔になった。意地の悪い無精髭姿の中年が、ニヤニヤしながら新堂を見下ろしていたのだ。

 紺色の手術衣の上に纏った白衣。救急医、谷口だった。


「あれー?谷口先生、救急病棟はここではないですよ?ほら、案内板によると、」

「勤務医なんだから迷子になるかよ。お前を迎えに来たんだよ。内田さんから連絡があった」

「内田さんから?」

「たぶん新堂が行くかもしれないから、暴走しないように誰か見張りに付けてくれっていうからな、俺が来た。」

「それはそれは、御大自ら、恐れ入ります。」

「まったくだ。内田さんの頼みじゃなけりゃ、追い出してるところだぞ。俺も暇じゃねえんだからな。ほら、こっちだ。ついてこい。」


 ペタペタと、履き古したサンダルを響かせて、迷路のような病院内を谷口はどんどん人気の少ない通路へと向かう。


「・・・下咲瑞季さんの容態は安定してるんですか?」


 往来に人の姿が見えなくなった頃、先を歩く白衣に新堂が問った。

 だが谷口は頭をバリバリ掻きながら、「守秘義務がある」と応えない。


「ですよね。」

「あんまり患者に深入りするんじゃねえよ、新堂。初めて目の前で患者が亡くなるってぇのは確かにショックなことだがよ、」

「内田さん情報ですか?俺の情報駄々漏れですね。守秘義務どこ行ったんですか」

「内田さんは心配してんだよ。」

「知ってますよ」


 谷口が歩きながら背後の新堂を盗み見る。新堂は自嘲気味に笑っていた。谷口は大袈裟に溜め息を吐いた。


「容態の確認をしたら、もうここには来るなよ。」

「わかってますって。」


 快活に了承していた新堂を、谷口は翌々日も、そのさらに二日後にも同じ個室で目撃した。


     ・・・


 下咲瑞季の容態は安定していたが、2週間経っても何故か意識が戻らなかった。


 1週間ほど勤務明けには必ず通っている新堂が、その間病室で下咲瑞季の身内に会ったことは一度もない。病室に何者かが来た形跡さえもない。


 新堂は慣れた様子でパイプ椅子に腰掛け、眠る下咲瑞季をただぼんやり眺める。

 もし、今日誰かに会ったなら、下咲瑞季の病室へ通うのはもう止めよう。


 新堂は、そんな言い訳じみたことを、来る度に何度も頭の中で繰り返していた。









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