七 む~~~

 クラリスタの指示を聞きながら、土台の為の石を拾い、流木や落ちている枝などを集め、朽ちかけた木から木片を取る。材料を集め終えると、まずは石で土台を作成し、次に、集めた木材の大きさを整える作業に取り掛かる。大きさを整える為の作業も門大が行い、クラリスタの教えを聞き、時には、実際に剣を振ってもらって、門大は、焚き火のやり方と、剣の扱い方の両方をクラリスタから教えてもらっていた。




「なあ、剣を振ってて感じたんだけど、クラリスタの体が覚えている動きみたいなのがないか?」




 門大は、焚き火の準備が終わると、地面に突き刺すようにして置いてあった二振りの剣の方に、クラリスタのちぐはぐな顔を向けながら言った。




【あるかも知れませんわね。何しろ、剣の鍛錬は相当にやりましたもの。それが分かるという事は、門大もその動きができるという事ですの?】




「どうだろうな。振ってみようか? ちょっと待って」




 門大は言うと、クラリスタの体を動かして、剣の傍に行き、二振りの剣を地面から抜く。




「そう言えばさ、これって、左右を間違えたらなんかあるのか?」




 雷を放つ剣と炎を放つ剣とを、雷神と炎龍の体に合わせるように、右手には雷神の剣を、左手には炎龍の剣をというように、門大は意識しながら持つようにしていた。




【左右を変えると、雷や炎が使えなくなりますわね。それ以外はわたくしの知る限りでは、何もないはずですわ】




「それだけなら良かった。喧嘩でも始まったらまずいなって思ってた」




【面白い事を考えますのね。けれど、そういう事もあるかも知れませんわよ。何しろ、この剣は雷神と炎龍の体の一部でできていて、生きていると言われていますもの】




 門大は神の目と龍の目を動かし、両手の剣を交互に見た。




「なんか怖くなって来たかも」




 門大は言ってから、怖くなって来たかもって、余計な事を言ったか? 失敗した。と思う。




【門大。顔と体の筋肉の動きに出ていますわよ。変な事言っちゃって、クラリスタが怒っていたら嫌だな? というところでしょうか?】




「ごめん。つい調子に乗った」




 クラリスタが優しく笑う。




【気を使い過ぎですわ。全然気にしてないですわよ。もちろん、悪意があって言っているのだったら、怒ったりはしないですけれど、凄く傷付いて、死んでしまうかも知れませんわ。けれど、今のような物なら何度言われたって平気ですわ。門大の気持ちは、あの時に、言ってもらったので、分かっているつもりですもの。ですから、変に気を使わないでいいですのよ】




 クラリスタが言葉の途中から、自分の胸の辺りにそっと右手を当てつつ言った。そういえば、クラリスタは胸の傷を隠さなくなってる。今まで気付かなかったけど、気を使ってくれてるんだろうな。折角、また、前みたいな感じに戻れたんだ。この関係を大切にしないと。クラリスタはああ言ってくれたけど、もう二度とクラリスタを傷付けないようにしないとな。と門大は強く思った。




「クラリスタ。ありがとうな。それじゃ、剣を振ってみるかな。あ、いや、待った。剣を振ってみる前に、先に火を付けちゃおう。剣から炎を出して、ただつければいいのか?」




 門大の言葉を聞いたクラリスタが、お礼なんていらないですわ。と嬉しそう笑いつつ言ってから、体を動かし、焚き火の準備がしてある場所の傍に行く。




【本来ならば、乾いている木の皮や、小さくて細い枝などを集めて、火種を作る所から始めるのですけれど、わたくし達には、この剣があるのでその辺りは端折ってしまいますわ。けれども、木材の方が先ほどまで降っていた雨と水辺に近い所から集めた物なので、湿気ているので、そこは、ちょっと工夫が必要になりますわね。とは言っても、心配はいりませんわ。そこも、この剣の力でどうとでもできますのよ。木材を乾かしながら燃やしていけばいいのですわ。わたくしが先に少しだけやってお手本を見せますわ】




 クラリスタが言って、焚き火の準備がしてある場所から、ニメートルくらい離れると、左手に持つ剣の切っ先を積んである木材に向ける。




【始めますわね】




 クラリスタが言うと、剣の切っ先から炎が吐き出される。火炎放射器から放たれるようにして出る炎の長い舌が、舐めるようにして木材を炙って行く。




「迫力あるな。そうやってやってればいいのか?」




【燃やし過ぎないよう注意しながら、木材自体が燃えるのを待っていればいいのですわ。木材自体が燃え始めたら、剣から出る炎を止めて下さいましな】




 剣から出ていた炎が止まる。




「じゃあ、やってみる」




 門大は言い、剣の切っ先から炎を吐き出させ、クラリスタがやっていたのと同じように木材を炙り始める。




【門大。上手ですわ】




「クラリスタ。ありがとな」




 木材が熱せられ、中にある水分が音をたてつつ木材を割り、木材の表面に出て来て、沸騰を始める。煙が上がり出し、辺りは木材の燃える香りに包まれる。




「キャンプに来てるみたいだ。キャンプファイヤーって、なんだか分からないけど、テンション上がるんだよな」




【そうですわね。けれど、わたくし、男の人と二人きりでキャンプなんて初めてですわ】




 クラリスタが言ってから、急に不自然に龍の大きな口と、神の、これは見えてはいないが、動きから、普通の大きさの口であろうと思われる、口をぎゅっと結んだ。




「どうした? 今、なんか、顔の動き変じゃなかった?」




 門大は、顔の筋肉の動きに気付けた事を、得意になって言った。




【なんでもありませんわ】




 クラリスタが小さな声になって言う。




「どうした? 変なクラリスタだな」




 門大は言ってから、ああ。そういう事か。と思う。




「大丈夫だよ。二人きりだけど、男って言ったって、俺、おっさんだぞ。前にも言ったけど、クラリスタと俺は、親と子供ほども年が離れるてんだ。何を気にしてるか知らないけど、何も気にする事なんてないって。それに。クラリスタは一番重大な事を見逃しているぞ」




 門大はそう言って、クラリスタの言葉を待つように沈黙する。




【わたくし、何を見逃していますの?】




 クラリスタが不思議そうに聞く。




「俺達は、二人で一人だ。体が一つしかない。だから、例えば、そうだな。手を握り合いたいと、まあ、そんな事は思わないけど、いや。今は、話が進まなくなるから、何かの拍子に思ったとしても、そういう事はできない。だから、大丈夫だ」




 門大が言い終えると、右手が、持っている剣を地面に突き刺し、柄から離れ、炎を吐き出している剣を持っている左手を、剣の柄の上からそっと優しく握る。




「お、おお? 急に、どうした?」




【これでは握った事にはなりませんの?】




「クラリスタ?」




 右手が左手から離れ、地面に刺さっている剣の柄を握る。




【門大があまりに素っ気ないので、ちょっとからかってみただけですわ。門大から見たら子供かも知れませんけれど、わたくしだって年頃の女の子ですのよ。乙女心をもっと大切に扱って欲しいものですわ】




 クラリスタが拗ねたように言った。




「まったく。変なからかい方するなよ。ちょっとびっくりしたじゃないか」




【びっくりしましたの? それは、どういう意味でですの?】




 クラリスタが勢い込んで言う。




「びっくりは、びっくりだよ。意味なんてないぞ」




 年頃の子供っていうだけでも何を考えてるか分からない時があるのに、女の子だからな。付き合い方が難しい。と門大は思った。




【そういう態度をするのですのね。分かりましたわ。次はもっと門大が驚くような事をして差し上げますわ】




「いや。いいから。そんなとこで変に意地にならなくていいから。あ。でも、よく考えれば、そういうのもいいかも知れないか。クラリスタだって年頃の女の子なんだもんな。相手は俺だけど、普通の女の子みたいな事をやってれば、パワハラ幼馴染悪役令嬢とかって言われなくなるようになるかも知れない。分かった。付き合ってやるぞ。変なリアクションとかしちゃうかも知れないけど、キモイとか言うなよ?」




【キモイの意味が分かりませんけれど、今は、その事はどうでもいいですわ。そういう事を言うのですのね。わたくしがあの時、どれほど傷付いたか。門大。分かっていないとは言わせませんわよ】




 クラリスタが言い、右手が動くと、素早く手首を返して、持っている剣の刀身を自分の体の方に向ける。




「い、いや、それは、ほら? さっき、変に気を使わないって話になったから」




 剣の刀身がゆっくりと、クラリスタの首に迫る。




「ク、クラちゃん? 何をする気かな?」




【クラ……? ちゃん……?】




 言って、クラリスタの動きが止まる。




「ごめん。クラリスタ。余計に怒らせちゃったか? そういう呼び方もありかなって思って。気易かったよな。馴れ馴れしかったよな。ごめん。もう言わないから」




【もう一度】




 クラリスタがそれだけを言う。




「どうした? もう一度なんだ? もう一度言ったら、斬るとかいうなよ?」




【もう一度】




 クラリスタが、嫌々をするように顔を左右に振ってから言った。ん? これは、ひょっとして、言えって事なのか? 門大はそう思うと、恐る恐る、クラちゃん? と問いかけるように言ってみた。




【む~~~】




 クラリスタがかわいい声で唸る。




「怒ったのか? それとも、あれか? 情けなくって、涙が出て喰くらあ、みたいな感じなのか?」




 門大はクラリスタの反応次第でいつでも謝れるようにと体制を整えて待った。




【いいですわ】




「何が?」




【その呼び方。生まれて初めてそんな呼び方をされましたわ。なんだか、心の中がぽうっとなって、恥ずかしくって、それでいて、なんだかとても嬉しくって】




 門大は、クラリスタが怒っていなかった事に安堵の息を吐きつつ、やっぱり年頃の女の子の相手は難しい。と改めて思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る