六 剣と魚

 その異様な姿の存在を主張するかのように、鏡面仕上げをされているかのように輝いている、全身を覆う金属製の鱗に周囲の景色を反射させながら、 湖の岸の地面の上に身を横たわらせている巨大魚は、改めて落ち着いてその姿を見てみると、あまりにも不気味で、この魚がこの湖の中でどうやって生きていたのかを想像する事もできず、本当に生きていたのかどうかも怪しいと思えるほどに、異質さを感じさせる物だった。




「クラリスタ。これ、本当に食べる?」




 門大は、変身したままのクラリスタの姿が映っている魚の体から、クラリスタの神の目と龍の目を動かして、視線を外すと、魚の腹の部分から生えている、金属製の鱗に覆われている、人の腕と同じような形状をしている腕を見つつ、クラリスタはいつものような調子で答えてくれるかな。と思い、少しだけ緊張しながら、先ほどまでのやり取りなどなかったかのように、普通にそう言ってみた。




【生きる為ですわ。わたくし、こう見えても、蛇や蜥蜴を自分で捕まえて食した事がありましてよ。虫だけは駄目でしたけれども】




 門大は、クラリスタの言葉を聞き、クラリスタは本当にもう大丈夫そうだ。と安堵すると、クラリスタの腕の龍の方の腕を動かし、手に持っている剣の切っ先で、魚の腹から生えている腕をつんつんと突いてみる。




「どう見ても、金属の鱗に覆われている人の腕に見える。お腹の中、内臓、出すんだろ? 中から人型の物体とか出て来そう」




 門大は、魚体の一部分と化している、血塗れの人型の物体の死体を想像して、やっぱりこの魚を食べるのは絶対に無理そう。と思う。




【もう、門大は酷い人ですわ。先ほどは、クラリスタのお陰で食料を得られたと、言って、喜んでいたはずですのにそんな事を言って。食べるのはわたくしの体ですわ。そう思えば我慢できると思いましてよ】




「俺はクラリスタの体が食べても嫌だって思うぞ。君に何かあったらどうするんだ?」




【それは。そんな事言われたら、食べられなくなってしまいますわ。その言い方は卑怯ですわ】




 神の目と龍の目が細められるのが顔の筋肉の動きから伝わって来る。門大は、その感触とクラリスタの言動から、なんとなくだけど、顔を見てなくても龍の目に表れる表情が、今どうなってるか分かるようになって来たかも。と思った。




「クラリスタ。今、優しい目をしただろ?」




【どういう事ですの?】




「顔を見てなくても、顔の筋肉の動きと、クラリスタの言葉から、龍のクラリスタの目に今どんな表情が浮かんでるかだいたい分かるような気がして来たんだ。それで、どう? 合ってるか?」




 クラリスタが笑う。




【面白い事を考えていますのね。合っていますわよ。わたくし、今、門大が心配してくれたので、とても幸せで優しい気持ちになる事ができていますの。それでついつい表情を動かしてしまいましたわ】




「おお。俺、やるな。この一つの体に二人という状況にも慣れて来るもんなんだな」




【門大は本当に面白い人ですわね。一緒にいて退屈しませんわ】




 門大の言葉を聞いたクラリスタが笑いながら言い、魚の体の方に目を向けた。




【折角の楽しい時間ですけれど、楽しんでばかりもいられませんわ。この魚をなんとしなければいけませんもの。けれども、大問題がありますわ。この魚、鱗は剥がせそうにありませんし、このままだと硬くてさばけそうにありませんわ】




 言い終えたクラリスタがゆっくりと剣を振り上げると、行きますわよ。と言ってから、魚の胴体の部分を思い切り斬り付ける。剣の刀身と魚の体から、派手に火花が散ったが、魚の体には傷一つ付いてはいなかった。




「分かってたけど、斬れないな」




【ええ。分かっていましたけれども、まったく斬れませんわ】




 左右がちぐはぐになったままのクラリスタの顔が動き、湖の向こう岸を見るように遠くを見て、二人して、途方に暮れる。




「そう言えば、俺がいた世界では、火とか電気とかを使って金属を切断する技術があったな。熱で溶かすんだろうけど、どういう仕組みでそうなるのかは、詳しくは分からないな」




 門大は文字通り思い出したように言い、両手に持っている剣をクラリスタの顔を動かして交互に見た。




【火は分かりますけれど、電気とはなんですの?】




 門大は、ううん? 電気っていう言い方の問題か? と思う。




「電気って言葉、こっちでは使わないのか?」




【言葉以前になんの事を言っているのかが分かりませんわ】




 そういえば、こっちの世界で電気を使っている物を見た事がない。灯りは全部火を使っていたし、電気で動く物もなかった。でも、雷があるんだから電気はあるって事だよな。と門大は思った。




「クラリスタ。この剣って俺も使えるのかな?」




 電気の説明からとなると、大変だぞ。というか、俺、電気の説明なんてできないしな。雷とか炎の出し方が分かれば、俺がこの魚の体の切断をやってみた方が早いかも知れない。と思うと、門大はそう言った。




【使えるとは思いますけれど。門大。電気の事はどうしたのですの? わたくしの言葉が無視されているようでなんだか悲しいですわ】




「ごめんごめん。無視したわけじゃないんだ。説明するのが難しそうで、というか、俺じゃ説明できないと思って。そんな事を思ってる間に別の考えが浮かんじゃって。それで、端折っちゃった」




 門大は言葉の終わりをちょっとかわいく言ってみた。




【そういう言い方をすれば、誤魔化せると思っていますの? もう。酷い人ですわ】




 そう言ってから、くすりと笑うと、クラリスタが右手に持っている剣の切っ先を空に向けるようにして持ち上げた。




【通常の魔法剣を使う時のような詠唱などはいらないですわ。ただ、頭の中で念じるだけですのよ。わたくしは、先ほどの戦いで使ったように、剣に雷や炎を纏わせながら戦うのが好きですけれど、そうしなくても、雷よ敵を打てですとか、炎よ相手を焼き尽くせですとか、そんなふうに念じれば、剣を振ったり、斬撃などをしなくても、雷や炎を出す事ができますわ。威力の方は、感覚的な話になってしまうのですけれど、強くと思えば強く、控え目にと思えばそうなるといった感じですわ】




 クラリスタが言い、少しの間があってから、右手に持っている剣の切っ先から空に向かって、一筋の雷が放たれた。




「おおー。凄いな。よし。俺にもちょっとやらせてみてくれ」




【わたくしは、今から、何もしませんわ。門大が好きにやってみて下さいまし】




 クラリスタが言って、剣を下ろす。




「了解。では早速」




 門大は言って、まずは、右手の剣だ。と思い、クラリスタの下ろした右手を動かす。剣の切っ先を再び空に向けると、雷よ出ろ! と思う。




「うわぁ。出た」




 自分が雷を放ったという事実に驚き、門大は変な声を出してしまう。




【もう門大ったら。うわぁ、だなんて、そんないかにもな驚き方、普通はしないのではなくって?】




「クラリスタ。今、笑っただろ?」




【笑ってなどいませんわ】




「また笑った。分かるんだぞ。俺はもう、顔を見てなくてもクラリスタの龍の目に出る表情が読めるようになってるんだからな」




 門大は言って、わざと睨むように神の目と龍の目を細める。




【今の門大は怒っていますわね? わたくしだって、顔を見なくても表情くらい読めますのよ。門大よりもこの体との付き合いは長いのですもの】




 門大は、ふっと、もう、クラリスタの姿が変わる前とまったく同じだな。いや。前よりも仲良くなった気がするかも知れない。と思い、心の中に静かに喜びが広がるのを感じた。




【こういうのって、なんだか、とても楽しいですわね。門大】




「うん。こういうなんでもない時間みたいなのが、きっと大切なんだろうな」




 門大は言って、しんみりとしてしまう。穏やかな沈黙が二人を包み込む。




【いけませんわ。またこんなふうに。早く、この魚をなんとかしないといけませんのに。それに。忘れていましたけれど、少し暗くなって来た気もしますし、火も起こさなければいけませんわ。燃える物を集めないと駄目ですわ。あら? わたくしったら、さっきも似たような事を言った気がしますわ】




 そんな沈黙が作り出していた、静かなゆったりした時間を、クラリスタの言葉が、そっと優しく終わらせる。クラリスタの言葉を聞いた門大は、クラリスタの顔を空に向ける。雨は止んではいたが、空も周囲もクラリスタの言葉通り、暗くなって来ているようだった。




「なあ、クラリスタ。それをやる前にちょっと聞いていいか? 体はこのままでいるつもりなのか?」




 雨が止んだり、周囲が暗くなって来たりといった出来事から、時間の経過を知った門大は、何かあった時は、このままの方がいいかも知れないけど、このままでいてクラリスタは大丈夫なのか? と思い、そう言った。




【ええ。そのつもりですわ。何が起きるか分かりませんもの。それに、お洋服がもうないのですわ。変身した時に破れてしまいましたの。今元の姿に戻ったら大変な事になってしまいますわ】




「元の姿に戻ったら、服も勝手に元に戻るとかじゃないのか?」




 ここはゲームの世界の中なんだし、そういう事じゃないのか? と門大は思った。




【門大。何を言っていますの? そんな事あるはずないですわ。魔法でも使えれば別ですけれど、わたくし、剣術などは得意なのですけれども、魔法の方はからっきしなのですのよ】




「この姿でいて大丈夫なのか? このままでいて、体になんかおかしな事とか起こったりはしないのか?」




【問題はないはずですわ。あまり長時間このままでいた事はないので、わたくし自身は分かりませんけれど、わたくしの一族には代々この能力が伝わっていますの。この能力を持っていた先達たちは、皆、何も問題を抱えてはいなかったと聞いておりますわ】




「それ、信じて平気か? 戻っておいた方が良くないか?」




【そんなふうに言われると、そうしたくなりますけれど、先ほども言いましたけれど、戻ってもお洋服がないのですもの】




「この魚の体で鎧みたいな物でもいいから、服は作れないかな?」




 門大は言った後で、魚の体を切断する為の剣の使い方の練習の途中だったって事忘れてた。まずは剣の扱いに慣れて、それから、クラリスタの負担を減らすようにしていかないとな。と思った。




【硬すぎて加工できないと思いますわ】




「そこをなんとかできないかな。クラリスタ。ちょっと待っててな。集中して、まずは、剣の使い方の練習からだけど、やってみるから」




 門大はそう言うと、剣の使い方を覚えるべく、意識を集中しようとする。




【門大。その前に火だけは用意してしまいましょう。体が冷えては困りますわ】




「なら、それは全部俺がやる。どうすればいいか、指示を頼む」




 門大は、言って、クラリスタの言葉を待った。

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