二 サバイバー

 二人とも何も言わず、水辺に小さな波が打ち寄せる微かな音だけが、辺りに響く。水面に映るクラリスタの表情にはなんの変化もない。石元門大は、クラリスタの顔を笑顔に変えた。




「それいいかも。俺も、自分で言っておいてなんだけど、なんか面倒臭いなってちょっと思ってたんだ」




 言って、門大は、クラリスタの言葉を待つように沈黙する。




【ごめんなさい。我が儘を言っていますのに】




 門大が作った笑顔がクラリスタの顔から消える。




「けどさ。あれだ。何もしないって言っても限度がある。家もない。トイレもない。お風呂もないし、服の替えもない。ここには生活に必要な物が何もない。それはなんとかしないと、駄目というか、かなりまずくないか?」




 クラリスタの顔が門大の気持ちを反映するように困った顔になる。




【確かにそうですわ。ここの地面は所々が濡れていて、横になって休む事もできませんわ】




「でさ、何か良い考えはない?」




【丸投げですの? もう。自分で言い出しましたのに。けれど、ありますわよ。わたくし、こう見てもサバイバル技術には長けていますの。簡単な家やベッドや服などは材料さえあれば作れますわ】




 門大は、マジか。お嬢様なんだよな? どうしてそんな技術に長けてるんだ? それと。サバイバルっていう言葉は使うんだな。あの王子バカが言ってたパワハラとかの意味も分かっているみたいだったし。その辺は、ゲームの中だから、ご都合主義なのかな? と思う。




【わたくしの顔が、なんだか不思議そうな顔になっていますわ。こういう事ですのよ。前に言いましたように、わたくしの一族は王族を守る為の一族。その為の技術、魔法や剣技や、何かあった時に、どこででも生きて行く為の知識などを学んだり訓練していたりしましたの】




「なんか、自分の事なのに、俺は何も知らないんだな」




 言ってから、でも剣の事なら少し分かるぞ。と門大は思った。




「あの剣は凄いな。魔法剣。凄く軽いのに、当てると威力は物凄い」




【では、これは知っていまして? あの剣は左右の手で一本ずつ出せますのよ。右手の剣を雷神。左手の剣を炎龍と言いますの。先祖代々伝わる由緒正しい剣ですわ】




 二本あったのか。全然知らなかった。ん? 先祖代々? お父さんが存命してるのになんでこの子が持ってるんだ? そう思った門大はそれを言葉に出して聞く。




【自分の事なのでこんなふうに言うのは恥ずかしいのですけれど。わたくし、今この時代にいる我が一族の中で剣技に一番長けていると言われていますの。それで、その二振りの剣はわたくしが持っていますの】




「マジ? 君ってそんなに強いの?」




 門大はちょっとビビった。




【マジ? というのはなんの事かは分かりませんけれど、国で開かれた剣術の大会や、訓練での試合などでは、一度も負けた事はありませんわね】




「いやいやいや。それはいくらなんでも盛り過ぎでしょ。最近はって事だよね? 小さい頃とかはさすがに負けた事あるでしょ?」




 門大の言葉を受けてクラリスタが何かに気付いたような顔をする。




【そうですわね。ちょっと盛って、盛るという言い方は面白いですわね。いえ、そんな事はどうでも良いですわね。わたくし、大げさに言ってしまいましたわ。子供の頃は確かに負けましたわ。大人に勝てるはずないですものね。わたくしったらどうしてこんなふうに言ってしまったのかしら。我ながら恥ずかしいですわ】




 あからさまに不自然な様子になってクラリスタが言った。




「どうした? なんか変だぞ?」




【なんでもありませんわ。ええっと、あれですわ。恥ずかしいのですわ。もっと謙虚になるべきでしたわ】




 クラリスタが顔を俯けてしまう。




「そんなに気にするなって。意外と見栄っ張りなんだなって思っただけだけから」




【酷いですわ。反省していますのに】




 クラリスタが顔を上げ、怒ったように言う。




「ごめん。ごめん。冗談冗談。話は変わるけど、あっちで俺が君をやってた頃、俺の事、剣聖様とかって呼んでた奴がいたな。変な奴だと思って無視してて、近付いて来たら逃げたりしてたけど、今の話を聞くと、君が強かったからそんなふうに呼ばれてたんだな」




 門大が言うと、クラリスタがどことなく寂しそうな笑みを顔に浮かべる。




【それはたぶん、侍女のカルルだと思いますわ。不憫な子で剣術が大好きだったのに、御両親の反対が強くて、剣を握らせてもらえずいたのですわ。けれど、いつか、剣術を学ぶんだと言って、良くわたくしの訓練する姿を見ていましたの】




 クラリスタの表情が変わり、昔を懐かしむような表情になる。




「そんなに強いのなら、ここでも全然平気なんじゃないか? あいつ、俺を撃ったあの女が、流刑地で永遠に苦しめられるとかなんとかって言ってたけど、今だってなんにも苦しくないし、もしも、これから先、何者かが襲って来るとか、そんな事があったとしても、君の剣の腕があれば余裕だろ」




 門大の気持ちを受けて、クラリスタがゆるゆるの笑みを顔に浮かべる。




【そうですわね、と言いたい所ですけれど、それはなんとも言えませんわ。この地の話は代々伝わっている話でしか知りませんけれど、この地には三体の悪魔がいるとか。ここに流された者は呪いの力で不老不死にされていて、その悪魔に責め苛まれ、何度も何度も生き死にを繰り返して、死よりも辛い生き地獄を味わい続けるらしいですわ】




 クラリスタの表情が、門大の気持ちを受けて、酷く落胆した物に変わる。




「マジか。どこにいんの、その悪魔って」




 門大はクラリスタの顔を動かして、周囲を見る。




【分かりませんわ。それに、今話した話はあくまでも言い伝えですわ。誰も本当の事は知らないはずですの。だって、わたくしの知る限り、この地に来た者はわたくし達以外誰もいませんもの】




 悪魔とかが本当に出て来て、酷い目にあったら、俺は、クラリスタになんて言って謝ればいいんだ? 本当にバカな事した。あの時、なんで、あのバカに手を出そうとなんてしちゃったんだろう。門大はそう思い、激しく後悔する。




【さてと、お話はこれくらいにして、まずは、屋根と、寝床を作ってしまいましょうか】




「ああ、うん」




 クラリスタは悪魔の事が怖くないのか? いるかいないか分からないっていってもな。俺なんて凄くビビってるのに。良くこんなにあっさりと、話題を変えられるな。と思いつつ、門大は返事をした。




【まずは、木の枝と岸に流れ着いている流木などを使って、屋根とベッドを作りますわ。それができたら、苔もたくさん生えているので、それを屋根とベッドに入れて、屋根の雨漏り対策と、ベッドの方は寝心地を良くしましょう】




「はい。了解です。サバイバル隊長。それで、自分は何をすればいいのでありますか?」




 何かが始まるような予感にわくわくして来てしまった三十八歳おっさんは、そんな事を言ってから、びしっと敬礼をしてみたりする。




【なんですの? それは?】




 クラリスタが不思議そうな顔をする。




「これは俺のいた世界で敬礼と言ってだな。なんというか、挨拶だな。普通のよりも気合入ってますふうの?」




【なんですのそれ? 全然意味が分かりませんわ】




 クラリスタが微笑む。




 クラリスタに助言をもらいながら、門大は、枝や流木を集め、苔を剥がす。集めた枝や流木の大きさを整える作業は、クラリスタが、剣を用いて行った。太い流木などをなんでもない事のように剣で一刀両断にする腕前は、剣の事など何も分からない、ずぶの素人の門大が見ても凄いと感じる物だった。材料集めが終わると、今度は、それらをどこに設置するのかをクラリスタが考え始める。




【湖の水位の事や、風の吹き寄せ方、周囲の木々の状況なども考慮しないと駄目ですのよ。夜になったら火を使う事になりますし、今は姿が見えませんけれど、水辺には恐らく、野生動物も来るはずですわ。それによって起こるであろう危険な事もありますわ】




 クラリスタの行動を見て、言葉を聞いていて、門大は、この子は、若いのに凄いな。こういう知識を得る為や剣技の上達の為に、相当な苦労をして来ているのかも知れない。と思った。




【あと少しですわ。疲れているかも知れませんけれど、頑張って下さいましな】




 クラリスタの事を考えていて、ぼうーっとしていた門大にクラリスタが優しく言った。




「ごめん。君だって疲れてるはずなのに」




【これが終わったらベッドに横になって少し休みましょう。疲れが取れたら、湖で魚を取って御飯ですわ】




「御飯。テンション上がる言葉だそれ」




 門大は大きな声で言った。




 すべての作業が終わり、ベッドの上に横になる。苔がクッションの役割を果たし、木の枝と流木で作られている簡素なベッドは、見た目よりもはるかに寝心地が良かった。横になってから、ほんの数秒の後に、睡魔が門大の意識を飲み込んで行き始める。




【何もないけれど、こういう生活も悪くないですわ。誰にも気を使わず、誰からも気を使われず。期待される事もなく、自分を隠す必要も……。それはいずれ、ですわね。もう、ずっと、このままここで暮らすのも、良いかも知れませんわ】




「ん? クラリスタ? 何か言った?」




 門大はクラリスタの手を動かしクラリスタの目を擦りつつ言う。




【何も言ってせんわ。あら? クラリスタってあなたがわたくしの名を、そんなふうにちゃんと呼んだのって今のが初めてではなくて?】




「ごめん。馴れ馴れしかったか?」




 門大は、うとうととしながら言葉を返す。




【いえ。新鮮で良いですわ。これからはわたくしもあなたの事は、あなたとは言わずに、門大とお呼びしますわ】




「うん。そうだな。それがいい。それでお相子だ」




 門大は夢と現の境でそんな会話をクラリスタと交わした。

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