ぼっち同盟夏

 今日も僕は学校の中庭の木陰で一人、コンビニのパンを頬張った。


 おかずにはコンビニのたつたあげくんを食べ、野菜ジュースを飲む。

 野菜ジュースは正直好きじゃないけど、お父さんが飲めって言うから仕方なく買って飲んでいる。


 もう夏だなぁ。

 入道雲が山の連なりみたいに空いっぱい伸びてくる。

 ちょっと今日は暑すぎる。

 風が熱風でさ、体が茹でダコみたいだ。

 僕は制服の上衣を脱いで体操着姿になる。タオルでぐいっと滴る汗を拭いた。


 仲の良い友達のいない僕は昼休みにはいつも一人でいる。

 初めは寂しかったけど、今はもう慣れていた。


笹原ささはらくん。私も一緒に良い?」

「えっ」


 そんな僕の一人ランチタイムに、思わぬお客様がやって来た。

 たしか隣のクラスの裕木ゆうきさんだ。

 裕木ゆうきさんは子役から活躍してきたアイドルで、いつも彼女の周りにはたくさん友達がいたはず。


 人気者の裕木さんがなんだってこんなところに。


「裕木さんが一人なんて珍しいね」

「私ね、アイドルをやめたの。そしたら、ぼっちになった――。笑えるでしょ?」


 笑えない。

 笑えないよ。


「なんでやめたの? アイドルをやめたら友達がなんで居なくなるのさ」

「そんなもんだよ」

「……そんな」


 裕木さんの哀しげなのに無理矢理笑う顔に、胸が痛んだ。


「やだ、眉間に皺が寄ってるよ?」


 裕木さんの夏なのにひんやりとした細い指が僕の眉間に触れて、ドキッとした。

 女の子にそんなことされたことないから、僕は裕木さんの顔がまともに見れない。

 な、なんか話さなくちゃ……。


「……そういや、ねぇ、なんで僕の名前知ってるの?」

「なんでだろうね」

「僕、存在感薄いし、裕木さんと同じクラスじゃないよ?」

「うふふっ」


 裕木さんが笑うと、周りに花が散ってるみたいに華やかな空気が漂った。


「私の作った卵焼き食べてみて、笹原くん」


 えっ――

 だって、これって。


「あーん」

「あーん」


 はっ、恥ずかしいや。

 女の子に「あーん」とか食べさせてもらうなんて。僕は女の子とこんな距離感でいたことないから。


「美味しい?」

「お、美味しいよ!」


 ただでさえ暑さでぽけぽけしてる頭が、ぷしゅーって頭から湯気が出そう。


「私達、ぼっち同盟だね」

「ぼっち同盟……」

「ねぇ、明日も一緒にご飯食べない? ここに来ていい?」

「うっ、うん」

「明日は……。私が笹原くんのお弁当も作って持って来てあげるね」


 裕木さんの顔がめちゃくちゃ近づいて来た。


 キ、キス、されんのかと思った!!


 心臓がヤバい。

 ドキドキ、跳ね上がる。



 次の日から、僕らはいつも一緒にランチタイムを過ごすことになった。

 なぜ、僕の名前を知っていたのか? とか、アイドルを本当はやめたくないかもとか……。

 裕木さんは答えをすぐには教えてくれない。


 僕と裕木さんはそんな話や他愛もない会話をしながら、次第に仲良くなっていった。


 そうそう。裕木さんが僕のために作って来てくれるお弁当は、いつも最高に美味しいんだよっ!


 僕のぼっちな時間は裕木さんの登場で、楽しくて美味しくてドキドキな時間に変わっていく。


「もう私達、二人ならぼっち同盟じゃないかあ〜」

「そ、そだね。……じゃあ友達」

「んっ?」

「僕と裕木さんは友達だよ」

「ふふっ。友達だ」

「うんっ」


 裕木さんの笑顔が眩しくて僕はぽーっと見惚れた。


 夏は騒がしい。

 蝉の声が仲良くなりたての僕達を囃し立てるように、ミンミンジジジッと中庭に合奏曲みたいに響いていた。





         了





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