時は過ぎれば(後編)

 私は孝時に同棲はしないと突っぱね断った。

 浮気をしている男と同棲やゆくゆくは結婚なんてしたって、幸せな暮らしが待っているわけがない。

 先は見えている。

 やっぱり思ったとおり不誠実な孝時と人生を共にして不幸だったと、後悔だらけで歳を重ねてそれでも離れる決心がつかなくなる。

 情が湧き、一人で寂しく生活することに躊躇ってしまうだろう。

 パートナーがいる楽さと安心感はあるはずだ。

 だからって、大切にされないことに目を瞑って暮らすのなんて耐えられる?

 誤魔化して自分の心に嘘をつき続けて、プライドを手放して。

 しがらみにがんじがらめにはなりたくない。

 一人はイヤ。

 でも、今なら一人になっても頑張れると思う。

 そういう気持ちで強くいないと、孝時の甘い言葉に流されちゃダメだよ、私!


「待って、優子! ちゃんと話をしよう。俺は優子と別れる気なんてないんだから」

「浮気してるんでしょ? 新嶋先輩と」


 孝時の部屋から飛び出した私を追いかけてきた孝時は、私の腕をつかんで「えっ?」と言ったまま呆然とした。

 バレてないと思ったから、そんな顔?


「おかしいと思ったんだよね、私。最近、デートもしないしお互いの家で会ったりもしない。孝時は口数少ないから、最初は仕事が忙しいのかもと思ったけど。――私、見ちゃったの。新嶋先輩とデートしてるの! 孝時ったら鼻の下を伸ばしてデレデレしちゃってさ。にやにやにやにや、笑って。私、あんな顔してる孝時を見たから、自分がおじゃま虫なんだって……」

「――ふふっ」

「な、何笑ってんのよ!? こっちは真剣な話をしてるっていうのに、ふざけないでよ」


 孝時は私を抱きしめた。

 抱きしめて浮気をした事実をうやむやにしようっていうんじゃないでしょうね。

 私が孝時を思いっきり突き飛ばそうとした時――


「それ、それは俺じゃない」

「おっ! 兄貴、こんなトコで彼女と抱き合っちゃってラブラブ〜」

「お熱いわね、優子ちゃん」


 三人の声がほぼ同時に聞こえて、私はパニックになった。


「に、新嶋先輩? それに孝時のそっくりさんっ!?」


 孝時から慌てて離れて声がした方向を見ると、新嶋先輩と孝時そっくりな男の人がアパートの廊下に立っている。


「新嶋さんといるのは俺の双子の弟で景時かげとき。で、二人は恋人同士」

「えっ? えぇ――っ!?」

「初めまして、優子さん。孝時の弟の景時です。お噂はかねがね兄貴と香織から聞いてます」

「弟の景時はさ俺達とはライバル会社にいるから、二人は結婚までは周りには公言しないつもりなんだよ。……俺は優子ひと筋だからな」

「う、嘘。だって最近、孝時が私に冷たいのは本当じゃない!」

「お二人さん。良かったら俺の部屋で少し話さない?」

「ちょうど良かった。ケーキ買ってきたのよ。優子ちゃん、一緒にどう?」


 私は事態がのみ込めていた。

 孝時は浮気はしてなかった。

 孝時だと勘違いしてたのは、孝時の双子の弟の景時さんだったんだ!

 やだ、どうしよう。

 一人で突っ走ってしまったかも?

 なっ、なんか急に恥ずかしくなってきた〜。


   ◇◆◇


 新嶋先輩の淹れてくれたハーブティーは優しい味わいで、気分が落ち着いてきた。

 なんと、孝時の弟の景時さんの家は孝時の部屋の隣だった。

 今までよくバッティングしなかったな〜。

 私は孝時と景時さんを失礼ながら、ジロジロと見比べてしまう。


「ほんと、そっくりですね」

「俺と景時は一卵性の双子だからな。優子、黙っててすまない」

「ごめんね、俺が兄貴に口止めしてたんだ。兄貴と彼女と優子さんとは、俺の仕事先はライバル関係だもので。産業スパイとか疑いが欠けられたり、あれこれ香織に迷惑かけたくなかったんだ」

「私達の関係を話して知る人が増えれば増えるほどほころびが生まれて、私と景時くんのラブラブさに破滅要因が出来る気がしたの」

「は、はあ……」


 照れて笑う新嶋先輩はむちゃくちゃ可愛かった。

 はにかむ新嶋先輩は、顔にかかった艷やかな長い横髪をさらりとかき上げる。

 そんな新嶋先輩を景時さんが愛おしそうに見つめてる。


 なにこれ〜! お二人が素敵すぎるじゃないですか!

 萌える、尊いわ〜。

 私は自分達のことはそっちのけで、新嶋先輩と景時さんを眺めていた。

 新嶋先輩は職場ではクールビューティーで仕事が出来て完璧で隙がない。普段見ない新崎先輩の蕩けたニンマリ顔は、貴重だし可愛さ満点!


「新嶋先輩、景時さん。お二人はどんな馴れ初めなんですか?」

「……あのさあ優子、忘れてない? 今は景時達の話より、優子と俺との問題の方が先だと思うんですがね」

「私と孝時の問題?」


 ああ、すっかり忘れてた。


「兄貴は仕事を頑張って早く優子さんにプロポーズしたいんだもんね」

「はっ? はぁっ? 景時、お前がなんで先に言っちゃうんだよ」

「あっ、ごめ〜ん。言っちゃった。でもさ、いくら優子さんとのためとはいえ、仕事量を増やしすぎて大好きな彼女を構ってあげないのは本末転倒じゃないかな?」

「孝時が冷たかったのって……」

「孝時くんたらオーバーワークで疲れすぎちゃったのね。なんだ、言ってくれたら手伝ったのに」

「手伝ってもらったら意味がないというか、俺の意地と言いますか……」


 ばか、ばか。

 孝時のばか〜。

 一人で頑張っちゃってさ。


「なんで言ってくれなかったの? もう孝時は私のことなんてどうでもいいのかと思ってた。興味がないのかって……」

「ごめんな。寂しい思いをさせてるとは思わなかったんだ。優子を喜ばせたくって黙ってた。優子がそんな風に考えて悩んでるって気づかなかった。俺が優子のことに興味がなくなるなんて絶対一生ない」

「ほんと?」

「ほんとだよ」


 私は今すぐ孝時に抱きつきたかった。

 孝時の胸に飛び込んでたくましい腕に抱かれたい。


「お二人さ〜ん。続きは兄貴の部屋でどうぞ。ケーキ持っていってね」

「優子ちゃん、今度ダブルデートしましょうね」

「はい」

「……なんか迷惑かけたな」

「お互い様っしょ。優子さん、香織共々末永くよろしく。あと、兄貴のこと捨てないでね」

「はっ、はい! 大好きだから見捨てません」

「景時、お前な〜」


 私は笑いながら、すぐ私の真横にいる孝時の顔をじっと見つめた。

 体温を感じるぐらいの近さ。


 余計なことを言うなとばかりに、景時さんを睨む孝時の顔は耳まで真っ赤だった。


 時は過ぎれば、愛のカタチは変わっていく。

 いつかこの日の出来事は笑い話になって、私と孝時は家族になっているかもしれない。

 結婚して二人の子供が出来たら、愛はきっと違う愛も育つんだろう。


 それは遠い未来じゃない、そんな気がしてる。


       おしまい



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