プリンアラモードを召し上がれ

 私、美沙子みさこ

 最近、新しいお友達が出来ました。


 お隣の部屋に住む佳乃よしのさんです。

 年の差は50歳ありますが、私達は仲良くなりました。


 きっかけは、佳乃さんが貧血でアパートの廊下で倒れていて私が救急車を呼んだことから、友達付き合いが始まりました。


 あれからなんとなく、佳乃さんの体調が気ががりで、勇気を出して、お茶菓子や実家から送られてくる文旦やうるめをお裾分けに行ったりしました。


 不思議と、佳乃さんといると和みます。


 亡くなったおばあちゃんに雰囲気が似ているからかもしれません。


 佳乃さんは一人暮らしをしています。

 私も一人暮らしです。私は、過疎化しつつある町から仕事を求めて都会に出て来ました。

 東京には家賃が高くて住めなかったので、隣接する埼玉県にアパートの部屋を借りました。


 築30年は経つアパートですが、そんなに古びた感じはなく、わりとお洒落じゃないかと気に入っています。


 駅からは遠いです。

 スーパーも遠いです。


 私は佳乃さんに誘われて、一緒にネットスーパーや生協の宅配を頼むことにしました。

 佳乃さんは70歳を超えていますが、パソコンやインターネットなどに強く詳しくて、新しいもの好きです。

 私なんかよりよっぽどよく知っているし、iPadやゲーム機械を使いこなし、携帯電話も最新です。


 パワフルだな〜と思います。


 昔はよく海外旅行も行っていたそうで、私は佳乃さんから外国の話を聞くのが好きです。


 アルバムに貼られた海の外の国々の景色。

 写真のなかの、異国情緒溢れる風景と現地の人々や若い佳乃さんの笑顔を見ながらの思い出話、特に恋の話にはわくわくします。


 私は、親を説得して地元を離れ、憧れの都会でバリバリ働く姿を描いていましたが、実際は正規の仕事も少ない現実に打ちのめされていました。

 派遣やバイト先は地元よりはわりとありましたが交通費の手当などは少なく、正社員の求人自体がないという厳しさが待っていました。


 あの頃の私は夢見てた。

 首都圏に出て来て、初めは幸せだったけど、浅はかだったなと思う。


 だって若さでなんとかなると思ってた。

 無謀にも、こっちに来れさえすれば、格好いい仕事が見つかって華々しい生活を送れるんだって思っていた。


 もう、家に帰りたいな、地元に戻りたいなと思った時に、佳乃さんと友達になれた。


 アパートで顔見知りは佳乃さんだけ。

 隣り近所の付き合いがないって聞いていたけれど、誰とも世間話をしたりしない日、声を出して人と話さない日があるとは思わなかった。


 孤独に打ちのめされていた時に、佳乃さんとおしゃべり出来るようになって楽しみが出来た。


 そして、アルミサッシの工場のバイトが休みのある平日、私は佳乃さんに連れられて、人生初めての銀座にやって来ました。

 地上や地下を走る列車に揺られて数十分。

 キョロキョロあたりの風景を見渡してしまいます。

 と、都会だな〜。

 ビルや建物ばっかりで、人もたくさん歩いている。

 

「美沙子ちゃん、ここよ、ここ。懐かしいわ」

「わぁっ、素敵」


 有名ホテルの横の老舗フルーツパーラーは、趣きのある重厚な建物で、ひさしはお洒落な赤色に、ウッド素材のテラス席もあった。


 クラシカルな制服に身を包んだウエイトレスさんの案内で店内に入ると、甘い焼き菓子の香りがした。


 通されたテーブル席は窓際で、銀座の歴史ある神殿みたいながデパートがよく見えた。


「ここのおすすめはなんですか?」


 緊張しながら佳乃さんに訊ねると、上品な小花柄のワンピースを着てきた佳乃さんはにっこり笑った。


「そうね。私のイチオシはプリンアラモードかしら? 迷って決まらなかったら季節の果物がのったプリンアラモードを召し上がれ」

「果物がのったプリンアラモードですか。うんうん、良いですね」


 私は改めて、窓から銀座の景色を眺めていた。

 私には都会は住むより、たまに来るのがちょうど良いな。

 刺激が強すぎるかも……。


 私と佳乃さんはプリンアラモードを頼んだ。


「良かったら日本橋の方のお店もぶらつきましょう? アンテナショップもあるのよ」

「へぇ、アンテナショップがあるんですね。良いですよ。行きましょう」


 私は運ばれてきたプリンアラモードに目を丸くしていた。


 クリスタルガラスの器にカラメルソースを上品に纏った少し固そうなプリン、生クリームと果物たちが周りを彩っている。

 くり抜いた丸いメロンに、ころころマンゴー、桃に西瓜に甘夏……。


「いただきます」


 思えば、遠くまでやって来てしまったもんだわ。

 私は、私を優しげに見て微笑む佳乃さんとの出会いに感謝した。

 慣れない土地。

 気の合うお友達が出来たことは、とても心強く思う。



 私はもう少しだけ都会で頑張れそうだなと思った――、太陽の光が眩しい初夏の心爽やかなお昼前のひとときです。


 


        了


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