猫の王様(童話ファンタジー)

 夢を追うことに疲れたリゲルは、自分の描いた絵本を、深い湖に捨てました。


 満月の晩でした。


 リゲルの様子を見ていた猫の王様のアーサーは、湖畔の大樹の上から颯爽と現れ、リゲルに優しく恭しい態度で腰を折り、深々とお辞儀をしました。


「なぜ、あの素敵な絵本を捨ててしまったのか、話を聞いても?」

「わたくしには、……才能がないのです」


 リゲルの、涙で濡れるまつげから、一滴ひとしずく涙のたまこぼれ落ちました。

 猫の王様アーサーは辛そうな顔をして、リゲルの手を取りました。


「ボクは貴女の絵本を楽しみにしておりましたのに」

「えっ……。わたくし、貴方様に絵本をお見せしましたかしら?」


 猫の王様アーサーはリゲルをひょいと横抱きにすると、アーサーの腕のなかで急にリゲルは眠くなりました。

(あたたかいわ……。なんだかほっとする……)

 まぶたが勝手に降りてきて、リゲルは気持ちの良い眠りに就きました。


 少しばかりの睡眠がとけ、リゲルが目を開けると、アーサーに横抱きにされたままでした。彼はリゲルと共に、星の海の空を飛び、虹色のもくもくの雲を抜ける。

 アーサーはリゲルを、遥か彼方の猫の国の城に連れて帰りました。


「アーサー王……」

「僕のことはアーサーと呼んで。リゲル」


 リゲルには城の豪奢な部屋が一室与えられました。

「しばらくは、ここに住んでみないかい?」と猫の王様アーサーはリゲルに提案したのです。

 疲れ果てていたリゲルは、優しい眼差しで見つめるアーサーの言葉にコクリと頷きました。


 猫の国は一年中が春の陽気で、一日中が昼でした。

 夜は来ないし、冬もやって来ません。

 リゲルは猫の王様アーサーから、七色に輝くクッキーと天使の甘い囁きの花から出来たハーブティーをプレゼントされました。

 不思議なことに、銀色の缶に入ったクッキーも花柄のカップに注がれたハーブティーも、食べても飲んでも、無くならない。

 リゲルは一口クッキーを食べる度、一口ハーブティーを口に含む度に心がほぐれて疲れが少しづつ癒えてゆくのです。


「ここにずっといても良いのだよ? リゲル」

「アーサー」


 二人はいつしか恋に落ちていました。

 リゲルと猫の王様のアーサーは城で仲睦まじく、ささやかな幸せを二人で分かち合い暮らしていました。


 しかし幸せな日々は、長くは続かなかったのです。


 ある日、猫の国に悪い魔法使い達が襲いかかって来ました。

 リゲルが襲われた時に猫の王様アーサーは自らの体を盾にして、リゲルを庇い救ったのです。


 瀕死の重症を負い、意識のないアーサーを助けたい一心で、リゲルは猫の国の森に棲む良い魔法使いを訪ねました。


「リゲル。貴女は元の世界に帰り、貴女の絵本を完成なさい」

「絵本を……?」

「この世界は貴女の描いた絵本が、奇跡の魔法を起こして造られた世界なの。リゲル、貴女が絵本を描ききった暁には、貴女の絵本から治癒の魔法力を得てアーサー王様は回復されることでしょう」

「まぁっ……! なんてことなの? わたくし、絵本を湖に捨ててしまいました」

「大丈夫です。その湖はあちらに見える湖と繋がっておりますゆえ。リゲル……強く願いながら湖に飛び込むのです」


 リゲルは魔法使いに言われるまま、湖に飛び込みました。

 意識が遠のきました。

 目が覚めた時には、リゲルは元の世界に。アーサーと出逢った湖のほとりで、捨てたはずの絵本を抱きながら立ち尽くしていました。


 リゲルは自分の住まいの粗末な小屋に帰り、一心不乱に絵本を描きあげました。


 出来上がった絵本を持って、あの湖に行くと……。

 湖は枯れ果ててしまっていて、二度と猫の国のアーサーに逢うことは出来ませんでした。


 リゲルが家に帰ると、テーブルの上に銀色のクッキー缶と花柄のティーカップが置かれ、手紙が添えられていました。


『リゲル

 いつまでも愛している。

           アーサー』


「良かった――」

 リゲルは、アーサーは無事なのだと知りました。

 そして、もう互いの世界は交わることのないことも。


 逢うことは叶わないのだと、リゲルは泣き崩れました。


(アーサーが無事なら……構わないのよ)


 でも。ただ、会いたい。

 一目会いたい。


 その願いは届きませんでしたが、リゲルの描いた絵本は国中の人々に癒やしを与え、愛され続けました。





        おしまい





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る