狙い撃ち

 緊迫した空気が漂っている。

 息を押し殺し、気配を消す。

 俺は柱に体をかくまい、ヤツの姿を探った。

 額から汗が一筋、顎まで伝い垂れた。

 汗をぬぐうこともせずに、俺はヤツの出す音をひたすら感じ取ろうとした。

 少しでも動けば、互いに居所が知れることになるだろう。


 俺は胸に構え、両手で持った金属の塊のしっかりとした重みを確かめる。その中には確実にヤツの動きを奪う為の秘密兵器が詰まっている。

 そう、ヤツを仕留めるための強力な武器はこの手の内にあるのだ。

 失敗は許されない。

 逃げ足の速いヤツだ。

 取り逃せばどこに雲隠れをするかは分からない。

 チャンスは一度きりだと覚悟を決めろ。

 前回は攻防の末に逃げられてしまい、ヤツはしばらく身を潜め、俺ばかりか家族をもその存在によって恐怖を与え続けてきた。

 びくびくとしながら生きる日々。ヤツがいつ現れ我々を脅かすのか、心が乱れる毎日だった。


 それも今日この時をもっておしまいだぁーっ!

 

 俺は視界を横切ろうとする素早いヤツの姿を見つけ、柱から飛び出していた。


「うぉぉ――――っ!」


 カサカサカサカサカサッ。

 プシューッ!


 勢いよく撒かれた殺虫剤の煙はヤツの姿を見事に捉えた。

 裏返った太古の昔からの人類の敵G(ゴキ○リ)。足をバタつかせ、まだしぶとくしつこく強い生命力を発揮している。


「とどめだ」


 プシュッ、プシュー!!

 力尽きた敵を俺は見下ろして、家族と歓喜に湧いた。


「お父さんはやったぞ!」

「凄いよ! お父さん」

「ありがとう。良かったぁ。あなた♡はい、これ」

「なんだ、これは?」

 嫁から手渡されたゴミ拾い用トングとゴミ袋。

かたしといてね」


 この世を去ったGをゴミ袋を3重にして入れ、永遠の別れを告げた。


「敵ながらお前はよく戦ったよ。生き返るなよ」


 ようやく掴んだ勝利は、我が家に平穏をもたらした。






           了





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