オムライス

 朝から雨の止まない、しっとりとした土曜日の正午すぎ。

 俊介さんがお昼ご飯を作ってくれるという。

 私は持ち帰った仕事を夕方には仕上げてしまいたかったので、お言葉に甘えることにした。


 ベーコンと玉ねぎの入ったコンソメスープをそっとテーブルに置いて、俊介さんは軽く私の額にキスをした。


「スープ、先に食べてて。オムライスはもう出来るから」

「うん。ありがとう」


 うさぎの絵柄のカップを持ち上げると、注がれたコンソメスープはほど良く温かくて、熱すぎない。

 ちょうど良い。

 火傷やけどしないように、食べやすくしてある。

 俊介さんの優しさを感じるスープ。

 深い味わい……。


「オムライス、出来たよ」

「わぁ、美味しそうっ」


 半熟とろとろの卵のドレスをまとったオムライス。

 ケチャップで書かれたハート♡の絵。


「僕は、卵は半熟でも薄焼きでも好きなんだけど、みづきちゃんはどっちが良かった? って、作る前に聞けば良かったな〜」

「どっちも好きだよ。そういえば、お母さんが作ってくれたオムライスは薄焼き卵だったな」

「うちも薄焼き卵だった」


 私が木のスプーンで、一口分すくって食べようとした時。


「んっ――」


 俊介さんが不意にキスをしてきて、私はスプーンを落としそうになった。

 ふわっとした感触が残る。


「もう、オムライスが食べらんないよ」

「ごめん。みづきちゃんの唇が美味しそうだったから」


 怒ったふりをしたけど、本当は嬉しい。

 あらためてスプーンで掬ったオムライスを口に運ぶ。


「美味しいっ」

「美味しい? 良かった」


 とろふわのオムライスをぱくぱく食べてるうちに、私の胸の奥はなんだかぎゅっと痛んだ。


「いつ、家に帰るん?」

「……もう帰った方が良い?」


 私は、泣きたくなってしまって喉がきゅっとなった。

 涙が込み上げてきた。


 俊介さんの問いには答えずに、オムライスを食べ続けた。

 ――待ってる人がいるでしょう?

 そう言いたかった。意地悪くして困らせたかった。

 でも、言えない。

 だからオムライスと一緒に、たくさんぶつけたい言葉を、もぐもぐして飲み込む。

 俊介さんのオムライスは美味しい。


「泣いてるの?」

「泣くわけないよ。だって美味しいもん」


 捨てられた小犬みたいな顔しちゃってずるいよ。

 家に居場所がないなんて、週末だけうちに上がりこんできてさ。

 あなたの帰りを待ってる人がいるじゃない。こんな美味しいオムライス作ってくれたりして。


「出てって」も「さよなら」もまだ言えずに、ふわふわ卵にくるんでしまった。

 今夜も、あなたの腕に私は抱かれてしまう。

 そんな予感がしていた。






      了





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る