ドラゴン vs マスター級冒険者


 ──王都、サウザンドラ別荘


 ──審問会閉廷後


 ダンディ・ダンシン・ダンデライオンの4人は、何事もなく過ぎ去っていく屋敷での生活を堪能していた。


 客人として用意された部屋は、王都の高級宿屋にも勝る、豪華な調度品で飾られている。


 ベッドはふかふか、水差しは魔術のおかげで底が尽きず、いつでも冷えている。

 蝋燭の明かりも、決して消える事なく、また燃え尽きることもない魔道具だ。


「流石は主席魔術家の別荘だぜ!」

「こいつはクールだね」


 はやくも生活に馴染んだジャーキーと、一時の平穏を楽しむプラックトップは、ベランダで美味いエールを飲みながら暇を潰していた。


「でも、フラン、オレたち全然働いてないけどいいんかなあー?」


 ジャーキーは不安だった。

 連日連夜やった事と言えば、美食と美酒に囲まれていただけだった。

 

 プラックトップはルームサービスのコウモリに、エールの追加を頼む。


「良くはないが、別段問題もない。もうちょっとで嫌でも働く事になるからな」

「もうちょっとなのかー……」

「ダンディとハドソンさんが居ないだろ」

「あっ」


 上の2人がいなくなると、決まってその後には面倒なことが起こる。いつもの事だった。


 逆に言えば、上の2人は面倒事を察知する能力が高いため、プラックトップやジャーキーは、ギリギリまで遊んでてもやっていける。


「はあ、ここともお別れかぁ〜」

「惜しむな。俺たちは冒険者、流浪に身を任せるだけさ。クールにな」


 2人はコウモリに運ばれてきたエールのグラスで乾杯し、はじける泡を喉に流し込んだ。


 ──しばらく後


 ──王都、サウザンドラ屋敷、屋上


 風のない夜だった。

 もう夜は更けて、都市は静まりかえっている。


 月に見捨てられたかのような暗さだが、目を凝らせば、ちいさな星々が、都市の路地裏で生きて延びる孤児のように、か細く光っている。

 

 屋根上のダンディは、ふところから薄汚れた小瓶を取り出す。

 中には、赤と黒の毒々しい色合いの虫が入っていた。


「美味そうだ」


 小瓶から虫を取り出すと、彼は口のなかへ放り込み、それを丸呑みした。


 喉の奥に、チクチクする感覚があれば成功だ。


「──ダンディ、聞こえるか?」


 脳内に響く声。

 ハドソンの声だった。


「──聞こえてはいるぜ、気分は最悪だけどなあ」

「──新しいテクノロジーに慣れていかないと現役じゃいられない」

「──おっさんには厳しい世の中ってえわけだ」

「──続ける。今飲み込んだ虫、念信蟲は熱に弱い。熱い飲み物は36時間は禁止だ」

「──つまり、この不快な虫ケラを排便したいときはティーを飲めって事だな?」

 

 ダンディは、自分のいる屋敷の屋上から500メートル離れた高台にいるハドソンへ手をふる。


 高塔に陣取るハドソンは『魔導長砲』のスコープの反射光をチラつかせて、ダンディへ「──飲むなよ」と、一言報告する。


「──む、暗殺ギルド連中が帰ってきた」


 ハドソンから報告が入る。

 

「審問長官を誘拐ねえ……」


 ダンディとしては全く関心しないやり方だが、相手が主席魔術家で、バックに協会がついていては意を唱えることなど出来る訳がない。


「──ついてなかった、と諦めてもらうしかねえな」

「──ダンディ」

「──どしたあ、ハドソン」

「──御令嬢からの依頼の件、考えたか」

「──殺す方かい? 傍観する方かい?」

「──両方だ」

「──殺す方は考えてない」

「──じゃあ、黙して傍観か?」

「──黙して傍観だ」


「おい、ミスター」


 数日前のことを思い返していると、ダンディは背後から声をかけられた。


 共に屋上を守っている傭兵だった。


「ほかの仲間がいないようだが、DDDは何してるんだ」

「心配に及びはしねえよ。うちには、うちのやり方がある。ここは俺ひとりで十分だ」

「ほう、頼もしいねぇ、流石はマスター級冒険者様だ」


 傭兵は、木箱をダンディの横に置く。

 中には、酒瓶がたんまりと入っていた。


「屋敷の倉庫からくすねてきたんだ。ミスター、あんたと飲みたかった」

「傭兵さんよ、仕事中なんだぜ」


 ダンディはそう言って、酒瓶の蓋を歯で外した。


 ──15分後


 ダンディは、苦い霊薬をごくりと飲んでいた。体内の酒気を分解するアイテムだ。


「──体温を上げるなよ。念信蟲が死ぬ」

「──心配ならもう1匹買っておいてくれればよかったのによ」

「──最新だからな。数は簡単には用意でき……ん? あれはなんだ?」


 ハドソンが何かを見つけたようだった。


 その直後、


「──ッ、ダンディ逃げろ!」


 切羽詰まった声が、ダンディの耳奥に響いた。


「──ドラゴンだ!」

「本当に来やがったのかい、学会長さんよ。対応が早すぎるぜ」


 ダンディ、隣で酒飲んで気持ちよくなっている傭兵の肩をこづく。


「傭兵さんよ、ドラゴンが来てるらしいぜ」

「っ、あんたの仲間からの連絡か?! 来やがったな、学会長、おい、おめーら! ドラゴンが──」

「黙って隠れんだよお、馬鹿か」


 ダンディは仲良くなった傭兵を引きずって、他の傭兵たちにもすぐに隠れるように伝える。


「どうしてだ! 俺たちの仕事は学会長とモンスターたちを撃退する事だろ?」

「わからねえのか?」


 ダンディはそれだけ問いかける。

 傭兵はわからないと言った顔をしている。


 巨大な組織を相手にすると、懸念しなければならない事がある。


 今回の場合、

 

 学会長を殺せば、怪物学会から報復が。

 敵前逃亡すれば、魔術協会から制裁が。


 力のある貴族家や組織の戦いに巻き込まれた場合、クレバーな立ち回りが求められる。


 危険を通り越して自殺に近い行動は、フレデリックに忠誠でも誓ってないので取る必要などない。ただ適度に働いておけばいい。


「こいつあ無謀だぜ。今は戦術的撤退だ。あの高さのドラゴンにはこっちからは何もできねえからな」

「っ、そういう事か! 流石はミスターだ!」


 傭兵は納得して、他の屋上防衛組たちと一緒に、物陰に隠れた。

 

「──ハドソン、学会長はドラゴンに乗ってるのか?」

「──確認はできない」

「──ドラゴンは殺れそうか?」

「──スカイホーンドラゴン。2年前に戦った個体より大きいな。ああ、しかも最悪だ。ありゃ雌だ。翼もでかいし、ツノもでかい。この距離からでもヒシヒシと魔力を感じる」

「──そっちから殺すのは無理か」

「──天然の魔力アーマーだ。最大まで魔力を込めれば、長砲で外殻を抜けるだろうが……もし1発で倒せなかったら、先にこっちが燃やされる」


 ダンディはため息をつく。「わかった。俺がやる」二度とやりたくはなかったが、2年前にドラゴンを倒した必勝法を採用する事にした。


 音もなく近づいてくる大空の覇者に、屋上の守り手たちは息を殺して見上げる。


 翼を広げれば横幅50mは下らない、尻尾から頭の先までなら100mの長さはある。


 凡人が戦って良い存在ではなかった。

 災害に対抗できるのは選ばれし英雄だけだ。


 皆が息を殺して接近を見守る。


 すると、突如として屋敷のなかから「侵入者だああああ!」と、大きな声で叫ぶ声が聞こえた。


 屋上にいた者たちは、ドキッと肝を冷やす。

 始まってしまった。皆が同じ恐怖を感じていた。

 

「──ダンディ」

「──なんだ」


 ハドソンから、珍しく緊張した声色で念信が入った。


「──学会長だ。アルバート・アダンを目視で確認した」

「──……。撃てるか?」


 ダンディは、一応、確認のために聞く。


「──フェリア・コスモオーダーも見える。騎士たちと戦ってる」

「──司法のお嬢さんかい。その子に弾が当たったりしてもアウトだ」

「──待機する」


 やがて、スカイホーンドラゴンが、庭にごく静かな物音だけをたてて着地した。


 ハドソンからは、遠目から見た、屋敷周辺の状況が事細かに報告されてくる。


 やがて、学会長がフェリア・コスモオーダーを庇いながら、血の騎士7人を仕留めた報告が入った。


「武芸にも達者と来たか。多才だねえ」


 スカイホーンドラゴンが空へと飛び立つ。


 「帰ってくれるのか」と傭兵たちが期待する中、ドラゴンは予想外の行動に出た。


 炎の玉を放ったのだ、いきなり。

 予想外の火炎玉は、まっすぐ物影に隠れる屋上防衛組のほうへと飛んでくる。


「逃げろおおお!」


 誰かが叫び、皆が一斉に屋上に散った。


 スカイホーンドラゴンは、とっくに気がついていたのだ。


 戦いの火蓋は切って落とされた。


「空に逃げられる前に、アンカーを撃ち込むぞ!」


 傭兵団は準備していた、投げ縄を投げて、ドラゴンのツノや、鱗の凹凸、翼や、爪などに引っかけ、それを屋上や地面に杭で固定していく。


 ドラゴンと戦った者など、人類史を見渡しても数えるほどしかいない。


 だが、その戦い方は、英雄の書き残した本や、吟遊詩人の歌に残っており、男子ならば、皆が子供の頃に父親と練習するものだ。


 傭兵たちは、まさかあの時の練習が役に立つなんて思ってもみなかった。


 身体はスムーズに動く。

 どんどん拘束アンカーを固定していく。


 地上にドラゴンがいるうちが勝機だ。


「っ、ドラゴンが動くぞ!」


 誰かが叫ぶ。


「皆で縄を引っ張れ!」

「無理だ、アンカーが……!」


 アンカーを無数に打ち込まれたドラゴンは、拘束具の存在など、元から無かったかのように、自由に体を動かし、前足で屋上を叩いた。


 一撃で、5階から1階までの、ミルフィーユのような屋敷断面図がさらされた。


 ドラゴンは、次に尻尾を動かした。


 長大で極太の尻尾は、綺麗に整えられた庭を、軒並み薙ぎ払っていき、芝生を耕された畑へと変えた。

 

 四方ある屋敷の一面が、砂の城が根元から崩れるように、綺麗に倒壊していく。


 傭兵たちの中に、スケールの違さに戦意喪失する者がちらほらと現れはじめた。


 まさしく災害。ディザスターという存在と、凡人の差を傭兵たちは思い知らされた。


「──今だ、撃て」


 皆が絶望のどん底に落ちた時。


 遠くの高台から一条の光が放たれる。


 音はなく、ただピカッと一瞬光った。


 直後、ドラゴンの5mもの長さの大角が、半ばからへし折れた。「グワァァアア!」ドラゴンは折れたツノから血と、濃密な魔力を垂れ流して、痛みにうめき声をあげた。


「邪魔するぜ」


 ギリギリまで物陰に姿を隠していたダンディは、ドラゴンが怯んだ隙に、余人には目で追えない速さで、いっきにドラゴンに近づいた。


 そして、迷わず数メートルの距離で発砲、ドラゴンの顔面に穴を開ける。しかし、強靭な外皮と、魔力に守られる鱗は、長砲よりも魔力を込められない短砲では貫通させられない。


 ドラゴンはダンディに気がつき、大きな口を開いて火炎放射をおこなった。


 屋上が焼き払われる。


 ダンディは土属性式魔術で作った金属の壁に身をかくす。しかし、ドラゴンの火炎は強力だ。即席の防御など簡単に焼き尽くしてしまう。


 だが、問題なかった。

 3秒だけ稼げれば、リロードはできる。


「ありがとよ」


 ダンディは拳で屋根をなぐり、自ら足元を破壊して、屋敷の5階に落下した。


 近くの部屋に飛びこみ、すぐにその窓を突き破って、外へと飛び出す。


 ドラゴンの腹が見えた。


 火炎放射を行っている最中、ドラゴンは火炎袋が生み出す灼熱で、ほかの内臓や、喉、口の中が焼け爛れないように、魔力で守っている。


 そのため、外側が弱くなる。


「こういう時が一番柔らかいんだよなあ」


 ダンディは火属性と土属性の魔力を込めた、渾身の魔導弾をドラゴンの腹に撃った。


 命中。ダンディが屋上の残した金属壁を焼いていたドラゴンは、突然の痛みに、口の中で火炎を暴走させてしまい、地上に落ちてくる。


 ダンディは素早く短砲をリロードし、魔導弾に最大の魔力をこめて、落ちてくるドラゴンへ向かって跳躍した。


 ドラゴンが敵の接近にに気がつく。


 噛み砕かんと口を大きく開けた。


 ダンディは身軽にかわし、ドラゴンの顔面に肘打ちして、口を閉じさせて、頭に乗る。


 そして、短砲をドラゴンの目に突きつけた。


 まぶたと、皮膜を閉じて、眼球を守ろうとするドラゴン。発砲。ドラゴンの目が吹き飛び「グォォォオオオ!」とうめき声があがった。


 ダンディは嫌な顔をしながら、苦痛に鳴くドラゴンの口へ、躊躇なく飛び込んだ。


 直後、ドラゴンの腹が内側から爆発した。


 血の雨が降り、傭兵たちは赤く染まる。

 地響きを鳴らして、100m級のスカイホーンドラゴンは、その巨体を庭に沈めた。


 傭兵たちは、あまりに壮絶な化け物と英雄の戦いに、唖然として立ち尽くす。


「最悪の気分だ」


 ドロドロの液体にまみれ、ドラゴンの腹から出てきたダンディは、アナザーウィンドウを開いて、自身の消耗を確認する。


「──ダンディ、平気か?」

「──33mmが残り6発、66mmが22発、爆裂魔術のスクロールも……3つ残ってる。ステータスも消耗してるが問題ない。そっちは?」

「──初弾に魔力を込めすぎて長砲がすこしオーバーヒート気味だが、平気だと思う」

「──無茶するんじやあねえよ」


 ダンディは短砲に、小さめの魔導弾を込める。


「──依頼主が追われてる。一応、応援に入るぜ」

「──了解した。ダンディなら上手くやれる」


 ハドソンの警告を聞き届け、ダンディは壊れた屋敷へともどった。


 傭兵団たちは、このまま庭で寝ていても大丈夫だ。しかし、マスター級冒険者は違う。


 過去にドラゴンを倒す以上の偉業を成したために、これくらいでサボっては、あとで出頭命令がでて記憶司法裁判所へ連行されかねない。


「気配はこっちからするな」


 ダンディは、フレデリックが逃げてくるだろう道で待機する。


「っ!! 『暁』のダンディ!」


 案の定、汗だくのフレデリックが騎士4人に守られながらやってきた。

 顔色は悪いが、ダンディの姿を見て、フレデリックは一気に自信を取り戻している。


「頼むぞ! お前たちDDDが頼りだ!」

 

 ダンディは黙したまま、ベタベタの帽子をつまんで、簡単な挨拶だけををかえす。


 魔導短砲に入っている弾を再確認する。

 

 バレルに装填されている弾尻には18.51mm×33mmと刻まれている。


 これは通称:33mmと呼ばれる『火薬工房』が発行する弾の中で、3番目に小さいものだ。


 弾芯にはダイヤモンドが使われている。


 鉱石学において、土の魔力で共鳴状態に入ったダイヤモンドは″破壊不可能な物質″となり、鋭利に加工された先端の貫通力は凄まじい。


 それゆえに、人体に当たれば大ダメージにはなるが、弾は確実に貫通して、死にはしない。


 ダンディは学会長を探すために、慎重にゆっくりと廊下を進む。


 見つけた。曲がり角の向こうに、話に聞く学会の人造人間に囲まれて、青年が立っている。


 黒い髪、赤い瞳。

 噂に聞いていた通りの風貌だ。


「悪いが、坊主。恨むなよ」


 射線は通っている。

 ならば、さっさと撃つだけだ。


 ダンディは魔導短砲を構えて、骨も臓器も傷つけない位置にすばやく照準をあわせる。

 そして、迷いなく引き金を引いた。

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