プラチナ級冒険者
──王都、サウザンドラ家別荘
屋敷がまた崩れた。
外で巨大なモンスターが暴れているに違いない。
「フレデリック様、こちらです!」
騎士に連れられ、先を急ぐ。
背後で爆発が起きた。
「ぐああああ、ふ、フレデリック様ぁ、あ……!」
「奴に情けというものはないのか!」
フレデリックは、このままでは間違いなく殺されることを直感で悟る。
あの男は本気だ。
本気で殺しに来ている。
主席魔術師を殺せば、ただでは済まないと言うのに、父親と家の復讐のために、すべてを破壊しようとしている。
動悸がおさまらない、心臓の音がうるさい。
汗で服が素肌に張りついて気持ち悪い。
奴が追ってくる。
奴が追ってくる。
奴が追ってくる。
「本当にイカれたガキだ……!」
どこかでは思ってしまっている。
──奴からは逃げられない
そんなことはあってはならない。
あってはならない。
私は主席魔術師なんだ。
血の歴史の集大成なのだぞ。
こんなところで終わってたまるか。
「行け行け行け! あの男を殺せ!」
「二班、六班、この廊下で標的を押さえる! 術式用意!」
次々と騎士たちが向かっていく。
奴の首を落とすために。
多くの戦力をこの別荘に集めた。
血の騎士、協会の魔術師、封印部、傭兵、冒険者、暗殺者──。
なのに何故だ!
何故、背後で聞こえる悲鳴はやまない!
フレデリックは広い屋敷の中を逃げ続ける。
さっきから、地響きも収まらない。
屋敷の外で、傭兵団や暗殺ギルドの連中がモンスターと戦っているのか。
「絶対に逃げ切ってやる……!」
──────────────────
──同時刻
アルバートは、向かってくる敵をダ・マンたちを操って無力化しながら、フレデリックの後を追いかける。
現在稼働可能なダ・マンすべてを投入し、屋敷の外には、学会に3体しかいないドラゴンのうち一匹を投入した。
フレデリックもまた、かなりの戦力を投入しており、中には油断ならない非常に厄介な敵も混じっているのはわかっている。
だが、絶対にフレデリックは逃がさない。
あの男だけは総力を上げて追い詰める。
「血の騎士は冬眠させていい。傭兵と冒険者は殺すな。魔術師と詠唱者も殺すな。不要な殺生は控えろ」
立派な屋敷の、おおきな廊下に、巨漢を5人ひしめかせて侵攻していく。
壁となって動くダ・マンたちは、アルバートの首を落とさんと向かってくるフレデリックの私兵たちに、とてつもない恐怖を与えていた。
敵はひとりだと思っていた。
なのに接敵してみれば、筋骨隆々の黒革コートに身を包んだ、謎の集団がいるではないか。
どこから連れてきた。
なんだあの威圧感。
恐ろしい誤算にもほどがある。
「食い止めろ!」
雇われた冒険者ギルドの詠唱者たちは、土属性式魔術で、廊下の床と天井から岩壁を生成して、アルバートたちの行く手を阻む。
さらに、岩壁の硬度をあげる魔術をかけて、道を封印しにかかった。
しかし『怪物』を食い止めるには足りない。
青の巨漢は、ただ”前へ歩く”という動作だけで、強化された岩壁のバリケードを貫通して、封鎖された廊下を再び開通させた。
「バケモノなの?!」
「青い大男……、まずい、学会最強の殺人兵器だよ……!」
「推定脅威度120の超ド級のディザスター!? あ……私たち死んだね」
「ひるむな! 逃げてもどうせ死ぬ! 倒すしかねえぞ! 混沌魔術で仕留めるんだ!」
廊下の先で、冒険者たちは、岩の弾丸を放ち、それに膨大な熱を与えることで溶岩弾にし、ダ・マンの胸部へと撃ち込んだ。
ダ・マンは胸を張り、その身を盾として、アルバートを守る。
溶岩弾が命中して、先頭のダ・マンが足を止める。しかし、無表情はかわらず、動きもかわらずだ。ダメージが入っているように見えない。
「最大化の追加詠唱、反転詠唱を警戒したか」
アルバートは賢い詠唱者たちへ拍手する。
魔術につかった触媒──火属性式魔術なら火炎、水属性式魔術なら水分──に、術者の魔力を余分にこめるのが追加詠唱・最大化だ。
これを行うと、次にほかの術者が、反転詠唱で、その触媒を使って魔術を行使する反転詠唱をすることを妨害できるのである。
良い術者がいる、とアルバートは身構える。
と、すぐ直後、アルバートへ向けて、さらなる殺意ある魔術が繰り出された。
ダ・マンを覆いつくす溶岩が形をかえたのだ。溶岩にまとう火炎は、二振りの鞭のようにしなり、先端を学会長の首元へ叩きつけた。
至近距離からの火炎を、アルバートは顎を引いて、一歩下がって避ける。
「《双火焔》の遅延詠唱か。戦術家だな」
アルバートは術者と思われる、一番腕が立ちそうな、男の冒険者へ視線をむけた。
胸にはプラチナ等級の証であるメダリオンが付いていた。よく戦える訳だ。
冒険者の顔は険しく歪められていた。
秘策が躱されたことに、焦っているようだった。
「『闇の魔術師』……なんて反応速度……!」
「そんな名前で呼んでくれるなよ、有望な詠唱者君」
「黙れ、『人でなし』!! 俺に合わせろ、クイン、サラ!」
男の仲間たちは、冷や汗をうかべ、うなずき、ここ1番の覚悟を決めたようだ。
「喰らえ、最大化二重詠唱──《獄炎弾》!」
「「二重詠唱──《穿つ大地の鉄鋼弾》!」」
三人の息の合った魔術は、4発の超強力な溶岩の榴弾を生み出した。
その生物を屠るには、過剰すぎる火力は、集中して先頭のダ・マンに命中していった。
爆発音が響き渡り、廊下が炎に包まれた。
冒険者たちは、数回に一回成功するかどうかの、大技の炸裂に、勝利を確信して「やったか?!」「第三部、完!」「これが終わったら故郷に帰ろう!」などと余計な事を口走る。
「ダ・マン、道を開けろ」
「「「ッ!」」」
覇気の宿る声が聞こえてきた。
溶岩でドロドロに溶けて、火事が起き始めている廊下のむこうから側からだ。
廊下を封鎖していた、溶岩溜まりが動き出す。
出てきたのはあの巨漢ダ・マンだ。
ダ・マンは、真っ赤に熱されており、黒川のコートは赤熱を溜め込んで光っているようにすら見える。
だが、ダ・マンはそんな地獄のような環境でも、ただ湯につかっているかのように、体から溶岩をしたたらせて歩いていた。
信じられない光景に、現実味がなくなる。
燃え盛るダ・マンは、歩いて廊下の脇にどいた。
開かれた道の奥には、溶岩に足を取られずに、その上を歩く『怪物』の姿があった。
冒険者たちは、全身の毛穴が開き、汗がぶわっと湧き出るのを感じた。
あれは同じ人間ではない。
誇張もなく『怪物』だ。
冒険者たちは、身体の細胞すべてが逃走を選んでいるのを感じながらも逃げられなかった。
足がすくんで動けなかったのだ。
「ぁぁ……なんで溶岩の中歩いてんだ、あの人……」
「知らないよ……わかるのは、僕たち死ぬってことだけでしょ?」
「う、ぅぅ、協会よりあっちのほうが怖いよ、ぅぅ」
パーティの中で一番若そうな少女は、死の恐怖に膝を屈して、たまらず泣き出した。
だが、いきなり少女は泣きやんだ。
それは、超高密度の魔力の集中を、感覚器官が捕らえたからである。
規格外の魔力量だった。
1人の人間が扱っていい規模ではない。
──属性魔術の修練に人生を捧げるとする
凡人は三式の属性魔術までなら、なんとか使えるようになる。
──追加詠唱についてはどうだろうか
魔術に没頭すれば追加詠唱を2つ同時に魔術式に組み込むことは不可能ではない。
上記の二つを習得できたなら、詠唱者としては大成したと言えるだろう。
「最大化二式四重加速詠唱──
最大化、二式、四重、加速──。
アルバートは諦めた冒険者たちへ、余人がたどり着けない領域の属性魔術を、追加詠唱を掛けまくってぶっ放した。
冒険者たちは抵抗する気すら起きなかった。
ありのままの死を受け入れるだけだ。
「ああ、外してしまったか」
そんな呑気な声が聞こえた。
冒険者たちは、自分たちがまだ生きていると気が付いた。
恐る恐る瞳を開ける。
そこには廊下という概念が無くなっていた。
あるのは庭と、夜空だ。
冒険者たちは目を丸くして、これが夢か、現実か、答えを求めるようにアルバートを見やる。
当のアルバートは「さて、次は全身から血を吹いて苦しみ悶える魔術を使ってみることにしよう」。そんなことを言いながら、分厚い怪書をペラペラめくっている。
冒険者たちは悲鳴すらあげず、ただ迷わずに、広けた外への逃走を選んだ。
屋敷の広大な庭に姿を消すまえに、冒険者の男は、アルバートへ振りかえった。
どうして、殺さないのか聞くつもりだった。
「溶岩の上を歩ける秘密は、近日発売のノンフィクション冒険小説『怪物学者と魔人のブーツ』を読むといい」
わけのわからない事を言うアルバートの笑顔が怖かった。理解できない事は怖い事だ。
冒険者は殺さなかった理由などどうでもよくなり、すぐに戦場を立ち去った。
「ふむ。溶岩遊歩の秘密を知りたがっていたわけじゃなかったか」
アルバートは「まあいい」と気を取り直し、混沌魔術で赤熱するダ・マンから溶岩を除去し、追跡を再開した。
空には、撃ちあげられた赤熱の煉獄が、キラキラと星の仲間入りをして綺麗に輝いていた。
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