フォール・フレデリックガイズ


 白い光──スーパーナチュラルはフレデリックの視線を、彼の意識に関係なく集めていた。


 無闇に超越的存在を認識するのは、アルバートやさかな博士のような、識者からすれば、とても危険な行為であるのは常識である。


 アルバートは怪書に視線を落として、怪物図鑑のフレデリックの備考に「記憶」という項目が新しく追加されるのを確かめる。


 ─────

   ──────────

        ────────────

 ────────カチッ

       ───────────


 さかな博士は言う。

 人類が″記憶″として定義する魂の構成要素、その周辺領域に干渉することがスーパーナチュラルの本領である──と。


 海は、そこに住み着いてから、新たに獲得した属性に過ぎないのだと。


 アルバートはスーパーナチュラルと交信して撤退させる。

 スーパーナチュラルは、ゆらりゆらりと揺らめき、薄い水面の奥へと沈んでいった。


 一部始終を目撃していたフレデリックであるが、目の前の発光体がなんなのかすら、見当がついていない様子であった。


「さて、これでコスモオーダー卿に正義をいただく準備は整った」


 アルバートは「そろそろ頃合いだな」と言い、年季のある懐中時計を確認する。

 すると、フレデリックのすぐ横に黒い液体が出現した。


 液体からフレデリックとよく似た外見の人間が湧き出るように現れる。


 たるんだ腹と、だらしない身体に、局部も丸見えだ。とても見るに耐えない。


 しかし、そんな目を背けたくなる部分が、フレデリックに気が付かせた。

 

 恐ろしい禁忌が、目の前で行われたのだと。


「ま、まさか、そんな事があるわけ……生命の創造、それも、わ、わわ、私を──!」

「1回だけ殺すんじゃ全然足りないからな」


 アルバートは、生まれたばかりのフレデリックの顔面を水の弾丸で吹き飛ばす。

 

 オリジナルのフレデリックは、平然と行われる狂気の沙汰に、恐怖で震えあがった。


「狂ってる……ッ、貴様は狂っている!」


 黒い液体からは、次々と裸のフレデリックが出てくる。


「よし、数は十分だな」


 アルバートは59人ものフレデリックが誕生すると、満足げにうなずき、指を鳴らす。


 全員が一気に水面に沈んだ。


 ──ジャヴォーダン城・第9地下耐久実験場


 暗転する視界に光が戻ると、フレデリックたちがやって来たのは、広々とした地下の大空洞だった。


「フレデリック・ガン・サウザンドラ達よ」


 遥か頭上から声が聞こえた。

 大空洞全体に響き渡る、その呼びかける声は、先程まで聞いていたアルバートのものだ。


 つい今しがた、そばに居たはずなのに、彼とダ・マンの姿はいつの間にか無くなっていた。


 フレデリックは、またおかしな魔術を使ったのだと決めつける。


「これからお前たちには、ゲームをしてもらう。このゲームの最後に生き残ったフレデリック・ガン・サウザンドラを、本物のフレデリック・ガン・サウザンドラとして生かしてやる」


 訳の分からない事を言われて、裸のフレデリックたちは「誰だこいつらは! 私が本物のフレデリックだぞ!」とお互いに指差し叫んだ。


 唯一、オリジナルの自覚がある服を着て、片腕が無いフレデリックは、他のフレデリック達に目をつけられないように縮こまる。


 悪夢だ、悪夢すぎる!

 はやく終わってくれ!


 しかし、他のフレデリックたちと違い、個性があるので、最初の一人に目をつけられれば、皆が群がってくるのはすぐだった。


「貴様だけ何故、違うのだ!」

「それは私の勲章だぞ! 貴様、誰の許可を得て付けている!」

「こっちは私のローブだ! 主席だけが切る事を許される! 返せ、私のものだ!」


 片腕の無いフレデリックは、複製達に襲われながら「手を離せ偽物どもめ!」と叫ぶ。


 それを遥か上、実験場を一望できる管理室から、アルバートはフレデリックたちのやり取りを見下ろしていた。


 アルバートの背後、移動用の水鏡からさかな博士が出てくる。


「学会長ぉ〜、騎士団の一部が第二城壁内に入ったにょーん」

「予定通りだ。問題はない」

「モンスターたちすごい殺されてるけどいいなぁーん?」

「第二城壁内のモンスターは殺させる予定のモンスターだ。今いいところなんだ邪魔しないでくれ」

「でも、このままじゃアンデット城になる勢いだぁけど」

「はあ……。こっちがいかに甚大な被害を受けたか、社会にアピールする為に多少の犠牲は必要だ。その為にわざわざ塔を一つ倒したんだ」

「荘園も想定内かぁーい?」

「いいや、あれは想定外だ。バカどもが平穏を約束した土地を勝手に破壊した。あのカスたちは記憶を消して前線行きだな」

「複製しないのかい〜? 鬼席は強力なモンスターなのに」

「人間のように個人を構成する情報が多すぎると、コストがバカにならない。鬼席クラスの魔術師を複製したら、ボディだけで赤字、さらにボディを動かす魔力もそのまま持ってかれる」


 さかな博士は「あーだから、人間を複製しないのねぇ〜」と長年の謎が解けたような顔をする。


「それじゃあ〜、あの〜いっぱいのフレデリックくぅんの中身は……」

「外見だけだ。中身の情報まで再現してない」

「嫌がらせの為だけに、″60人分″の複製する膨大な魔力リソースを使ったのかぁーいー?」


 さかな博士は腹を抱えて笑いだした。

 アルバートはくちびるに指を立てて当てて、手元の遠隔の風景を写す鏡を指さす。


 さかな博士は、アルバートが″今″何をしているのかを理解して「わお、これは無慈悲だぁ」と興味深そうに、かすれた声を出した。


「理解したようで助かった」


 アルバートは、フレデリックたちに服を剥がされる服を着たフレデリックを見下ろす。


 あのフレデリックだけは、片腕を吹き飛ばされ、止血した段階で魔力を失ったため、他のフレデリックよりハンデがあるのだ。


「あー笑った笑ったよ、最高だ! これは狂ってると揶揄されても仕方ない、流石は禁忌の魔術師、最悪の犯罪者どぁ〜ヨーデル!」

「悪口か? お前は俺の味方だと思ってたが」

「わぁわぁ、そんな目しないでおくーれヨン。ワッチは左手でもう懲りたんだぁー」


 さかな博士は義手の左手をカタカタと鳴らして揺らす。


「にしても、あのフレデリックくぅんは抵抗しないんだぁね〜」

「魔力が無いからな。魔力を失った魔術師は、もはや何者でもない肉の塊だ」


 呑気なアルバートとは違い、さかな博士は少し強張った顔をしていた。


「……世界法則の悪魔は? あの男は姫ちゃんの父親だろうー? なら可能性はあるんじゃないかーな? どうかな? ん?」


 久しぶりに聞く真面目なトーンだった。


「さてな。その時はその時だ」


 適当な返事。


 そんな事より、今は、フレデリックたちに足蹴にされリンチされる、片腕が無いフレデリックを見るのが楽しかった。


 アルバートは、溜飲の下がる思い、という言葉を、今この時、理解できた気がした。


 良い気味だ。


「フレデリックくぅんの魔力はいずこへ?」

「奴の記憶登録で、スーパーナチュラルへの報酬を奴自身の魔力で払わせた」

「ゲテングニッシュの規制緩和を使ったのか〜なぁ〜」


 ゲテングニッシュ魔力方程式、空間魔術を行う際に失われる、膨大な魔力ロストに関する魔術史800年の世紀の難問だ。


 この方程式を完成させた者は、魔力ロストに関する深い造詣を獲得している。


 その結果、空間を越えて物を動かす時、自分の魔力を使わずに、勝手に相手の魔力を使うルール違反を開発してしまったのだ。


 体内に海水を入れられ、無意味にジャヴォーダン城中を飛び回らせられたフレデリックは、最初の強制魔力欠の被害者だった。


「では、ファングを投入する」


 アルバートは地下耐久実験場へ繋がるゲートの一つを開いて、ファング達を投入した。


 フレデリックたちは、迫り来るファング達に対して逃げるしか選択肢がない。


 各々「主席魔術師にこんな事をするなぞ許される事じゃないっ!」「ファングごときにこの私が、うぁああああ!」「なぜ私がこんなにたくさん……」「嘘だ! 私が本物のフレデリック・ガン・サウザンドラだ!」とフレデリック同士で争ったり、食べられたりしている。


 アルバートの良心はまったく傷まなかった。

 むしろ清々しい気分だった。


「ワッチははやめに降伏しておいてよかったーあーねーー♪」

 

 やがて、フレデリックの数は減っていき、その数は3人だけとなった。


「頼む、助けてくれぇぇええ! アルバート、すまなかった、私がすべて悪かったんだッ! 頼むぅうう!」


 遥か頭上のアルバートに懇願するフレデリック。


 背後からファングが噛み付いて、喉元を噛み切った。


「嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だぁあああああ!」


 片腕が無いフレデリックは、泣きじゃくりながら、残ったもうひとりのフレデリックと共にファング達から逃げる。


「私が、私が本物なんだ! 貴様は犠牲になれッ!」

「ふさ、ふざ、ふざけるなッ! ふざけるんざゃないィイッ! こんなところで……! こんなイカれた死に方してたまるかッ!」

 

 片腕の無いフレデリックは、最後まで生き残っている複製フレデリックの顔面を殴り、足を引っ掛けて転ばせる。


 転んだフレデリックへ、ファング達が群がった。


 同時に地下耐久実験場全体に、ブザーの音が鳴り響いた。


「おめでとう、フレデリック・ガン・サウザンドラ」


 アルバートは優雅に拍手をして賞賛を送る。


 フレデリックは悪夢が終わったとわかり、感極まった涙を流した。


「やった……ッ、私は生き残った! やはり、私はこんなところで死ぬ運命にないのだ、私こそが神に選ばれし男フレデリック・ガン・サウザンドラなんだッ!」

「では第二回戦を始める。会場は第9地下耐久実験場。第1〜第8の資格者は集合するように」


 アルバートは手元の遠見の鏡へ見ながらそう言い、拡声魔道具を口元から離した。


「しかし、不思議な事がある物だーねぇ〜」

「意志の力だ。他のフレデリック達には無い、隻腕というアイデンティティ、それが本人が本物であると確信させたんだろう」


 さかな博士は感心したように「だから、片腕だけ残ったのかぁ〜」と、ゲートを通ってやってくる8人の隻腕フレデリックを見下ろす。


 元から第9地下耐久実験場にいた隻腕フレデリックは、目を丸くして「嘘だ嘘だ嘘だ……」とつぶやき、何も見ないようにうつむく。


「さあ、第二ステージは9人で協力してドラゴンを倒してくれ。終わったらファイナルステージだ。魔術界の恥さらし共よ、健闘を祈る」


 アルバートの声を皮切りに、地下の大空洞は真っ赤な火炎で覆い尽くされた。


 管理室まですこし温かくなり、さかな博士は、うっとりした顔をする。


「て、本当のオリジナルは? 本当に本当にオリジナルな方」


 さかな博士の何気ない質問。


「さあ、死んだんじゃないか」


 アルバートの何気ない答え。


 数秒後、実験場内の火炎がおさまった。


 ドラゴンが全てを焼き払った後には、人影はひとつも残っていなかった。


 アルバートは演技くさった仕草で頭をおさえる。


「なんと言う事だ! まさか全員死ぬなんて!」

「……そりゃお地蔵さんも死ぬよぉ〜。こんなのオセアニガじゃ常識だからねぇ〜」

「ああ、仕方ない。仕方ない、全員死んだのなら仕方ない」

 

 アルバートは十分満足した様子で、フレデリックを一人生成した。


「おや、まだ殺したりないのかい?」

「いいや、あの魔女が来たみたいだからな」

「っ、ほほ〜」

「サウザンドラを叩き潰す為には、暴力に訴える事はできない。それは紳士のやる事ではないからな。秩序の中で勝たなくては」

「魔術協会にお世話になると」

「ああ。だから、まだフレデリックは死んでない方が都合が良い」

「人の命の有無など、君にはニャオのおでこくらい小さな事なんでーヨーデル」


 アルバートは裸のフレデリックへ、用意していたローブを投げ渡した。


 怪書によって複製された人間は、自我を保つために、自分の都合の良いように、直近の記憶を補完する習性がある。


 フレデリックの記憶は第3人魚水槽室で、スーパーナチュラルを目撃した段階で途切れている。本来なら、いきなりこんな所にいては、不自然極まりないが、そこは自分で勝手に納得するので問題はなかった。


 これでフレデリック・ガン・サウザンドラは完全復活だ。


「さて、さかな博士、この誇りを失った強欲で、卑劣極まりないクズを、あの腹黒い女に引き渡しに行こうじゃないか」

「学会長、すごく楽しそうだぁ〜」


 見るからに狂気に呑まれている2人の白衣は、フレデリックを連れて、管理室からドラゴンの背中へと飛び乗った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る