怪物学会視察 Ⅳ


 太古の神殿のような石造り広間に、様々なモンスターたちの骨格標本が飾られていた。

 隣には生きた標本も、展示されている。


「これらがモンスターの融合によって生まれた安定個体たち、通称キメラです」


 アルバートはそれぞれのキメラにまつわる小話を交えながら、軽快に施設を紹介していった。


 アルバートの紹介が途切れると、視察団の中から灰色の長髪をした男が進み出る。

 叩けば折れそうな尖った鼻の老人であった。

 背中は魔術師らしく曲がっていない。貴族だけが修められる身体強化魔術のおかげだ。


「立派な展示室だね、学会長くん、もしや学校をやめて、博物館でも営業するつもりなのかなー?」

「つもりではなく、ここは博物館ですよ、フェニアッシュ卿。学びのための城内博物館です」


 フェニアッシュと呼ばれた灰色の長髪をした貴族は、わざとらしく驚いたような顔をする。


「おーっとと、それは失礼! ドラゴンクランの院内博物館に比べて、えらく小さいものだから気が付かなかったよ」


 フェニアッシュは、まわりの視察団メンバーたちに同意を求めるよう見渡しながら言う。


 視察団の者たちは、首をぶんぶん縦に振ってフェニアッシュを肯定する。予定調和の茶番だ。


 ウーミール・パイロ・フェニアッシュ。

 聞いていたよりずっと小物くさい。

 こいつは気にしなくて良さそうだ。


 アルバートは、内心の人物評価表に「退屈」とチェックを入れる。

 同時に、それまで事務的に保っていた、フェニアッシュへのごくわずかな興味は、完全にアルバートの中から消え失せた。

 

「ぼうや、いや、学会長くん、まさか我々視察団に見せる成果はこれだけではないのだろう?」


 フェニアッシュはトゥレンスィが入っている水槽をのぞき込んで言う。


 フレデリックもまた、もっと別な物を期待する眼差しで、アルバートを見据えている。


「我々は魔術協会によって編成された正規の視察団だ。そして、同時に″生命の創造″という禁忌に近い魔術研究が、安全か否か、を見極めるための裁定者でもあるんだ」


 彼らはあくまで怪物学会を飼うつもりだ。

 対等な魔術組織ではなく、下位に存在する利潤を生み出すシステムとして。


 アルバートは知っている。


 生命の創造が禁忌に指定されている理由は、倫理的な問題からではない。

 それを為せる者が現れた時、大義名分のもと魔術協会が管理する為にある。


 アルバートはその事を理解しているゆえに、苦笑いを押し殺す。まだだ。今じゃない。


「では、ここからは視察団の方の為に用意したフロアをご紹介します」


 アルバートがそう言って、指を鳴らせば、展示室の奥の壁が動いた。

 壁の裏には、いかにも秘密の通路と言った風体の廊下が出現した。


「これからお見せするのは″クラス2″に分類されるキメラ、そして復元モンスターです」

「クラス2? それは一体……」

「怪物学会が発見した強力なモンスターたちということですとも」


 アルバートはそう言い、視察団を通した、暗い広い部屋で、再び指を鳴らした。


 部屋の壁が突如ライトアップされる。


「うわあぁあ?!」

「こ、ここ、これは…!」


 照らし出されたのは、展示室にいた最大級の獣ブラッドファングでさえ、ちっぽけに見えるほどの、超巨大海洋生物の骨格標本であった。


 あまりの迫力に、視察団員の多くが腰を抜かしてしまう。


「これはニア・リヴァイアサン。太古の海に存在した海の王者、その復元個体です。これも広義にはキメラであり、第2世代のキメラに分類されます」

「ッ、怪物学会は、こ、このモンスターを使役できると言うのかね……?」


 腰を抜かしたフェニアッシュは震える声でたずねる。


「可能ではあります」

「なっ!? なんだと!?」

「──しかし、細胞の片鱗から、本体を復元する必要がある第二世代キメラは、同個体を作り出すのに、再び必要量の細胞を手に入れることが必須です。リヴァイアサンの化石はすでに失われており、現在、怪物学会はニア・リヴァイアサンを所有できていません」


 すべて嘘だ。

 ニア・リヴァイアサンの観察記録は、かつてアルバート湖で彼を運用する際に、とうの昔に済ませてある。


 そして、彼らニア・リヴァイアサン達は怪物学会貿易部門で、貿易船を護衛したり、船を引っ張ったりと、誰の目にもつかず密かに大活躍中である。


「そ、そうか。これほどの個体の獲得は、怪物学会でも容易ではないようだな……ふぅ」


 腰を抜かしたフェニアッシュは、安心して立ちあがり、衣服の乱れを整えた。


「刺激的なプレゼンテーションだ」


 唯一立ち尽くして拍手をする余裕を見せるフレデリックは、そう言ってアルバートを賞賛する。


「ところで、やはり気になる事がある。君はドラゴンを使役できるという噂をたびたび耳にするのだが……」


 フレデリックは言葉を切り、視察団員達を見渡す。皆の瞳には、アルバートの解答への期待が……あるいは恐怖が込められていた。


「霊峰に住まう叡智、ドラゴンですか」

「詠唱者たちの間で『謎の救世主』は、ドラゴンを操ってあの悲劇的なテロを防いだと噂されているのだよ、アルバート君」


 フェニアッシュはアルバートを疑いの眼差しで見ながら「山をまたぐ巨人を使役していたとも言われてるがなっ!」と言って睨みつける。


 アルバートは「それは眉唾な話ですね」と言って、一泊を置いてから、かねてより用意していた答えを口にする。


「大衆は噂が好きです。僕に向けられる期待、伝説など、すべて誇張された作り話に過ぎませんよ。モンスターの領域を超えたディザスターのテイム・コントロールなど、流石に使役学の領域ではありませんしね。まだ災害予言学──魔術のなかでも、特に胡散臭い、オカルト的学問──のほうがディザスターに近いのでは?」


 視察団員たちから緊張が解けて、快活な笑いが漏れる。


「よかったよかった! 君の口からその言葉が聞けて安心したよ!」

「これでディザスターたるドラゴンを使役できるなどと言い出したら、こちらも反応に困ってしまっていたところだ![


 安心から来る明るい笑い声だった。


 彼らの中で唯一フレデリックだけは、静かな微笑みを浮かべるだけにとどまった。

 だが、その表情にもまた、安堵の色が濃く出ている。


「まあ、私はアルバート君がドラゴンを使役出来たとしても驚かないがね」

「過大な評価、恐れ入ります」


 口では言うが、フレデリックがそんな事を1ミリも期待していないのは、ヒシヒシとアルバートに伝わっていた。


 たぬきめ。




 ──しばらく後




 視察団は一通りの怪物学会を周り終えた。


「そろそろ怪物部門以外の研究成果のお披露目と行きましょう。怪物学会が、幅広い学問領域を網羅する、第二の魔術協会である事を証明してみせます」


 アルバートの揚々とした態度は、緊張のプレゼンテーションが8割方、成功をおさめたプレゼンテーターのそれである。


 今にもスキップし始めそうだ。


 アルバートの姿に、数人の視察団員は微笑ましいものを見るような眼差しを、フレデリックは満面の笑みを向ける。


「いやはや、まさか怪物学会がこれほど素晴らしい研究成果を獲得し、さらには教育機関としても優れているとは。まったく素晴らしい」


 フレデリックはフェニアッシュへちらりと視線をむける。


 フェニアッシュは口元を歪めて笑みを作る。


 フレデリックはあたりを見渡し、さりげなく窓の外を確認する。学生たちが修練する中庭が遥か眼下に見えた。


 ここは摩天楼とも形容するべき、背の高い城の中にでも、特に高い塔の最上階らしい。塔を登る道中、人には出会わなかった。つまり、騒ぎが起きてもすぐに人は来れない。


しかも、アルバートは、魔術協会視察団へ誠意を示すべく、一人でここにいる。


 フレデリックは、これほどまでに″事に及ぶ″のに理想的なシチュエーションがあるのかと、自身の幸運に笑いがこみあげていた。


「アルバート君、君の功績は素晴らしい。ひとりで家を建て直し、ごく短期間でこれ程のものを築きあげた。全く尊敬に当たりする素晴らしい魔術師であり、貴族だよ。本当にね」

「名誉ある賞賛を魔術協会から受けられて光栄です」

「我々は君の価値を非常に高く評価している。″封印″するには惜しい人材だ」

「……」

「だから、助けたい。しかし、残念なことに主席魔術師の私の地位を持ってしても、一度封印処分を課せられた者の処遇を解除するのは困難だ。魔術協会にはメンツがあるからだ」

「メンツ、ですか」


 フレデリックはアルバートに近寄る。


「君は魔術協会の封印部をずいぶんと手こずらせているらしいと聞いた」

「何度かゴタつきましたね」

「アルバート君、私は君を助けたいんだ。アイリスの為にも。この価値ある魔術組織を守りたい。だが、その為には今のままではいけない」

「このままでは僕が封印されると?」

「そうだ。君は何度か封印部の魔術師をしりぞけたかもしれないが、ずっとは無理だ。必ず君は殺される」

「…… そろそろ疲れてきましたね」

「そうだろう? さあ、サウザンドラの傘下に入れ。『血の一族』が怪物学会を引き継ぎ、君と、アダンの名誉、怪物学会の存続、すべてを保証しよう」


 フレデリックはアルバートの肩に手を置く。


 アルバートはフレデリックの瞳をまっすぐに見つめる。肩に置かれた、シワだらけの手はゆっくりと払いのけられた。


 そして、声を低くして重く口を開いた。


「アダンは偉大な魔術師の名だ。お前たちはアダンを見捨て、父を殺害し、秘術の奪取までしようとした。汚れた一族になど与するか。まだ汚物を食したほうが幾ばくかマシだ」

「……。……ふ、ふふ、ふはははははっ!」


 フレデリックは豪快に笑う。

 今日一番の心の底からの笑い声だった。


 フレデリックはゆっくりとアルバートの耳元に口を近づける。


「言うじゃないかアルバート君。どこから嗅ぎつけたか知らんが、流石だよ。ふっはは……おっと失礼。笑っては失礼だな。この6年間、君は、あの無能な父親の死に固執していながら、弱者ゆえに、サウザンドラに手を出せず、ただ指をくわえて耐えていたのだからな」


 フレデリックの豹変した様子に、視察団員たちは訝しげな表情を浮かべる。


「いやはや、本当に満足のいく結果だった! 怪物学会、そして学会長アルバート・アダンに最大の敬意を示そうじゃないか!」

 

 フレデリックはそっと手の平を胸の前で合わせる。再び両手を離せば、その手には赤い血の刃が生み出されていた。


 それを合図とばかりに、それまで訝しげ顔をしていた視察団員たちが、おのおのの魔術刻印に魔力を通して、魔術式を満たしていく」


 継承される秘術の輝きが、高塔のなかを明るく照らす。


「フレデリック卿、一体、何のつもりですか? これは裏切りでは? 怪物学会は信頼して、より良い魔術の明日のため、誠実に視察に応じたと言うのに。これが魔術協会の解答というわけですか?」


 アルバートは狼狽えたように足元をもたつかせながら、壁際まで後退する。

 そして、壁際に追い詰められ、それ以上、下がる事が出来ない事実に顔を歪めた。

 

 これぞ万事休すという奴か。


「学会長くん、我々の来た目的をひとつ伝え忘れていたよ」


 フェニアッシュは勝利を確信した顔で言う。


「我々は協会の封印プロセスの代行者でもある。安心したまえ。怪物学会の価値は確かなものだ。トップが邪悪ゆえ処すると言うだけのこと。ゆえにすべては協会が管理する。アダンの魔術刻印も、研究成果も、キメラたちもだ」

「……やめておいた方が賢明だ。ここはジャヴォーダン城、俺の城だ。あなた達が暴力に訴えれば、相応の結果を招くことになる」

「今更、君に何ができる? ここには本物の魔術のエキスパートが12人もいる。皆、君が生まれるよりも前から、そして、アダンが貴族になる前から魔術を極めて家だ。この部屋に魔術的細工がされてない事は、皆気がついている」


 アルバートはゆっくりと怪書を召喚する。

 そして、真っ青の巨漢を、1体だけ素早く召喚した。


 身長2mを越える、異様な気配に魔術師たちはかつもくする。


「──やはり隠し球を持っていたか」


 フレデリックはアルバートのキメラ召喚と同時に動いていた。

 赤い糸が石造の床に突き刺さる。

 瞬間、高塔中を、赤い糸が駆けめぐった。

 洗練された【練血式】の神業の極細の繊維は、目にも止まらぬ速さで、青い巨漢を地面に縫い付けて拘束してしまった。


 アルバートは目を見開き、その足を止める。

 フレデリックは生き生きとして「私もまだまだ現役だな」と、アルバートに歩み寄った。


「秩序を狂わす『禁忌の魔術師』よ。ここで貴殿を封印する。さらばだ」

「お前たち全員殺してやる! こんなこと許される訳がない!」


 アルバートは暴れようとするが、血の糸がその体を貫いて、地面に縫いつける。怪書が手からこぼれ落ち、フレデリックはそれを拾い上げた。


「シナリオはこうだ。『視察団を牙城に招き入れ、暗殺を企んでいた学会長を、我々は見事に返り討ちにした』。世界は魔術協会を信じるに決まっている」


 アルバートの険しい表情に、フレデリックは笑みを深め、そして、隙だらけのアルバートの首を躊躇いなく血の刃で跳ねた。


 同時に血の繊維を構築していた【練血式】が解除され、糸が切れた人形のように、アルバートの遺体が床に崩れ落ちる。


 床に鈍い音をして落ちた頭部は、死んだ事に気がついていないかのように──あるいは死を恐れていないかのように無表情だ。


「あっけなく死んだな」

「流石はフレデリック様! 鮮やかな太刀筋です!」

「ははははっ、強がりおって! 我々魔術協会の精鋭相手にブラフを仕掛けるとは! なんたる愚か者ですな!」


 賞賛の数々にフレデリックは気分を良くして、血の刃をおさめる。

 

「ここに『禁忌の魔術師』は討たれた。怪物学会は最悪の犯罪者の手から解放されたのだ!」


 フレデリックは高らかに宣言した。


 ──その直後だった。

 ジャヴォーダン城の塔のひとつが前触れもなく爆発して弾け飛んだのは。


 ───────────────────


 ──ジェノン鉱山頂上付近


 雪が降り積もるこの山頂。

 手が届きそうな空と、白銀の雪化粧にそぐわない豪華な椅子が置いてある。


 座するのはアルバートだ。

 視察団を案内している時と比べて、えらく顔色の良い彼は、指で輪っかをつくってのぞいている。


 瞳をすぼめ、見つめているのは、約3,000m離れたジャヴォーダン城の塔である。


「予定通り向こうから動いてくれたな」


 アルバートはそう言葉を漏らし「出番だ」と言った。すると、山頂に地震が発生しはじめた。


 山の影から巨大な何かが出てくる。


 それは、地上からでは、ジェノン鉱山の山頂を覆い隠す消えない雲によって存在を隠匿されている、怪物学会のモンスター……否、ディザスターだ。


 活動限界拡張版コア換装済みタナトス。


 この個体で5号機であり、現存する唯一のタナトスでもある。

 かつてラ・アトランティスで、神すら震えあがる暴力を発揮した個体の最新版である。


「警告はしたぞ、強欲ども」


 アルバートの突き放すようなつぶやきは、晴れた空と山だけが聞くばかり。


 魔術協会は選択を違えたのだ。


 ゆえに山頂のタナトスは直径10mもの岩石を、狙い違わず、高塔への投げつけたのだ。

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