怪物学会視察 Ⅱ


 怪物学会の所在地ジャヴォーダン城に今回派遣された視察団は、魔術協会のものだ。


 視察団のリーダーはフレデリック・ガン・サウザンドラ──5年前より、協会の主席魔術家となった『血の一族』サウザンドラ家の当主である。


 信頼と実績を重ねてきた魔術家──名家25家のうち、5家しか主席の座についている魔術家はない。それほどに昇りつめるのが困難な地位であり、また強大な力を確約された境地なのだ。


 サウザンドラの準主席魔術家から主席魔術家への繰り上げは、主に研究分野の拡大と、それによる成果の獲得に起因していた。


 これまでも血の研究でなく、偶然による『世界法則の悪魔』への接近こそが、フレデリック・ガン・サウザンドラに魔術協会での現在の地位を作りあげた。


 本日、そんな勢いある協会主席魔術師フレデリックが率いる魔術協会の視察団が、はるばる遠方から、辺境都市ジャヴォーダンの怪物学会へやって来るのには理由があった──。


 


 ─────────



 

 ──ジャヴォーダン城、エントランス


「偉大な力には偉大なる責任がともなう」


 アルバートは自身に言い聞かせるようにそう呟く。

 自らの歩みを振り返り、今日にたどり着いた自分を思いかえす。


 瞑想の時間は過ぎた。


 彼はゆっくり目を開き、大きな扉を押し開けて中庭へと出た。


 もちろん、『怪物』たる彼が自分の手で開けるのではない。

 使役者らしく鉱石から自然発生したゴーレム2体に扉を開けさせるのだ。


 アルバートのそばには白衣を着た怪物学会の研究員たちがいる。

 学会の運営に携わる役職者たちだ。彼らは、普段は見れない学会長の使役術を行使する姿に、胃をつかまれた様な奇妙な感覚を覚えていた。


 使役術でコントロール出来ない種とされるゴーレム系モンスターをいとも容易く、なおかつ自在にコントロールする姿は、使役術の天才にふさわしいものだ。


 自分たちが師と仰ぐ学会長への、畏敬ゆえの緊張のせいである。決して届かぬ境地、その魔術が目の前で使われている事への感涙。偉業を理解できる者なら、その功績への賞賛は惜しまないだろう。


 重たい扉を押し開けて、久しぶりに開かれた中庭の正面門から、温かな日が差し込む。


 良い天気であった。


 青空に白い雲が浮かび、ゆったりと流れゆく様につい視線を奪われそうになる。しかし、扉を開けるなり、外からやってきた厳かな雰囲気を持つ集団に、自然と皆の視線は吸い寄せられていた。


 学生たちをかき分けてできた道の真ん中を闊歩するのは、紺色のローブを着た者たち。


 アルバートは思う。

 深淵の色をしたこのローブは腐敗した伝統の色でもある、と。

 もちろん、態度にはそんなことを現しはしない。


 集団の先頭を歩くのは、生気のある白髪に、血のような深紅の瞳をした老齢の男。

 その男は、アルバートを見るなり、品定めする様に視線を滑らせる。


 他の視察団の魔術師たちも同様だ。


 この地に来た目的を果たすため、彼らは、伝統的な魔術師のローブを脱ぎ、代わりに白衣に身を包んだ者たちを舐め回すように見る。


 やがて、視察団のメンバーの一人が呆れ返ったように首を振った。その顔は、笑いを堪えるので精一杯と言わんばかりだ。

 そのうち、他のメンバーたちも同様に苦笑いをして、嘲笑を態度で示した。


「無名の魔術師が徒党を組んでいるだけじゃないか、笑わせるな」


 視察団の誰かがそう言った。

 学会の魔術師と、協会の魔術師たちの間に剣呑な空気が漂いはじめた。


「やめるのだ」


 重たい声が視察団の挑発的態度を咎めた。


「我々は争いに来たのではない。態度を慎め」


 フレデリックはそう言って、非難の眼差しを、口を開いた視察団のメンバーに向けた。

 失言をしたその魔術師は、顔に真っ青に変えて、「も、申し訳ございません……っ!」とフレデリックに頭を深々と下げた。


「これは失礼をした、アルバート君……いや、学会長アルバート・アダン殿。だが、わかってくれ、我々魔術協会は、学会と争うつもりなどないのだ。君たちのような気鋭な魔術師たちの出現を、心から喜ばしく思っているのだからな」


 フレデリックは軽薄な侮蔑を、公人の笑顔の裏に隠しながら、アルバートへそう言った。


「ええ、わかっています」


 アルバートはたおやかに応じる。


「ふむ。大いなる力には、常に細心の注意を払う必要がある。わかっているだろう? 協会が君たちを認めたからこそ、こうして我々が視察をしに来た。怪物学会が健全な組織なのか否か、見極めさせてもらおう」

「こちらは協会に何一つ隠す物などありません。我々は無垢で、純度の高い、魔術の発展のための研究機関であり、目指す場所は魔術協会と同じなのです」


 アルバートはひと箔置いて、フレデリックの瞳を見つめ「我々はともに歩いて行けます」と穏やかな笑顔で言った。


 アルバートとフレデリックが固く握手を交わす。

 形式的なもので、その場にいる者たちに見せつけるように行われる。


 固い握手が交わされると同時、フレデリックは、アルバートの笑顔をまじまじと見つめながら、機嫌が良さそうに、ちいさな声で話しかける。


「素晴らしいよ、アルバート君」

「ありがとうございます」


 アルバートは手を離そうとする。

 しかし、話は終わってないとばかりにフレデリックの手に力が込められた。


「6年前のアダンの失態には目をつむろう」

「……。……アダンの失態ですか」

「ああ、そうだ。一度失った品格と信頼は、100年経っても取り戻せないのが魔術世界の掟。だが、やはり君は特別だ。どうだ、君さえよければ、かつての話を……サウザンドラとの関係を繫ぐ機会をやってもいい」

「アイリス様との件ですね」

「ああ。どうだ? 死に物狂いで家を復興させた、君のその能力を買っての申し出だぞ」


 フレデリックはそう言い、近づけた顔を離し、アルバートと結ばれた手の甲を包むように、そして、返答を期待するようにやさしく叩いた。


 アルバートは笑顔を絶やさず、顔を離すなり、まわりに聞こえる声で「ようこそ、ジャヴォーダン城へ」と言って、視察団をなかへと招きいれる。


 アルバートの指示で、事前に段取りを決められていた学会の事務員──中にはアダン家の使用人も多くふくまれる──が、視察団を奥の控室へと案内する。


 フレデリックは離れざまに、我が意を得たりといわんばかりのご機嫌な笑顔をアルバートへ向け、そして、視察団を引きつれて行ってしまった。


 アルバートはそんな主席魔術師の背中を、公人の笑顔でまじまじと見送った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る