港湾都市 Ⅵ


 半透明かつ、ブニャットした触感。


 三角頭には、粘膜におおわれた八つの目玉があり、あわく紺青に発光する血管模様には、絶え間なく、水属性魔力が駆け巡る。


 海面からのぞいている高さだけで、実に20メートルもの高さに達する頭部と、その下部から伸びる、8本の肉厚の触手は伝説に語られる古代の海王クラーケンのものに酷似している。


「野郎どもォォォ! 砲撃用意ぃぃいい!」


 船長の号令により、船乗りたちは甲板を駆け、側部に備え付けられた台座に大砲の砲身をさしこんで固定していく。


 甲板下部の船室にもズラッと同型の大砲があり、それらは車輪付きの台座で動かされ、船の側方向の窓から砲身をつきだしていく。


 右方左方、合わせて32門。

 船乗り総出で、真っ黒な砲弾を発射口より詰める。


 あとは船長の合図ひとつで撃てるよう今か今かと、その瞬間を待つだけだ。


「ついに出やがったな、今度こそぶっ殺してやらぁああ!」


 オージは正面に現れたクラーケンに対して、NEW CONTINENT号を取り舵一杯、船左方の砲門を一気に正面に向けさせた。


 アルバートは高波にさらわれて海に落ちそうになるバンダナ船乗りをキャッチして、さりげなく命を救いながら小脇にかかえ、近くの命綱を握る。


 そのまま、舵を取るオージのほうを見て──うなづいた。


 撃っていいぞ。


「撃てええええいッ!」

「「「「「撃てえ!」」」」」


 船長の合図を砲手たちが復唱しながらいっきに火薬が点火され、重厚な爆裂音が響き渡る。


 嵐を突き破り、波に穴を開けて、雨を弾きながら、砲弾のほとんどは海に消える。


 だが、放たれた砲弾のうち、数発がクラーケンへ見事に命中した。


 アルバートは波と風にさらされながら、目を細くして、嵐の中で攻撃の効果を観察する。

 

 砲弾の黒煙が晴れる。


 クラーケンは──まるでダメージを負ってないようだった。


「め、命中したのに……っ!」

「バケモノだ…!」


「野郎ども! ぼさっとしてんじゃねぇぇぇえ! 一回でダメなら死ぬまで撃ちこみゃいいんだよォオオオオ! 第二射用意ぃぃイイ──」


 クラーケンを中心に巨大な渦が巻きだし、その外周をNEW CONTINENT号は引き込まれるように回りながら、渦中心へと砲撃を繰りかえす。


 嵐はどんどん激しくなり、雷はマストを焼き、バケモノとの距離が刻一刻と近づいていく。


「良い怪物だ。これはもはやディザスターと相違ない脅威と言える」

「あわわわわ……っ、アルバートしゃまぁ、ぁ……!」

「落ち着け。まだまだ。こんな物では想定以下だ」

「は、はひぃ!?」


 アルバートは手でしっかりと掴んでいた綱をパッと離す。

 そして、足で床に押さえつけて固定していた銀の鞄をつま先ですくいあげて手にとる。


「行くぞ」

「え……?」


 手すりを乗り越える。

 当然、その先は荒れ狂う海だ。


 小脇に抱えていたバンダナの船乗りは「うぎゃぁあああああ!?」と奇声をあげて、涙目でアルバートの服をぎゅっと掴む。

 

「なんで私もなんですかぁぁあ?!」

「お前は目の届くところにいないと簡単に死にそうだからな」


 アルバートは雑なバンダナの変装をひっぺはがし、情けない顔して、叱られるのを怖がる子供の顔をするティナの頭をぺちぺち叩く。


 そうしている間にも荒れ狂う海面がすぐそこに迫る。


 あわや海面に衝突する。

 というところで、ぴょこんっと2メートルほどの大きなサメが頭をだした。


 サメは器用に頭を動かして、アルバートの足元で良い感じの足場になった。


 水場のオトモ、ドン・シャークである。

 あらかじめNEW CONTINENT号の近くに付けていたのだ。


 その数は30匹ほど。

 彼らは群れとなって、金槌なアルバートの足場となれるように、近くをすいすい泳ぐ。


 どんなに過酷な波だろうとドン・シャークたちには、人にとっての「ちょっと風が強いかな?」くらいの日となんら変わらない。


 ゆえに、足場の安定感は抜群だ。


「アルバートしゃまぁ……」

「説教は後だ。捕まってろ」

「…はひい」


 神秘の力で渦を発生させ、中心で船を砕かんと待ち受けるクラーケンのもとへ、アルバートは一足早く突撃を敢行した。


「作ったはいいが、使い所がイマイチ定まってなかったやつがいるんだ」


 アルバートはサメ上から銀の鞄を空高く放り投げた。


 ロックの外れた鞄は勝手に開く。


「プロトタナトス」


 銀の鞄から巨大な何かが飛びだす。

 ソレは荒れに荒れる海により一層巨大な波を出現させ、船も怪物も魔術師も、みなに高波をぶつけて降臨した。


 アルバートは落ちてきた鞄をサメに拾わせ、手元に戻し、せまってくる高波を腕を振ってぶった斬りながら、その先の威容を見上げる。


 海面に腰まで浸かっていてもなお、クラーケンに匹敵するだけの上背を誇る巨人。


 肉体は枝の触手によるツギハギだらけで、なんとか構築されて、カタチを保っているのがわかる。


 その心臓部には暗い嵐の中でなお、真っ赤に輝く生体魔力炉が、莫大な熱を循環させ、巨体を動かすためのエネルギーを、魔力反応で生み出し続けている。


 巨人の出現に船上から歓声が聞こえる。

 クラーケンからは太い触手が伸び、あっという間にプロトタナトスを捕縛してしまう。


「あ、あ、アルバートしゃまぁあああ?! なんですかぁ、アレェエェエ?!」


「ハッ、拘束だと? タナトスを? くだらん、見せつけてやれ」


 アルバートは軽薄に笑い、手を前へビシッと突きだす。


 生体魔力炉からエネルギーが汲み上げられ、瞳に収束していく。


 瞬間、遥か天井、嵐を背負うタナトスの瞳が光った。


 一瞬の発光だ。


 それは絶大な熱量の膨張だった。

 視界が白色に包まれ、チカチカと点滅したかと思うと、今度は肌に熱を感じていた。

 

 豪雨の中、冷え切った身体が、いつのまにか熱くなっていたのだ。


 ティナは「目がぁあ、目がぁあ!」と両目をこすりながら、なんとか目を開く。


「あ……」


 彼女は気がつく。

 雨が止んでいることに。

 サウナの中にいるのかと錯覚するくらい、あたりが蒸していて、熱い水蒸気が立ち込めていることに。


「やりすぎたか」


 自分を抱える主人はどこか気まずそうな顔をして、目元を手で覆っている。


 いまだ揺れる波の先。

 風に吹かれ晴れていく水蒸気。


 先程クラーケンがいた場所を見やれば、その意味はわかった。


 クラーケンは20m級の三角頭を、まるっと焼き飛ばされ、海に沈んでいっていたのだ。


 プロトタナトスの光線で即死したらしい。


「遺体だけでも回収するぞ」

「……は、はぁ、ぃ?」


 アルバートは船上から見下ろしてくる船員達に「サルベージ作業開始!」と大声で叫んだ。

 

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