ジェノン商会籠絡編 Ⅸ
そのキメラの名はリヴァイス・ケルベロス。
かつて23号と呼ばれ、主人の腕の中で息絶えた。
もう二度と地上に姿を現すことはなかった生物である。
「ふしゅる、る」
「来るぞ!」
「タイヨウ、リーダーにバフをかけろ!」
ゾンビを巨躯で潰しながら無数の頭部をもつ壁のような獣が迫りくる。
エイポックは腹をくくり、親友の息子が託してくれた最大の筋力強化、瞬発力強化のバフ魔術の熱を胸に、最大の試練を見据える。
そして、息を短く吐き捨て、前例の踏み込みで地面を蹴った。リヴァイス・ケルベロスの突進を受け止めるための、盾を前方に押しだした全霊のブロックである。
アーケストレス最高等級の冒険者、彼の誇る人間レベルでの巨体と、正真正銘、地上でも有数の質量を誇る悪魔の体がぶつかりあった。
ナリヤ、タイヨウ、腰を抜かすルナが刮目するなか、その結果は約束された通りに訪れ、そして──
「──堅牢!」
エイポックの特殊技能の発動だ。
最高の戦士だけが身に着けられる特殊技能の発動は、質量のまるで違うモンスターの攻撃を人間が受け止めるためのものだ。
かつてドラゴンの戦いでも多用された技は完ぺきなタイミングっで発動した。
「(止めた……!)」
集中状態のナリヤにはそう見えた。
現にわずかな時間とまったようにも見えた。
しかし、エイポックは最初に吹っ飛ばされた瞬間にわかっていた。
──止められるわけねえだろ、と
「ぐぼは、ぁ……ッ?!」
最初の痛みは肩だった。
盾を支えていた腕はぐっと押し込められた衝撃で、筋肉がブチっと断裂を起こし骨がくだけた。
次の被害は胸だった。
ひしゃげた盾を貫いたリヴァイス・ケルベロスの骨らしき固い突起によって、心臓のわずかに下を突き刺されてしまったのだ。
最後の被害は背面だ。
一瞬の出来事のせいで、棒立ちのまま反応できなかったナリヤの横をぬけて固い鉱物の壁面に衝突してしまったせいで、英雄は竜退治以来の背面全打撲を経験した。
「リーダー!!」
ナリヤは壁にめり込んで全身の痛みに歯を強く食いしばるエイポックへ叫ぶ。
まずい。
ナリヤは目の前の怪物が、かつて対峙したドラゴンと同等のランクの災害生物──脅威度100以上──に匹敵する本物の悪魔であると悟る。
「……お前たち、ミスターを連れて逃げろ」
「父さん! 僕たちも戦います!」
「う、ぅぅ、パパ……私たち、逃げないよ」
父の背後ではなく、ともに並び立つことを選択した兄妹は、それぞれ太陽と月の祝福と呪詛を、対象にかけてサポートする。
「おおお、おま、お前たち……! わ、ワシを守らんか……ッ」
マクドは完全に腰をぬかし、股をぐっしょり濡らして湯気を立ち昇らせる。
「ミスター、すみませんが、あのディザスターの走破力ではどんな人類も逃げ切れないでしょう」
「だ、だったら、ワシを、ワシだけでも──」
「パパ、来る!」
ルナの威勢の良い声に兄と父の顔が引き締まる。
走りだそうとするリヴァイス・ケルベロスへ、最初に攻撃を仕掛けるのはだれか。
タイヨウが杖を傾ける。
が、それよりもルナのほうが詠唱がはやい。
兄の暗唱速度上昇、余剰魔力譲渡を受けたドラゴンクランの至宝の水の魔術が放たれる。
「──湖圧閃斬」
ルナの手のひらのうえに、湖一つ分の淡水が神秘の術で封じられる。
リンゴほどのサイズにまで圧縮された水の玉は、すぐのちに一気に圧力を解放した。
詠唱式に編み込まれた通りに、水圧の蒼い輝線を描いて、無数の線の水刃がまわりのゾンビたちごと醜き災害を切り刻んだ。
常人の限界とされる第三式魔術、さらにそのうえに属する第四式魔術の発動にナリヤは舌を巻いて驚いた。
何物も自然の力の前にはひれ伏すしかない。
規格外の災害もあわや屈服するかと思われた。
「ふしゅる、る……」
「……! 硬い……ッ!」
悪魔の肌は数センチほど切れ込みをいれられるばかりで、それ以上のダメージは与えられていないようだった。
しかも、
「な、なに、あれ…」
「超再生能力……ッ、最上位アンデットの生体スキルだ……!」
ナリヤはずっと昔に見たその驚異的光景に戦慄した。
時間が巻き戻るかのように、みるみるうちにリヴァイス・ケルベロスのきずは再生していく。
「──汝穿つ火弾」
速攻で放たれたナリヤの紅い槍。
飛翔する熱の塊は、見事にリヴァイス・ケルベロスの足に命中し、傷口をやいた。
詠唱者としても優れた能力を持つことが証明された。
「──煉獄の発火炎弾」
しかし、タイヨウのはなったより高練度の炎の魔術は、飛ぶことなく直接リヴァイス・ケルベロスの足元を大爆発させ、その巨体を転ばせた。
再生能力への基本的な対処。
属性魔術の成長。
親として誇らしい気持ちになりながら、ナリヤは世界に認められた宝玉の魔力を解き放つ。
「宝玉解放。滅びろ悪夢の主よ──紅鉄工房」
全魔力を撃ち尽くす。
生命力すらこの一撃に乗せ、ナリヤは人生で最大の魔力放射を実現して見せた。
守るべき者たちが共に立ってくれていること。
狂竜との一戦以来、久しく忘れていた『挑戦者』としての自分を思い出させた怪物。
いつから冒険をやめ、与えられた別荘で暮らし、膨大な教育費を他人に負担してもらうようになったのか──。
冒険者ではなく、父親としての自分を選んだのはいつだったか──。
「燃えろォォォォォオオッ!」
ナリヤは洞窟を火口にする勢いで体勢を崩した災害を焼きつくした。
猛烈な火炎が坑道の奥に消え、すべてが収まった頃。
視界が晴れてくる。
膝をつき、血反吐をはく。
苦痛をともない魔力欠乏症に陥った冒険者と、介抱するその子らは目撃する。
行動の真ん中で呪いから解き放たれ炭像となったはずのアンデットの王が、焼けた表皮を砕いて再び息を吹きかえした光景を。
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