ジェノン商会籠絡編 Ⅶ
坑道の開拓計画書の地図に従って、木枠でささえらた暗い穴を進んだ奥地。
トロッコ用レールを追ってやってきたそこで『翠竜堕とし』は、アンデットの大群と遭遇していた。
鉱山から無限に湧いてでてくる死臭は波となって侵入者へと押し寄せる。
「出没していたのはアンデットだったのか。きっと、ずっと昔に合戦場にでもなっていたんでしょうなぁ」
エイポックは推測を語りながら、剣で薙いで、シールドバッシュで吹っ飛ばし、せまりくるゾンビの壁を斬り捨てる。
「悪魔を怒らせたみたいだ。たしかに恐ろしい。これだけの量いたら、ゴールド等級には事態解決を任せるのは厳しいかっただろう」
ナリヤはそう言いながら、赤い宝珠がはめられた黒い大剣をふりまわして、ゾンビたちを一気に殲滅していく。
圧倒的な戦力にゾンビたちは成す術もなく無双されていく。
理由の一つには、火属性式魔術を得意とするタイヨウによって、日輪系魔術のバフがエイポックとナリヤにほどこされている事もあった。
だからこそ、スタミナに不安を抱えるいい年の大人たちは、何にも考えず気持ちよく身体を動かせるのだ。
一方で、働かない者もいる。
大きな欠伸をして「帰りたい」と口癖のようにいう妹ルナだ。
彼女は水属性式魔術を得意とする詠唱者で、月輪系に属するデバフ魔術を行使できる。
が、今は大杖を頭のうえに乗せてバランスを取るゲームしながら暇をつぶすばかりだ。
「ルナも少しは手伝えよな」
「必要ないよ。ゾンビじゃん」
侮る事なかれ。
ゾンビは強い。
火炎や霊薬を使わないと細胞を死滅させることは出来ないので、対抗策が全くないパーティだと詰むことがあるくらいだ。
──が、ベテランの中のベテランである『翠竜堕とし』は、少なくともあらゆる状況に対応できる装備を整えていた。
さらに言えば、ナリヤとタイヨウは炎を操れる詠唱者であるため、根本的に最下級アンデットなど、障害ですらない。
この場ではルナの仕事はない。
「お兄ちゃん、全部燃やしちゃいなよ。ルナ、はやく帰りたいんだ」
「でも、父さんとエイポックさんが運動したいって……」
「おじさん達の健康なんて気遣っても仕方ないよ」
「お前さっきまでの敬いの心どうしちゃったんだよ…!」
エイポックの凄味に気圧されていたのは過去のこと。ルナはもう彼に慣れてしまったようだ。
タイヨウはため息つきながら、せまりくる肉壁を斬りまくって運動する元祖『翠竜堕とし』たちを眺める。
「ええい、まどろっこしい! ナリヤ、お前の炎でさっさと消し炭に変えてしまえ!」
マクドの怒声に、エイポックとナリヤは顔を見合わせ肩をすくめる。
「ミスターが言ってるなら仕方ないな」
「ですね、じゃあ、リーダー下がっててください」
「おう」
エイポックは剣についた汚れをルナの水の魔術で綺麗にしてもらい後ろへ下がる。
「二人はアレ見たことあるのか?」
「アレ、ですか? 父さんは僕たちの前じゃ大剣を磨くばかりで、振るところは見せませんでしたからなんとも……」
タイヨウがそう答えると、ルナもコクコクとうなづく。
「じゃあ見とけ。今から見れるのは『紅鉄』のナリヤがもつ魔法大剣の奥義だ」
エイポックが背後でハードルを上げてるのをひしひし感じながら、ナリヤは苦笑いする。
「いいとこ見せるか──宝玉解放」
ナリヤのトリガーを世界は受け取り、魔法大剣にはめられた紅い至宝が輝きだす。
それは、属性を操る詠唱者たちのなかでも、ただ一握りが世界に認められ、手に入れることができると言われる『宝玉』だ。
若き日に直面した困難を克服したナリヤに許された、追加のブースト魔力である。
ナリヤは煌々と輝く瞳で、坑道を埋め尽くすゾンビをみすえる。
「喰らってあの世へ還りな──紅鉄工房」
魔力がうねり、魔法大剣に彫られた溝に火炎の魔力が満ちる。それはすぐに大剣に纏わりつくだけでは収まらなくなり、いっきに膨れあがった。
顔を焼くような熱さを手に、ナリヤは大剣にうずまく獄炎をふりはらうように、ゾンビたちへと叩きつけた。
火炎の勢いは一瞬で坑道の奥へと抜けていった。
瞬く間、とはこの事か。
射線上にいたゾンビたちは1匹たりとも原型をとどめるものはおらず、すべてが膝から上を焼き尽くされて、炭となり、砕けてしまった。
「なんて魔力だ……」
タイヨウは同じ炎の詠唱者として火力の違いを見せつけられていた。
ルナも驚き唖然としている。
一番自慢げなのはエイポックか。
「まあ、こんなところですかね」
「流石は私の相棒だ。いや、本当に凄い。大剣なんか振り回してないで、ドラゴンクランで教職をとったほうが良かったと見るたびに思わせてくれる魔術だ」
「褒めすぎっすよ、リーダー」
壮年と中年が、若き学生に立ちかえって先輩後輩プレイを楽しむのを、タイヨウとルナは傍観する。
「フン、ダイヤモンド級ならばこれくらいしてもらないと困るわい。高い金を出しているのだからな」
マクドはそう言い「アンデットどもを探せッ!」と声を張り上げた。
「大技使ったんですから、ちょっと休ませてくださいよ」
「ワシの鉱山の鉱夫たちは午前に7時間採掘、30分休憩、午後に7時間採掘、で、毎日シフトを回しておるわ! 貴様らはわずか数分剣を振っただけだろう!」
「なんちゅうブラックだよ」
不満を漏らしながらも「まあ、金出してもらってるからな……」とエイポックは、メンバーを鼓舞してさらに奥へ進むことにした。
と、その時──。
「ん、なんか──」
ナリヤは長年の冒険者生活に裏打ちされた直感を頼りに、真っ赤に火照った洞窟の奥を凝視する。
「ギィァアアアアアアッァアア!」
「なんだ、こいつ──!」
残火のおかげで数十メートルは視界の効く。そんな温かな熱に照らされた坑道の奥からソイツはやってきた。
まるで、時間を加速されていると錯覚さえ覚えるほどの猛烈な速さだった。
奇声をあげて全力疾走してきたソレ。
正体は──。
「なんだこのゾンビ……っ!」
「ナリヤ、備えろ!」
「ギィァアアアアアア!」
信じられない速さのタックルが、ナリヤを襲う。彼はすかさず大剣をたてて、その腹で受けてガードした。
「まだ来るぞ!」
エイポックが叫び、素早く抜剣して続く二射目──矢と錯覚するほど速い──の爆走ゾンビをシールドバッシュで迎え討つ。
ゾンビが盾に衝突する。
「ッ!」
瞬間、重厚な金属同士がぶつかり合う音があたりに響いた。
「ひぃい?! エイポック! は、はやく、なんとかせんか! 絶対にワシのとこへ来させるな……ッ!」
「わかって、ますよ!」
マクドは狂ったように喚き散らす。
エイポックは衝突の重さに寒気すらしていた。
「これは……硬いな…!」
「ギィァアアアアアアぁああああ!」
腐肉のくせに、身体は硬かった。
先ほどまでの群れていたゾンビとはまるで違う。まったくの別物。
鉱物のように光沢のある肌質をしている。
エイポック、ナリヤ、2人はともに受け止めたゾンビを押しかえし、斬りかえしの一撃で首を跳ね飛ばした。
倒れたゾンビをすかさずタイヨウが燃やして浄化する。
「手応えがずいぶん重かったですよ、リーダー。たぶん首も硬い。というか筋肉が硬い、と言うべきですかね」
「足の形が変だ…この足の筋肉…人間のモノじゃない」
「っ。大型獣みたいだ。走ることに特化した足。…どんな進化をすればこうなる?」
「さあな。私たちは学者じゃない。考えても詮無きことだ。とにかく今は、他の冒険者たちのことが────ん?」
言葉尻を切り、エイポックはグワっと坑道の奥へ視線を向けた。
大量の影が蠢いていた。
目を凝らして見れば、坑道の奥地から、ツヤツヤと光沢のあるゾンビたちが群れをなして押し寄せてきているではないか。
「まさか……」
「全員、硬い…ゾンビじゃ…」
「ぉぉ、神よ…頼むぜ…」
「「「「ギィァァァァァアッ!」」」」
おぞましい奇声とともに、ゾンビの壁が狂騒しはじめる。
エイポックとナリヤの顔は引き締まり、2人は決して1匹も後ろへ通さないよう本腰を入れた。
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