ジェノン商会籠絡編 Ⅳ
「店主、酒をのこせぇ~い! ひっく!」
「もうやめとけ、飲み過ぎだぞ」
「うるひゃーい! 俺はまだまだ飲めるじょー!」
目も当てられない醜態をさらす青年は、空のジョッキをふりまわして「酒をつぐか、パンツを脱ぐか、どっちかにしぇろ~!」と支離滅裂な言動をはたらく。
「ほら、酒だ。俺のを飲んでいいぞ」
アルバートはアーサーから受け取ったジョッキを青年へ渡した。
「うぁあ? おぉ、ぼうず良い子だぞぉ~!」
青年はアルバートの頭をぺしぺし叩いて、ジョッキを受け取り、勢いよく煽り飲んだ。
「この一杯はマリンのために! ふぅ~、いいだろう~、俺たち明日結婚するんだぜぇえ、レレロロぺろぺろ、マリンぺろろん」
アルバートはどこから始めるか悩んだ末に、まずは『マリン』が誰なのか、、という部分から解決することにした。
聞かれた店主は答えてくれる。
「メイソン坊っちゃんが先日まで交際していた町娘ですね」
「交際していた、とな」
「ええ、もう別れていますよ。盛大な儀式も行われましてね」
「でも、本人は結婚がどうとか話してるが?」
「妄想です」
「妄想か」
アルバートはメイソンの事を少し理解してきた。
「その盛大な儀式というのは?」
「ご存知でしょう、メイソン坊っちゃんは、あのジェノン商会の跡取り。マクド殿が実の息子に、なんのメリットもない町娘との結婚なんて許すわけなかったんです」
マクドか。
「さては、親父がマリンとメイソンを引き裂いたのか?」
「ご明察のとおり」
盛大な儀式とは、公然での破局のことだったらしい。
となると……。
そうだな、使えるじゃないか。
「メイソンさん」
「マリン、ぷりりん~、俺は天下のジェノンボーイ、マリンとの結婚なんて、楽勝さぁ~」
「メイソンさん。マリンさんと結婚したいんですか?」
「したいッ!! 好きだァアア!」
青年──メイソン・ジェノンは、アルバートの肩をがしっと掴んだ。
完全に酔っぱらってるな。
アルバートはとりあえず彼を、椅子に座らせながら話を聞き出すことにした。
──しばらく後
アルバートはティナを連れてマリンという女性を訪ねていた。
貴族としてではなく、一市民としてだ。ゆえに礼服を脱いでるし、ティナにもメイド服は着せていない。
「お前は俺の姉だ」
「はい、お任せください。私はお姉ちゃんですね!」
「よし」
アルバートは頷いて、いざマリン嬢のいる花屋へと赴く。
幸い、聞き及んでいた特徴を持つ少女をすぐに見つけられた。
「マリンお姉ちゃん!」
「あら?」
「こんにちはっ!」
「えーと……どうしたのかな、ぼく?」
「実はね、メイソンお兄ちゃんからお手紙を届けてほしいっておねがいされたんだー!」
アルバートは無邪気な笑顔を浮かべながら、懐から手紙を差し出す。
「高価な便箋……」
マリンは手紙を受け取り、そこにつづられた愛の言葉を見て、涙をながした。
「メイソン、私のことをまだ想っててくれているのね……」
優しい涙をたしかめて、アルバートは二人が真に互いを愛していることを確認した。
「ありがとうね、ぼく。でも、私たちの結婚は難しいわ。私じゃ、ジェノン商会の御曹司の伴侶としてふさわしいと思えないもの」
マリンはメイソンと同じくほとんど望みを捨てているようだった。
「そう容易くあきらめるな」
「え?」
「諦めなければ終わることはない。勝つまでが戦いだろう」
「ぼ、ぼく……?」
顔つきの変わった少年は、ふと我に返り、マリンに背を向けて歩き出した。
事前の打ち合わせとは違い、ティナはアルバートに無視されて横を通り抜けられてしまう。
「アルバート様……! あ、マリンさん、うちのすみませんでした!」
びっくりして固まるマリンへ、ぺこりと頭を下げて、ティナは彼の背を追いかけていった。
──その晩
酔い潰れていつも通り意識を失っていたメイソンは、ジェノン商会の倉庫部屋のひとつで目を覚ました。
酔って酔って、もうどうしようも無くなった時、彼はジェノンの手の者によって、この部屋に連れ帰られるようになってるのだ。
「あぁ? ここは誰、俺はどこ……」
「ニャア」
ふと顔を向けると真っ黒い猫がそこにいた。
不吉さを思わせる邪悪な闇の色だ。
「猫……。ん、手紙くわえてる」
メイソンは猫がくわえる黒い手紙を手にとる。はじめは自分のそば付きメイドが残した書き置きかと思った。
「ッ! こ、これは!」
しかし、違った。
彼は恐ろしい便箋に恐怖を抱く。
ジャヴォーダンに古くより伝わる民謡にて存在がほのめかされる伝説の厄災。
この手紙の差し出し人は『悪魔』らしい。
「なんで悪魔がこの俺に……! イタズラか? いやでも……」
「ニャア」
「こいつ俺のことを見張ってる……っ」
そう思い始めたら途端に現実味が増した。
「ニャア」
「ニャア」
「ひっ!?」
しまいには、倉庫部屋の隅々から黒猫が姿をあらわすという演出にまで完全にひっかかる。
黒猫たちの首輪を見れば、何やら『黒い十字架』がついているし尚のことソレっぽい。
「この黒猫は悪魔の眷属に違いない…!!」
「ニャオ」
「うにゃああ! 頼む、命を取らないでくれ!」
「ニャア、ニャニャ」
「ん、んう? この手紙を読めってことか……?」
「ニャニャ」
メイソンは恐ろしいながらも、くらくら廻る頭で手紙の内容を読む。
「っ! これって!」
「ニャオ」
そこにはメイソンが今最も欲するモノと、その欲望を叶えるための機会があることが嫌いな文字で綴られていた。
メイソンは子供の頃に聞き及んだ伝説とまったく同じ状況にたたされ鳥肌がたつ。
しかし、同時に高揚していた。だってこれは超自然世界の怪物が与えてくれた運命の分岐点なのだから」ゆえ彼は酔いも覚めた頭で真剣に吟味し「伝説が本当なら──」と、藁にもすがる気持ちで、慎重に手紙の内容に書かれたことを実行しはじめた。
──────────────
──1ヶ月後
ジェノン商会では──。
無礼な客人との一件以来、マクド・ジェノンは腹の虫がおさまらなくて仕方がなかった。
商会の運営を一部任せている息子の不手際も、拍車をかけて大きくなっていく。
「メイソンはどこへいきよった!」
「ぼっちゃまは酒場から連れ帰らせていただきました。ただいま倉庫で寝ておられます」
「かぁ~またか! 平民の娘に現実を教えてやってからずっとこの有り様ではないか!」
「申し訳ございません。しかし、ぼっちゃまはとても心を痛められているようでして──」
「構うな。同情するだけつけあがる」
「……かしこまりました」
黒髪の少女はよく訓練された所作で一礼する。
この少女の名前はクーニャン。
幼き日より、メイソンのそば付きをしてきたメイド兼警護人である。
「それより、メイソンに任せておいた新しい鉱山のトラブルとやらはどうなっている! 過去1年、毎月最低でも2%の採掘量増加を維持してきたのに、今月の採掘量にかぎっては、マイナス30%というではないか!」
「マクド様が設計した坑道を模倣したところ、あやまって通路を火属性式魔術で爆破してしまったようです」
「かあー! ワシが現地にいかんと何もできんのか! 無能ばかりのチリクズどもめ! それで、モンスターのほうは! そっちは順調なんだろうな!」
「閉鎖区域の坑道に送ったゴールド等級の冒険者パーティがもどってこないようでして──」
「だから、使えん素人上がりなど雇うなと言っておいただろうが!」
マクドはイライラを隠さず灰皿をクーニャンに投げつける。大理石で出来た灰皿は、ゴンっと重たい音をたてて彼女のこめかみを傷つける。
彼はそんな事を気にせず、引き出しから葉巻を取り出して、マッチで火をつけてふかし始めた。
「はあー。なぜ、新しく坑道をひいたらモンスターが湧いてきたんだ……?」
マクドは眉間にしわをよせて度重なる不幸を考える。
しかし、すぐに思考をやめた。
運の悪さを理解しようとしても、意味のないことだと思ったからだ。
「モンスター出現と、坑道の爆破が重なったのもやつの商才の無さのせいに違いない。もういい、あの鉱山はメイソンには任せてられん。新しい坑道はワシが視察する」
「モンスターはどうなさいますか?」
クーニャンはぱっくり切れたこめかみを極力気にしないようにしながら主人の真意を問う。
「くだらん、雑魚狩りなど、ワシが私兵を使えばいいだけだ」
「『翠竜堕とし』の方々を使われるので?」
「やつらは元・ダイヤモンド等級。素人に毛が生えた程度の冒険者とは次元が違う。鉱山に異常発生したモンスターなぞ駆逐し尽くしてくれよう」
マクドは自信満々の笑みをうかべて「はやく、拾わんか」と、床に落ちた灰皿を指さした。
──数日後
ジェノン商会が保有する鉱山でも、もっとも新しく開設された第5ジェノン鉱山へアルバートはやって来ていた。
夜遅い時間だ。
月明かりもなく、炎の温かさもない。
真っ暗闇の中、彼は怪書のあるページを開いて、坑道の奥へとはいっていく数百人の人影を見つめる。
しばらくして、アルバートの背後にも小柄な少女の影が現れた。
「マスター」
「お前か。話せ」
「マクド・ジェノンと元・ダイヤモンド級『翠竜落とし』が動き始めた、です」
「ふん、ようやくか。ずいぶんノロマな対応だ」
「近日中に鉱山を視察する予定、冒険者ギルドを介さない直接契約」
「だろうな。まあ、だからこそやりようはある」
ユウの報告を聞き終え、アルバートは肩をまわして、グッと伸びをする。そして、銀の鞄が縦に4つほど積まれたトロッコに飛び乗った。
「ご苦労だった。引き続き、お前は奴らの監視に戻れ。非常事態が起こったらアーサーに伝えろ」
「了解、マスター」
「いけ」
一瞬で姿を消したユウを見送り、アルバートは怪書を魔力の粒子に還元にする。
「おい」
彼はすぐとなりで息を殺していた人影に話しかけた。
否、息を殺していたのではない。
その人影は元から息をしていなかった。
「奥まで行くぞ。長い道のりだろうが頼んだ」
「ヴォ、ォ…」
彼は人影の反応に満足する。
やがて人影に押される形でトロッコは動きだす。揺られ、段差に跳ね、時に金属の擦れる音を響かせる。乗り心地の悪さはご愛嬌。
そうして、ガタゴトとリズムを聴きながら、アルバートは鉱山の中へと入っていった。
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