深読み…


 アイリスとサアナはテントのひとつに通されて、そこで紅茶と茶菓子を出されていた。


「アーサーとティナが日用品を買いこんでくれていて助かった」


 アルバートはそう言いながら、紅茶をすする。


 アイリスは内心で「こんな時でも優雅なアルバート……!」と、拍手喝采しながら、老紳士のだした紅茶を口にふくんだ。


「アルバート、この状況を無視して話を進めるわけにはいきません。その……これは、なにがあったんですか?」

「はて、なにがあったのか、僕自身よくわかっておりません」


 アルバートは頭をフル回転させて、優雅にふるまいながらアイリスを観察する。


 なぜこのタイミングで来た?

 もしや屋敷の襲撃結果を確認するため?

 となると、暗殺ギルドの依頼人はサウザンドラ家ということになるのか?


 アルバートの脳内を信じたくない事実が──けれどありえそうな展開がよぎる。


 とにかく、今はワルポーロが死んだこと、暗殺者に襲撃されたこと。

 この2つははふせておいたほうがいい。


 暗殺者に屋敷を燃やされたとあっては、アダン家があなどられてしまう。

 ここは情けなくも、メイドの不手際による火災とでも言っておくべきだ。


「──ということがありましてね。屋敷が全焼ですよ、ははは」

「そうなんですか……おや?」


 家が燃え尽きたのに余裕そうなアルバートに「カッコいい…」と、アイリスが感銘を受けてると──テントに闖入者があらわれた。


 真っ赤な甲殻をたずさえた大獣だった。


「グルゥウ」


「っ」

「ひゃ……っ?!」


 思わずアイリスは目を見張り、サアナは女の子らしい悲鳴をあげてしまう。


 アルバートは目元をおさえ「アーサー……ブラッドファングを戻しておけ」と一言だけつげた。


 しまった。

 瓦礫撤去作業がおわったら、俺のもとへ一旦戻ってくるよう指示をしてたんだった。


「まさか……使役術をつかえるのですか?」

「……その質問には答えられません。当家の秘術に関する重大機密であるゆえ。お許しください、アイリス様」


 アーケストレスの魔術家には他家の秘術をぶすいな質問をしてさぐってはならない礼節がある。


 立場がうえの魔術家にたいしても、この礼節は有効であり、アルバートの黙秘はきわめて正当性の高いものだ。


「アルバート・アダン! 貴様、いったいなにを隠している!」


 サアナは声をあらげて、たちあがり、腰の剣に手をのばした。

 アイリスが「さ、サアナ?!」と驚いた顔して、お願いだからやめてえ!、と表情でうったえかける。


「ちょ、サアナ、こんなことでアルバートに嫌われたらどうするの! ──とかじゃなくて、貴族として剣をぬこうなど──」


 わちゃわちゃ慌ててボロが出だしたアイリス。


「アーサー」


 内心では誰よりも焦ってるアルバートの、一見してクールな一言で、テントの幕がゆらりと揺れた。


 同時に背筋のピンと伸びた執事長が、アルバートのかたわらに、あらわれていた。


 それだけで、サアナは萎縮してしまい、シュンとおとなしくなった。


「アイリス様、それでどのようなご用件でこちらへ?」


 本来なら最初に話すべきだった話題にたちかえる。


 なんとも無理やりな話題転換に、サアナは落ち着かなく目を泳がせる。


「実はわたし、サウザンドラ家を抜けて来たのです」


 アイリスは隠し事なく行くことにした。


「わたしとアルバートは婚約者としてあれほど固い絆で結ばれていたというのに……お父様は貴家の状況ひとつですべてをなかったことにしてしまうんですよ。アルバートも、ひどいものだと思っているでしょう?」


 アルバートは顎に手をそえる。


 これは予想外だ。

 いったいどんな狙いがあるんだ。

 婚約破棄が自分の意思ではなく、なおかつ彼女が俺に、あたかも本物の好意を抱いていると俺にさっかくさせるメリットは?


 アルバートは熱がでるほど考えた。


 智略にとみ、人を人とも思わない野心家であるアイリスならば、もしかしたらサウザンドラ家すら利用してるのかもしれない。


 そうに違いない。

 サウザンドラ家の脱退により、身寄りをうしなったから、一時的な拠点としてアダン家を使うつもりなんだ。


 彼女は俺が彼女のことを好きなことくらい簡単に見抜いているだろう。

 だから、すこし可愛い顔してお願いすれば俺のことを利用できると思っているんだ。


 アルバートは邪智暴虐の魔女アイリスの狙いを完全に読み切った。


「そうですね。僕もサウザンドラ家からお手紙が来た時はひどく動揺したものですよ」


 建前っぽくいっておくが事実だ。


「ほんとですか? でしたら、アルバートとわたしとでまた婚約を──」


 アイリスは、ぱあっと顔を明るくして言いかける。


 しかし、そこで踏みとどまった。


 彼女は考えていた。


 ここで「結婚しましょ!」と喰いついては、頭お花畑のバカ女と思われかねないのではないか?

 

 賢く真の魔術師である、アルバート・アダンは建前では「悲しかったです」といっているが、バカ女では、たとえサウザンドラの刻印をもっていても嫁にほしいとは思わない。


 なので、ここは努めてクールによそおう事がアルバートウケを狙うには重要だ。


「アルバート、それではこうしましょう。お互いに婚約の破棄には反対していることを抗議するのですよ。姿勢でもって」

「それはいい考えですね。僕としては……というより、アダン家としてはサウザンドラ家と仲を深められるのは願ってもないです」

「そうでしょう、そうでしょう♪ ……んっん。というわけで、わたしは実家への抗議活動としてしばらくここに住みます」


 アルバートがガタっと椅子をならして、立ち上がった。


 アイリスは、何かまずいことを言ってしまったか、と蒼い瞳をまるくした。


 アルバートは打ち震えていた。


 やはり、そう来たか!

 なんたる魔女だ、形骸化したアダンをそのまま乗っとろうとしてるんだ!


 家名や代を重ねたほうが嬉しい魔術師にとって、独立することがどんな理由をもってるのか、そこまでは俺には測れない。


 が、きっとなにかとんでもない狙いがあるはずだ。だってあのアイリスなんだから。


「あ、アルバート? ここに住むのはやっぱり、やめておきますね……」

「い、いや! いいです。もちろん、いいですよ、アイリス様」


 彼女にやすやすと喰われるわけにはいかない。

 かと言って、ここでアイリス・ラナ・サウザンドラという大きな選択肢をうしなう損失は大きい。というか個人的に嫌だ。


 ここは他の魔術家へのアピールのため、リスクを承知でそばにいてもらった方がいい。


「アーサー。アイリス様とサアナ様のために至急テントを用意しろ」


 アルバートはそう決めて、2人を正式に客人として迎えいれる事にした。






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