アイリス:アダン家到着
「まったく、なんなんですか、あのファングたちは!」
サアナは不機嫌にはきすてる。
「あれは間違いなく魔術による強化がされてますよ! あんな詐欺賭博を野放しにしておいていいんですか、アイリス様!」
「ふっふふ、それは違いますね。サアナ。あのファングたちは魔術的な強化などされてませんでした。本当にすごいのは、あの体格、肉体における、もっとも自然かつ、最大となるパフォーマンスをしていた、という事です」
「そんなこと……よくわかりますね。モンスター専門でもないのに」
「アルバートにたくさん教えてもらいました」
アイリスは幸せそうにつぶやいた。
──午後
アイリスたちはアダン家への手土産になにがふさわしいかを、闘技場でもうけた大金をつかって考えていた。
「そうですね、アルバートへの愛を示すためにここは大型モンスターでも買っていきましょうか?」
「バカなんですか、アイリス様。アダン家に使役できないモンスターなんて名誉を傷つけられるわ、処分にこまるわで、迷惑以外の何者でもないですよ」
「バカとはなんですか、まったく。まださっきのことひきずってるんですか」
アイリスは、ぷくーと頬をふくらませる。
そして、流れるようにモンスター専門店へ足をふみいれた。
頑固な血の令嬢は、店で最強モンスターはどの子かを店員にたずねる。
アイリスとサアナが立派な刻印をもつ魔術師だとわかると、「どうぞこちらへ」と店の奥へと彼女たちを案内した。
店奥は鋼鉄の扉で隔離された、厳重なセキュリティとなっていた。
重厚な扉のむこうに、いびきをかいて寝ている赤くて大きなモンスターがいる。
「当店最大のモンスター、ブラッドファングです」
店員は緊張した面持ちでいった。
アイリスは嬉しそうに声をあげる。
「最大にして最強。地上にこれを倒せるモンスターはいませんよ」
大袈裟な売り文句に、アイリスは思考停止で「これならアルバートは喜びますね!」とうなづく。
サアナは真剣な顔で「どこの家が調教を?」と大切なことをたずねた。
「ウォルマーレ家で使役されたモンスターです。ジャクソン様の手によるモノですね。取引して運搬するぶんには問題ないです。ただ、実際に運用するとなると、まだしばらく調教に時間がかかると思いますよ。実験用や腑分けする用途ならそのかぎりじゃないですけど」
「ジャクソン・ウォルマーレの実力ならば、その程度でしょうね」
「お客様いいますね……どこかで聞かれてても知りませんよ」
強気にいいはなつアイリスに、冗談をいう店員だが、顔はすこし青ざめていた。
一方、アイリスは店員とはちがった意味で、迷ったような顔をしていた。
ウォルマーレはアダン家衰退後、力をつけた使役術の家系だ。
もしかしたら、アルバートはプレゼントの意味を深読みしてはしまわないだろうか?
そう思うと、うかつにこのモンスターを買うことはためらわれた。
「ああ、ウォルマーレといえば競合のアダン家ですよね」
店員が軽率に口をひらくなり、血の令嬢が聞き及ばない情報を口にする。
「アダン屋敷、燃えたらしいですよ。全焼ですって。昨晩のうちにポワワって全部なくなっちまったんですよ」
店員のさりげないスモールトークに、アイリスとサアナは目を丸くした。
そして、すぐに彼女は店を飛び出して、馬に飛び乗りかけだした。
──しばらく後
アイリスとサアナは、風のような速さでアダン家へやってきた。
空には白い煙が立ち昇っており、その根本は案の定、かつてアダン屋敷があった場所へ導くようにのびていた。
あたりには煙の匂いがたちこめている。
「まさか本当に焼けてしまったなんて……アルバートはどこに…?」
アイリスは放心状態のまま馬をすすめる。
「アイリス様、結界があるのでは?」
うかつに敷地内へ足を踏み入れるアイリスへ、従者のサアナは顔を青くした。
魔術家の敷地に勝手にはいろうとすると、なんらかの防衛機構が発動することがあるからだ。
「…ないですよ。『来るものは拒まず。されど、出るものは逃さず』……それがエドガー・アダンの代から持つアダンの性質です」
「……新しきを吸収して、魔術の秘密はそとへ漏らさないということですか」
サアナは納得したようにして、アイリスに続いて敷地内へ足を踏みいれた。
数日前まで立派な屋敷があった場所には、いくつかテントが建っていた。
真ん中には、骨組みだけ残る残骸のなかに、綺麗な箱状の建物だけがたっている。
アイリスは結界領域をもつ空間だけが、火災から逃れたのだとすぐに察した。
テントの影から老紳士がでてくる。
「サアナ、さがってなさい」
アイリスは身構えて、馬上からそのまま飛びかからんとするサアナをひきとめた。
老紳士はモノクルをなおして、うやうやしくお辞儀をすると「ただいま、主人を呼んで参ります」といってさがっていった。
サアナは無意識のうちに自分が冷や汗をかいていたことに気づき、それが老紳士のもつ覇気によるものだと知った。
「アイリス様…あの使用人は……」
「エドガー・アダンの右腕と呼ばれていた御仁です。うかつなことはしない方がわたしたちの為でしょう」
「そうみたいですね」
サアナは剣をぬかなくて良かったと、ホッと胸を撫でおろした。
しばらくして、真ん中の建物の扉をあけて、くだんの少年が姿をあらわした。
アルバート・アダンだ。
アイリスは心底安心した。
でも、顔にはださない。
緩みそうになる表情をキュッとひきしめて、アイリスは、アルバートの知るクールな大魔術家の令嬢という皮をかぶる。
「こんにちは、アルバート。これは……尋常ではないようですが」
「……はい、とてもとても。尋常だとは言えませんね」
アルバートはめずらしく言葉をつまらせながら、思考を働かせていた。
アイリスがこのタイミングで来るなんて。
いったいなにが狙いなんだ。
邪悪な天才アイリスが、何か良からぬことを考えている──という前提のもと、アルバートは警戒しながら言葉をえらんだ。
思わぬ再会に頬がゆるみそうなのは、3代目アダンとして意志の力でねじふせた。
「長旅ご苦労様です。テントへ案内します。お疲れでしょう、どうぞこちらへ」
アルバートはにこやかな微笑み、先導して歩き、アイリスとサアナを奥へ案内した。
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