第78話 戦争の開始

「ぱーぱ」

「はははっ、可愛いな。おひげじょりじょりしちゃうぞ」

「うわーん。きあい」


 朝、剃ったひげの感触は嫌いか。


「反省などせず。べつの子におひげじょりじょり」

「きゃきゃ。しゅき」

「そうか好きか。子供によって個性が違うな。この子の名前は? えーと、みんな似たような見た目だから区別がつかん」


「こんな所にいたか。ヒースレイ国が属国になると言ってきたぞ」


 ランドルフが扉代りの垂れ幕をくぐって現れた。


「別に属国にならくても。同盟国で十分だと思うけど」

「どうするんだ。好きにしていいぞ」

「うーん、統治なんて面倒な事はしたくない。しかし、勝手に戦争を起こされるのは我慢ならない。よし、属国にする。戦争する権利を取り上げる代わりに、懇願力のこもった一品を毎年下賜するとしよう」

「やつら、喜ぶな」

「そうだろ。清浄な魔力に包まれていると気分が良いからな」

「そうだな。自分が聖なる存在になった気分になれる。驕り高ぶるのではなく、心が落ち着いて平穏で幸せな気分になれるからな」

「そうそう、マイナスイオンを浴びた感じだ」

「マイナスイオンは分からないが、負の感情が無くなる事は確かだ」


「大変です」


 ピピデの民の若者が一人駆け込んで来た。


「何だ? 話せ」

「サバル国が攻め込んできました。伝令の話だと明日の昼に戦闘開始予定」


 また、攻めてきたのか。

 懲りない奴らだな。

 今回、砦は作ってないのだな。

 作っても壊すが。


 よし、パパ頑張っちゃうぞ。


「俺も出るよ」

「そうか。俺もラクーを飛ばして明日までに前線に行く。戦場で会おう」


 俺は第5育児室というテントを出ると空に舞い上がった。


 風の精霊のナビでサバル国の襲撃隊の所に急ぐ。

 程なくして大草原を進む軍隊の列が見えた。


 偵察だ。

 風の精霊を一人放って、声を拾ってもらう。


「ピピデの奴ら貯め込んでいるだろうな」

「それに女だ。飽きたら奴隷に売ってしまおう」

「奴隷にするなら子供だ。反抗しないから調教が容易い」


 そう言えば俺って人を直接殺した事がない。

 が、こいつら許せん。


「テラウインドミキサー」


 風で軍隊を切り刻んだ。

 これは俺のオリジナル魔法だ。

 普通の人がプチウインドミキサーを発動すると、食材が細かく出来て便利な魔法だ。

 これの魔道具も輸出している。

 だが、精霊がやると大惨事だ。


「ストーンウォール」

「早く防壁を」

「ストーンウォール」

「うわぁ。切られた」



 阿鼻叫喚の嵐になった。


 俺が舞い降りると、男性が顔を真っ赤にして怒っていた。


「構わん、神器を使え。風の魔法を打ち破るのだ」

「おう、勇者は負けない」


 黒髪黒目の男が嫌な感じのするハンマーを振り回し、勢いをつけて振り下ろした。

 風の魔法は砕けて散った。


 流石、神器だ。

 凄い威力だな。


「貴様が魔王か。俺と同じ黒髪をしやがって、気分が悪い」


 なんとなくこの男の正体が分かった。


『緑手茂だ。あなたは?』


 そう俺は日本語で言った。


「日本語だと。さては魔王に召喚された闇の勇者だな」

「俺はただの農夫だよ。少しばかり人間は辞めているがな」

「思った通りだ。魔族に改造されたのだな」


 話にならないな。


「勇者なんて存在はいない。誘拐された異世界人。それがお前だ」

「嘘だ。俺は勇者だ。その証拠に普通の人の何倍もの魔力が扱える」


 改造されたのはそっちだろう。

 もう寿命がないなんて言ったら、どうなるだろう。

 やけになるかな。

 いや、信じないだろうな。


「懇願力よ。この男を地球に送り返したたまえ」


 うわ、拒絶されたぞ。

 この男に拒絶されたのではなく、地球に拒絶された。

 負の魔力にどっぷと浸かっているのが原因だろうな。

 浄化するには触らないといけない。

 大人しく触れせてはくれないだろう。


「ならば、懇願力よ世界の真実をこの男に見せたまえ」

「嘘だ。争いが負の魔力を産むなんて。いや、お前がまっとてる清浄な魔力の方がきっと邪悪なんだ。さては反転した知識を植え付けたな」


 駄目だこりゃ。

 聞く耳持ってない。

 とりあえずこの男から魔力を奪おう。


「懇願力よ。この男の魔力の器を元に戻したまえ」

「何をした。ファイヤーアロー。なぜだ。なぜ魔法が行使できない」

「元に戻した」

「さては勝てないと分かって、封印したな。卑怯だぞ」


「うわー」


 さっきまで怒っていた偉そうな男が、叫び声を上げて真っ先に逃げていった。

 兵隊も逃げ始めた。

 逃がすかよ。


「ウインドアロー」


 俺は魔法を行使した。



「勇者は負けない。ここは退いてやる。俺は鴨神勇吾だ覚えておけ」


 そういうと勇吾は神器で魔法を撃ち破った。

 神器は厄介だな。

 かといって精霊力で殺しはしたくない。

 植物を育てる力だもんな。

 それに懇願力もだ。

 人々の願いを破壊に向けたくはない。


「神器よ。地震を起こせ」


 そう言うと鴨神は神器を地面に振り下ろした。

 グラグラと揺れて俺は地割れに飲み込まれた。

 呼吸してないからこれぐらいでは死なない。

 俺が地中から脱出すると鴨神の姿はなかった。


 逃げられた。

 まあ仕方ないか。

 相手には神器がある。


 俺はピピデの民が陣を構えている所に行ってランドルフを待った。

 次の日の朝ランドルフは到着した。


「召喚者が敵にいる。それに神器もだ」

「そいつは厄介だな。召喚者は魔力を持たない。持たないので抵抗力が無い。なので、魔力の器を際限なく大きく出来る。寿命という枷はあるがな。神器も厄介だ。大精霊並みの力を発揮できるだろう」

「魔力の器を元に戻したが、無駄な事をしたかな」

「そうだな。以前より魔力の器を大きくして挑んで来るはずだ」

「召喚者は俺に任せてくれ。なんとかしよう」

「頼むぞ」


 召喚者はなんとか地球に帰してやりたい。

 亡霊になるような未来は可哀そうだ。

 説得に応じてくれれば良いが。

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