第55話 血の狂乱
「魔獣の集団が向かってくるの」
「緑化もだいぶ進んで平和になったと思ったんだけどな」
「それが問題なの。食べ物が増えて空前のベビーブームなの」
「なるほどね。環境が変わったから変化が起こったんだな」
「シゲル、魔獣が攻めて来るぞ。迎撃態勢だ」
ランドルフが俺を呼びに来た。
「じゃ、行ってくる。愛してるよ」
「仲が良い事で結構だ」
「それ、ランドルフに関係あるのか」
「大精霊の心が安らかだと自然災害が少ない」
「それって迷信なんじゃないか」
「とにかくそう信じられている」
戦闘準備している一団に合流した。
「状況を知らせろ」
「草食魔獣が肉食魔獣に追い立てられているようです。普通は単体で狩りをするのですが。なぜか合流してしまって逃げる側と追う側に分かれています」
「聞いての通りだ」
「あれ、元草食魔獣は追い立てられてないのか」
「いえ、一定数はいると思います。ただ、外見の区別がつきづらいので」
「大変だ。元草食魔獣が聖域になだれ込んでくるぞ。畑が壊滅する。精魂込めて開拓した俺の畑がぁ」
「落ち着け。スタンピードが起これば、多少の被害はやむを得ない」
「うちの出番やな」
「ステイニー。なんか手があるのか」
「まず、風の精霊達をつこうて元草食魔獣を隔離する。聖域の安全な所に連れて行ったら、風の結界を張る」
「元草食魔獣の世話はピピデの民にしてもらえるか」
「いいだろう」
「精霊達、声を届けてや」
幼稚園ほどの風の精霊が沢山現れて、土埃が舞う地平に飛んで行った。
こちらに迫ってくる土埃が加速して先頭集団を形成した。
あれが元草食魔獣の集団か。
「ステイニー、集団に曲がるように指示を出してくれ。湖に誘導しよう」
「はいな」
先頭集団は急に向きを変えて離れて行った。
ふぅ、これで聖域の畑が荒らされる心配はないだろう。
「テラウインドウォール」
風がごうごうと音を立てて壁を形成する。
追い立てられた草食魔獣が風の壁に当たり優しく受け止められた。
魔獣の負の魔力と聖域の清浄な魔力が反発して火花を散らした。
聖域が縮んで行くのだろうな。
三歩進んで二歩下がるのか。
草食魔獣は後ろから来ている肉食魔獣に食われまいと必死だ。
「ランドルフ、可哀そうだ。野菜を草食魔獣に投げてやってくれないか」
「この数の草食魔獣が全て食われたら、肉食魔獣の大繁殖が起こる。それは避けねば。よし、野菜をどんどん持って来て草食魔獣に振舞ってやれ」
「了解、すぐに取り掛かります」
野菜が投げられ、草食魔獣はそれを食い落ち着きを取り戻した。
魔獣で無くなったものからピピデの民が誘導して行く。
だが、恐れていた事が起こった。
遂に草食魔獣の群れに肉食魔獣が追い付いた。
血の狂乱が始まる。
負の魔力の濃度が高まるのが肌に感じられた。
息の根を止められた草食魔獣がゾンビになり、他の死骸を吸収し始めた。
ゾンビで出来たビルの高さほどの巨大な8本足の獣が出来あがる。
「あかん、風の壁ではあれはふせがれへん」
「任せろ」
こんな時こそ、懇願力の出番だろ。
「懇願力よ。巨大な剣になってゾンビを切り裂け」
光で出来た剣が振り下ろされ、ゾンビが飛び散る。
飛び散ったゾンビがもぞもぞと動めく。
やばい、また合体されそうだ。
ええと、亡骸は土に返るべきだ。
その場合のイメージは。
「懇願力よ、ゾンビを肥料にして草を育てろ」
光の種が飛び散ってゾンビに付着。
光で出来た芽を出し伸びていく。
そして、大輪の花を咲かせ、実をつけ弾けた。
弾けた実が種となりまた芽を出す。
延々とそれが繰り返され次第にゾンビは動かなくなっていく。
「神様のご加護を」
みんなが俺に向かって祈りを奉げている。
えー、俺を崇めちゃうのか。
「みんな、ステイニーにも感謝してくれ。精霊様のご加護を」
「神様と精霊様のご加護を」
これでいいか。
肉食魔獣もゾンビだった肉は食わない。
食料もなく風の壁を突破できないので、夕方には散っていった。
あー、肉食魔獣が沢山増えるだけだと思ったよ。
まさか、不浄の者が生まれるとは。
さすが異世界だな。
懇願力がなければどうなっていたか。
神様らしい事をして増やすべきなんだろうか。
女神に対して懇願力のマニュアルを要求したい。
力の限界がなさそうなんだよな。
そこに恐れを感じる。
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