第17話 大人の味と信じられない男

Side:ピピデの民の子供


「かあちゃん。尻拭き草がもうないよ」


 おいらはピピデの民。

 ちょっと前までは大荒野のふちに住んでいたんだけど、引越しして今の所にきた。


「大丈夫よ。ここに来て種を植えたから、もう収穫できるはずさ」

「おいら、採って来る」


 こまごました仕事は子供がやる事になっている。

 早く一人前にならないと、大きくなる前に技術を伝える大人が死んでしまうんだってさ。


 テントを出て草原の道を駆ける。

 足に纏わり付く草を見て思う。

 草ってこんなに生えるもんなんだ。

 これだけ生えていれば、おいらが草笛を作っても怒られないよな。


 ピーブーと草笛を鳴らしながら、畑に行く。

 畑では青い上着とスボンが繋がった変わった服を着た男が草むしりしている。


「偉いな坊主。お使いか」

「尻拭き草を採りに来た」

「ああ、あのでかい葉っぱのやつな。重宝なんだが。どうもトイレットペーパーとティシュが懐かしい」

「トイレットペーパーって何?」

「気にしなくていい。そうだ、みかんをあげよう。甘いぞ」


 甘いって何?

 おかしな事を言う大人だ。

 おいら、賢いから知っている。こういう人を冷や飯食いって言うんだ。

 前に住んでいた隣の家の三男坊が色んな事を知っていて、冷や飯食いって呼ばれていた。

 本人は学者って呼んで欲しいって言ってたな。


「おじちゃんは学者?」

「違うぞ。一応農家だ」

「農家?」

「野菜を育てる人だ」

「偉いんだね。作物を育てるのは偉い人って母ちゃんが言ってた」

「嬉しい事を言ってくれる。さあ野菜も持ってきな」


 おじちゃんは籠に見たことのない野菜とオレンジ色の丸い実を沢山入れてくれた。

 忘れるところだった。

 尻拭き草を持って帰らないと。


 家に帰ると。


「この野菜どうしたんだい。まさか盗んだんじゃないだろうね」

「知らないおじちゃんから貰った」

「お礼を言ったかい」

「あっ、忘れた」

「今度会ったらお礼を言うんだよ」

「うん」


とおちゃんもそろそろ帰ってくるから、手を洗いな」


 三人で食卓に着く。

 今日の夕飯は野菜のスープ大盛りだ。

 ここに来るまでは食べた事のない野菜。

 スープを飲むと気持ちのいい何かが体の中に大量に染みこんでくる。


「何これ」

「清浄な魔力があふれてくるなんて、子供の時以来だな」

「そうね。懐かしいわ」

「今日は沢山、頂いたから、たんとおあがり」

「うん」


 いつもは魔獣の肉と野菜をちょっとしか食べさせてもらえない。

 今日は腹一杯食える。

 引越しなんてめんどくさいと思ったけど。

 良い事ばっかりだ。

 前は深刻そうな顔でとおちゃんと母ちゃんが話していたけど、今は明るい笑顔だ。


 みかんという果物を食べる。

 これ何。

 しょっぱいとも全然違う。

 辛いとも苦いとも。

 これが甘いかぁ。

 おいら、一つ大人の味を知った気がした。


Side:ランドルフ


 シゲルは信じられない男だ。

 目を見張ったのは大精霊といちゃついているのを見た時。

 魅入られたら死ぬんだぞ。

 命が惜しくないのか。

 それとも神の加護があって、死なないとかじゃないだろうな。


 次に驚いたのはグラトニィタートルをラークの様に扱っている事だ。

 魔獣は狂っているから、元々が草食でも肉食に早変わりしてなんでも食っちまう。

 忌々しい事に負の魔力は破壊だから、腐った肉でもなんでも体内で破壊して分解する。

 食あたりで魔獣が死んだなんて事は聞いた事がない。


 とうぜんの事ながら人間も襲う。

 グラトニィタートルは暴食の名前の通り、一つの村が全て食われた事もあるくらいだ。

 それを騎獣のように扱うとは気が知れん。


 それにだ。

 ひとつで銀貨一枚を取れる野菜をただ同然で施すなど正気じゃない。

 この男どこの出だろう。

 浮世離れの感からすると貴族の生まれとも思えたが。

 まさかな。

 神が新たに作った人類じゃないだろうな。

 だとすると神は今の人類に愛想をつかしたという事だ。

 いやないな。

 ないと思いたい。


「何でも教会が出来たってな」

「おう。教会っていうほどじゃないけどな」


 シゲルは照れくさそうに言った。


 案内されたのは家型の透明で出来た物体。

 かなり薄いように見えるが、何で出来ているのだろう。

 入り口をくぐってご神体の前に進み出る。

 草で飾り付けられた壁に木を彫ったであろうご神体があった。


 ひざまずいて両手を組み合わせて、ピピデの民に栄光あれと祈った。

 喜捨を入れる虹色のカップが置いてあったので銅貨を入れる。

 カランと音を立てて銅貨が少し弾んだ。

 ピピデの民にはこの教会を頻繁に利用するように言っておこう。

 神に目こぼししてもらわないと。


「話があるんだって」

「魔獣を倒したい」

「それはやめておいた方がいいな」

「難しいのか」

「ああ、ピピデの民でも戦士が十人はいないと討伐は諦める」

「魔法のサポートがあってもか」

「大精霊ならあてにしない方がいいかもな。大精霊は精霊の木から離れると力が弱まると言われている」

「そうか。兎ぐらいの魔獣がいたら、試しに倒そうと思ってたんだけど」


 こいつ正気か。

 兎の魔獣はトリッキーな動きと素早さで殺しまくる凄腕のアサシンだ。

 熟練の戦士でも油断しているとやられてしまう。


「悪い事は言わないやめとけ。畑を耕しとけよ。ピピデの民では畑の管理はエリートの仕事だぞ」

「そうか、忠告には従うよ」


 だが、納得したふうがない。

 隙あらばやってやろうという若い戦士が抱く気概みたいなものを感じる。

 この男、本当に信じられん。

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