紅の剣士と蒼の魔術師の異世界生活
詩た猫
第1話 2人の召喚者
今日も学校が終わって二時間が経った。
空もオレンジ色に染まっており、毎日夏の大会のために頑張っている運動部たちもそろそろ体力の限界なのか段々と掛け声が小さくなっていくのが分かる。
枕代わりにしていた鞄を探ってスマホを取り出すと案の定俺を毎日二時間も待たせる奴からの連絡が来ていた。
「くぁああー。今行きますよっと」
靴箱前で待っているという奴に返信をして、サボりがちな週番に代わり窓を閉めて眠たい目をこじ開けて靴箱に向かった。
「もう!蒼、遅いじゃん!」
「二時間も待たせる奴が五分ぐらいで文句を言うんじゃありません」
「男を二時間待たせるのと、可愛い女の子を五分待たせるの、罪深いのは満場一致で後者ね」
「おかしいな……、男女平等は機能していないようだ……」
大層ご立腹な演技の下手くそな彼女は神野朱里。幼馴染で部活に所属せずグダグダしている俺とは違い、陸上部で全国大会にも出場経験のある凄い奴だ。
「つべこべ言ってないでさっさと帰るよ!」
「分かりましたよ。家の鍵を出せって直接言いなさいよ」
凄い彼女だがすぐに鍵を無くすという致命的な欠点がある。
別に物を無くす癖があるわけではない。昔誕生日であげた子供用の小さな指輪を今もしっかり持っていることから小物を無くすという訳でもない。鍵だけすぐ無くすのだ。
俺の知っている最短記録だと玄関を出て自転車に向かう三十秒ほどで自転車の鍵を無くしたことがある。あれには衝撃を受けた。
そんな致命的な欠点を補うべく二時間も部活が終わるのを待っている貴公子が俺、月森蒼だ。
運動はチンプンカンプンだが勉強の方はかなりいい方なので部活に入っていなければ塾にも行っていない。要するに放課後暇だということ。
鍵を無くし過ぎた結果、父親から自転車を買ってもらえなかった朱里に合わせて歩いて四十分弱の道を歩いていく。
「今日は待ってる間何してたの?」
「課題解いて寝てたよ」
「もう終わったの⁉」
「そんなに多くなかったでしょうが……」
「おかしいな……。蒼の解いている姿を見ながら埋めていくはずだったのに」
「それは俺じゃなくて、俺の手元を見てるんだろ」
「別にカンニングじゃない、し」
馬鹿話を続けながら歩いていると不意に変な感じがした。
感覚的な物だったが朱里も感じたようで話すのをやめて不安気に見回しながら無意識で俺の右腕をつかんでいる
「この道ってこんなに人が少なかったっけ?」
「いや。もっと多いはず……気持ち悪いな」
気持ち悪い。そう口にした瞬間、足元から青白く光る円柱が現れた。
円はちょうど俺と朱里の真ん中ぐらいに中心があり、2人を光の筒の中に閉じ込めてしまった。
反射で目を左腕で覆い、光が収まったのを確認して手をどけるとぼやけているが明らかに先ほどまでいた道ではない、どこかの部屋の中にいた。
「朱里、大丈夫か?」
「うん。ここ何処だろう」
目のかすみが取れてしっかりと周りが見えるようになると今まで壁だと思っていたものの手前にいくつかの人影がある事に気が付いた。
しっかりと顔を隠すようにフードを被っている人影から1人が前に出てきた。
それに合わせて俺よりも身長が高いイケメン朱音が俺の前に立ちふさがった。何それカッコいい。
無言のまま両者が睨み合っているとフードの連中は急に膝を折り、俺たち2人に頭を下げた。
「え?」
「急なことで驚いていると思いますがどうかお話をさせてはいただけないでしょうか」
(言葉は分かるな……)
いきなり連中に頭を下げられたイケメン改め脳筋朱音は困惑しているので選手交代と行こうかね。
「頭を上げてください。私たちも貴方の話が聞きたいですし」
「本当ですか‼ありがとうございます‼」
さて、どういうことか説明してもらわなきゃなあ……。
フードの連中は王宮魔導士団の団員というらしく、ある程度理解していたがここが日本ではないことが確定した。日本語が通じるしカルトに捕まったぐらいで済めばよかったんだけどな。
今いた場所はどこかの地下だったようで、俺たちもフードで顔を隠しながら馬車に乗って王宮に向かい、大層豪華な装飾がされた部屋に通された。
「すごいね。金細工ってやつかな?」
「色的にはそうだな。触るなよ。壊れるから」
「壊さないし!怖いから触らないけど……」
段々と緊張がほぐれてきたのか朱里もいつものテンションに近づいてきた。演技しているのかもしれないがそれでも不安がっているよりましだろう。
朱里が部屋をしばらく物色していると先ほどの団員と一緒に初老の男性が入ってきた。
「……そうか、本当に2人なのだな」
初老の男性は俺たちを見て悔しそうな顔をし、切り替えてこう言った。
「ようこそゲルトラキ王国へ、2人の英雄よ」
(これは面倒くさいことになりそうな感じがすると本能が叫んでる!)
英雄という言葉からどうしても喜びや興奮よりも不穏な雰囲気を感じ取ってしまったのだ。
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