夢境の旅人

たかっちゃん

第1話 モノローグ

 不思議な夢から目覚めれば大抵何も覚えていないことが大半だが、私は深夜三時まで起きて朝六時に起きたのち歩いたり走ったりといろんなことをした後、気絶したように眠る(大抵が昼寝だったり居眠りだったりする)一時間ほどの夢の余韻を時々覚えていることがある。

 眠いし頭痛が酷いし何より背中の筋肉の筋がビキビキとなるのでとてもじゃないが体の状態はいいとは言えない。

 まだ瞼は重いが何故かやたらと裸になる夢だったし義理の妹(?)と手を繋いだり何かから道中ひき逃げ車にひき逃げされた男を見捨てて逃げて他の車に乗ったり(その地区では人が死んだところを目撃した場合警察的な自治団体に通報しないとそれも罪になる地区だった)夢の中の自分の髪の毛の色が金色になったり緑色になったりしていて無骨なおじさまと一緒に何かと戦っていたということだけしかわからないちぐはぐな夢だった。

 大抵の場合夢の中の自分はイコールで現実の自分には繋がっていないし、今日もそうだった。

 書くのをやめられないのは夢でも他人の体の中でも同じで、長い文を書いてしまう癖も治っていなかったけれど。

 なんだか夢について書き留めるというのは書いた時には素晴らしく新鮮味に溢れて見えるようだが、自分の脳から出てきた産物なのだからどの道飽きるのだ。

 ので、一時期つけていた夢日記を見返してなんて陳腐な夢を見てはしゃいでいるんだ、私は、と過去の自分に呆れていなくもない。

 今このことを書き留めている時点で懲りてはいないが。


 さて。


 夢。レム睡眠の末見る予知、明晰。

首の後ろを蜂に刺されて平然とその蜂を抜こうとした夢を見たときはやけに鮮明だった。昔の小学校の通学路に、薔薇が信じられないほど巻きついた策がある道があった。そこの曲がり角で刺されたのだ。

 けれど刺されたのは私ではなく別の人間で、私は別の人間としてその場で倒れたのだった。夏の匂いと蝉の声がうっとおしかったのを覚えている。夢を見たのは春のことだった。

 何が言いたいかというと、夢の見方にも分類がある。

 昔々は公園の近くの坂がうねりだしてそこから飛んで落ちる夢を見たものだけれど、その時はまだ自分が自分として夢に出ていた時だった。決して他人の中に自分がいるわけじゃない。

 最近見る夢はフィクションのキャラクターの姿を借りたものたちと名前のないモブのような顔をした人間の中に入っている私との夢だ。

 私が実物の人間と接触があったのなら少しはマシだったと思うが、まるで夢の中でもアニメを見ているようで忙しない。

「死んだように寝てたよ」

 そういって彼は自分の上に乗っているクマのぬいぐるみのキーホルダーを揺らした。

 もしもの場合の大切なキー・アイテムだというのにやたらと扱いが雑だ。

 彼がこれを乱雑に扱う理由は一応あるが、そんなに邪険にしなくとも、と思う。

「私がなかなか死なないことはよく知ってるじゃないか」

「そうかな」

「そうだよ」

 電車の中はうとうとと眠ったく、揺れる音が心地いい。アナウンスさえなければ素敵なのに、と思わないこともない。

 窓の外はたくさんの立ち並ぶ廃墟と化したビルティングや蜘蛛の糸のように張り巡らされるゴムの擦り切れた電線で溢れている。

 なんだか滑稽で世紀末的に見えるけれど、ここが今回訪れる場所である。


 単刀直入に言おう。彼はキャリーケースだ。


 黒の革のお高いキャリーケースだ。クマのぬいぐるみのキーホルダーがついている。

 実際に買ってみて高かったが私にも買えなくはない値段で、荷物がやたらと入りにくい。

 私は片付けや整理が苦手でせっかくの黒革を引き伸ばしてしまいそうで、どうしようかと思った。

 彼は人間の姿で私と出会った時から片付けや整理、その他細々した事柄が得意だったからよかった。

 朝起きたら全て支度が整えられてキャリーケースの中に入っているのは、私にとってとても素敵なことだと思う。

「なんにせよ、よかった。君が死んでたら僕、ずっとこのままだもんね」

 彼はガシャ、と持ち手の部分を持ち上げた。なかなか使えるキャリーケースである。

 一人で会話している奇妙な人間になってしまう以外の欠点が見当たらない。

「私が幾ら頑張っても君がなんとかなるとは限らないがね」

「うーんこの。もう少し期待を持たせてくれてもいいと思ったんだけど」

「いざという時の諦めも肝心さ。キャリーケース生を楽しむのも悪くはないだろう」

「悪いよ。主に整理整頓のできない人間のものになった時はね」

「ごめん」

 イヤホンを外し、耳奥に流し込んでいた音楽を止める。音楽はドラッグだ。素晴らしい芸術的作品を作り出すためには音が重要だ。

 大きな塔を見上げておお、と一人呟く。キャリーケース、兼私の親友は沈黙していた。もうそろそろ人が来てもおかしくないと思ったのだろう。

 夢の中だとしても喋る場所とそうでない場所の分別は必要だ。喋るキャリーケースがいない夢だとしたら、夢の主に部外者だとバレてしまうかもしれないから。

 夢。レム睡眠の末見る予知、明晰。ここに私は生身の姿のまま親友を迎えに来た。

 親友は私以外の全てを忘れてキャリーケースになっていたけれど、私は一向に構わなかった。

 寧ろ親友と共にこのぐにゃぐにゃとして形を保っていない世界の中で遊ぶのを楽しく思っている。

 こんなに楽しいのは、そう、ひとり旅に初めて出た時以来だった。


 灰色の空と大きな鉄塔とが窓の景色の過半数を占め始めた。

 夢は醒めなくてはならない。

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