三話_魔法が宿った花

 それぞれが、自分の名前が掲げられた部屋に入っていく。私はその中でも早足だ。

 十分に全力疾走出来るほどの廊下を進んで見つけた加庭日夢の部屋は船全体から見て前側の端に位置していた。

 警備の仕事を考えれば都合がよいとは言えないが、別に部屋がどこにあろうが結果は変わらないだろうと高を括る。

 部屋の鍵は入船前に受け取ったネームプレートをかざすことで開く仕組みになっている、これはなかなか効率的だ。

 ガチッと音がして、ロックが解除される。ドアノブに手をかけ、手前に引く。部屋の内装の豪華さはさておき、ふと目に入った”花”に目を取られた。

 なんの品種だろうか。花をめでる趣味はないから、自分が目を惹かれている事実に多少困惑しつつ、さらに注視する。

 一輪の花だけが透明な花瓶に飾られている。花瓶には透明な液体が三分の一ほど入れられており、花の茎が浸かっている。

 そして、部屋に充満する香りに気が付いた。

「芳香剤としての花…?」

 だとすれば相当手が込んでいる。品種改良か、一時的に香りを強くする肥料のようなものが存在するのだろうか。

 鼻を近づけてよく観察しよう。

 香りの元はやはり花の部分だ。花瓶の中の液体は関係ない。

 それでもまだ興味を惹かれ、ついに花を手に取った。

 その瞬間。

 眩い光に目をつぶる。続いて熱気。

 慌てて花を手放すと、その熱気は収まった。

「魔法…」

 確信は持てない。ざわつく心を落ち着かせ、部屋を飛び出した。

 すると、廊下をこちら側に走ってくる人物がいた。秋井戸あきいどだ。


加庭かにわ! 部屋にある”花”」

「うん。私の部屋にもあった。”魔法の花”」

「こりゃ波乱が起きそうだぞ。どうするよ、先に釘を刺しに行くか?」

「いやぁ…面倒だなそれ」

「とは言ってもよぉ」

「予定表の冊子を見るに、この後ちょっとしたオープニングがあるみたいだし、そこで一旦様子を伺おう」

「まあそれでいいか。焦ってもしゃーないしな」


「ところで。どんな魔法だった?」

「ほとんど試してないけど、熱い」

「そっか。ちなみに俺のは…」

 秋井戸は胸のポケットから花を取り出した。

「ここで見せる気?」

「ああ」

 髪の毛が靡いた。一瞬、ここが室内であることを忘れて髪の毛を押さえつける。改めて魔法を見ようとして、と心が高ぶる。

 花が浮いている。

「この花が何て名前か知らないけど。”浮遊する花”」

「”ウェイトレス・フラワー”じゃん」

 ここで、まじまじとこちらを見る人たちの視線に気が付いた。

「まじか…」

「やっぱり見間違えじゃあない…」

 やってしまった。

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