「この結末、僕は認められないね」

 影の言葉に更に呟く声が聞こえる。

「何を言ってるんだ、これこそこの物語にふさわしい結末だろう」

「君たちは浅いな。これが結末だと思っていることがおかしいんだよ」

「これに続きがあるとでも?」

「こんな駄作見るんじゃなかったよ、文句しか出てこないね」

「何を言うんだ、こんな素晴らしい作品に対して駄作だと!」

 口々に言う影は現れては消えて、また現れる。

 一体ここに何体の影が存在しているのかわからず、互いに何かについて罵り合っているのだが、その様子を見ていた仄はもしかしてと顔を曇らせた。

 どうしたらいいのかは分からないが、とにかくこの喧騒の中に居てはいけない気がして、ゆっくりと後ずさってみる。

 しかし、影はそれを許しはしなかった。

「君はどう思うかね?」

 突然後ろから質問されて、仄は口から心臓が出るのではないかと言うほどに驚いてその場に座り込んでしまう。

 青々と茂った草原のはずが、自らの周りにはゆらりと揺れ動く影が湧き出ようとしているのを見て、仄はとっさに自分の手で自分の口を塞いだ。

(応えてはいけない。これは住人だ)

 仄の様子に周りの影たちは揺らめきながら覆いかぶさって来て、仄はグッと瞳を閉じた。

(どうすればいい? 応えてはいけないのはわかる、でもここからどうやって抜け出せば)

 焦りにも近い感情が生まれている仄の耳に時計塔のような、大きな鐘の音が響き渡る。

「幸せだったよ、僕は本当に幸せだった!」

 突然の男の声に瞼を開ければ、そこは先程までの爽やかな草原とは違い、業火が揺らめく、火の海の中だった。

 その業火の中、1人の男性が斧を振り上げ叫んでいる。

「だから僕は、幸せを君に贈ろう」

 男が見つめる視線の先には、ぼんやりと焦点の合わない瞳で男を見つめる女がいる。

 仄には一体何が始まり、何が繰り広げられているのか理解できず、ただ口を手で抑えたまま状況を見守っていた。

 男の斧が振り下ろされた瞬間、何処からともなく聞こえてきた銃声により、男の頭部は吹き飛ばされ、目の前の女にその血とともに降り注ぐ。

 女の瞳には光がやどり、赤い唇がゆっくりと引き上げられた。

(順当に考えればこれは住人たちの世界の話だとは思うんだけど。うっ!) 

 映画を見るように目の前で繰り広げられていたものが、突然頭の中に入ってきて脳を揺らし、仄はその気持ち悪さに片方の手を床に付き、前かがみになって苦しみだす。

 幾度となく脳内で、女の赤く細い唇が引き上げられる姿が再生され、すべての思考を奪うように仄は朦朧としてきた。

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