「それって、千珠咲長も私達と同じだということですか?」

「同じでありません、特殊さでは同じでしょうが成り立ちが全く違います。彼女の体は完全なるクローンです。通常クローン素体は1ヶ月程度で成り立ちますが、彼女の素体は私が把握しているだけで30年かかります」

「さ、30年! ……え? 彼女の体を作る? それにクローンって」

「そう、彼女は私のように一個体が長く生きているわけではありません。限りなく一個体でありながらその体は幾度となく取り替えられているんです。禁止条項であるのクローン技術を使って」

「そんな事、出来るんですか?」

「出来ているから存在しているんですよ。あ、ちなみにこれは極秘事項です」

「は?! 極秘って、私が聞いても良かったんですか?」

「まぁ、問題はないでしょう。千珠咲長に聞けば条件付きで教えてくれる事柄でもありますし」

「極秘なのに教えてくれるんですか? 其れって矛盾しているんじゃ」

「彼女は公平ですからね、平等ではありませんが。秘密にすることは彼女の中では公平ではない、そしてそれを態々聞いてこない皆に知らせるほど平等でもない。あぁでも、クローン技術ってのは教えてくれないでしょうが。あれは秘匿すべき事項の一つですから。表向き、人間へのクローン技術はまだ未完成ということになっていますからね」

「……聞いてしまってるんですけど」

「貴女は他言しないでしょう? まぁ、他言した時点で処分されますけど」

 ニッコリと笑みを浮かべて行ってくる麗鈴に、仄はどうしてこの人はと諦め半分でため息をつく。

 そんな仄にお構い無しで麗鈴は話を続けた。

「では何故、そこまでして彼女がこの図書館に総監という立場で存在しているのか。ここからが貴女が関係してくるところです」

 麗鈴はそう言うと再び口に水を運んで息を吐き出した。自分が関係していると言われ、仄はさらに緊張する。

「ところで、住人についてですが、彼らの特徴として自らの住処以外の場所を荒らすことはありません。同じ作者の本、または同じ作者同じ作品であっても、本という物体が違う場所であるならば決してその領域を侵すことはない。何故だか分かりますか?」

 いきなりの話の方向転換に、仄は瞳を見開いた後、大きなため息をついて麗鈴をじっとりとした視線で見つめた。

「癖なのも、どうしてそういう風になるのかもわかりましたけど、核心を付くような言い方をした後に其れはないんじゃないんですか」

「周りくどいと言いたいのでしょう? 大丈夫です、全ては一つに繋がります」

 微笑みながら言ってくる麗鈴の言葉を疑わしそうな瞳で見つめ、納得が行かないと態度に出ている仄。

 そんな仄の態度などへでもないと言わんばかりに麗鈴は先ほどの質問を繰り返した。

 話を戻す気配がないと悟った仄はため息混じりに返答する。

「単純に考えれば、住む場所が違うから?」

「当たらずも遠からず。彼らは『読者』ですからね。読み、何らかの感情を抱いた本の世界こそ、彼らにとっての住処。そして感情を残してしまった彼ら唯一無二の世界なのです。故に、その世界は決して他の世界の者達と干渉しない。一冊の本を読んだ瞬間の状況と感情は、たとえ同じ内容の本を読んだとしても同じではないですからね。他の世界が彼らには見えないのです。見えないものとは何をすることも出来ないし、出来ようがない」

 麗鈴は一体何を言おうとしているのだろう? と仄の頭の中はそればかりとなっていた。

 そして、麗鈴は仄がそう考えるだろうと予想していると言った感じでいやらしい笑いを浮かべたまま話を続ける。

「では、我々が彼らに干渉できるのは何故でしょう?」

 麗鈴の質問にどう答えたらいいのか迷っていたが、麗鈴はあまり考える時間を与えてはくれない。

「我々が読者になりえるからですよ」

「答えをすぐにおっしゃるんなら質問しなければいいと思うんですが」

「貴女の答えが遅いから答えてあげたんです。我々は現時点で本を読み、その世界に直接触れることが出来る存在、故に読者になり彼らと同じように感情を残す可能性がある。つまり、我々は住人の世界に触れられ干渉できる存在ですから、返事をするならば彼らには曖昧な返事をしなくてはなりません」

 麗鈴の言葉に仄の顔が曇り、あの嫌な思い出を頭の中に蘇らせていた。

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