「貴女に言いたいことは唯一つ、いい加減にしていただきたい」

 千珠咲が待つ部屋にやってきたレナートは開口一番そう言って千珠咲の目の前に仁王立ちして睨みつける。一体何のことかと首を傾げていれば、目の前に数十枚のディスクが投げ出された。

「何だ、これは」

「それは遠矢仄のデータ、そのバックアップです。他にもすべての媒体によるデータが一度に消失した。こんなことができるのは貴女ぐらいだ。貴女が消したのでしょう?」

「あぁ、あれか。綺麗さっぱり消えたようだな、良かった良かった」

 にやにやと楽しげに笑う千珠咲に苛立ちを増したレナートは机を叩き、大きな音を立てる。

「良かったですって? 良い訳がないでしょう! 我々がどれだけの努力と知識をアレに注ぎ込んだと思っているんです!」

「確かにな。それ以外に費用も随分かかっていたな。だが、破棄処分にすることにしたのはお前等だろう。それを拾ったのは私で、すでに所有権は私に移っている、何をしようとこちらの自由だと思うが?」

「屁理屈ですね。破棄対象だったのは実験素体だけです。研究結果全てを破棄した覚えはない」

「それこそ屁理屈じゃないか。彼女あっての研究、つまり彼女を放棄した時点でお前達は彼女に関する全てを放棄したんだ。それにレナート、私は言ったはずだ、発展のため実験をするのはしかたがないことだ、だが、感情あるものを物として扱うのは止めろと。次にそういうことがあれば即座に貴様らの研究施設をぶっ壊すといっただろう」

「確かに聞きました。しかしデータをどう扱うかまでは貴女は言明していない」

 千珠咲はやれやれと目の前に置かれたディスクを右の人差し指で弾いた。ケースの中でディスクが回転し、しばらくすればディスクの回転が止まる。

「データは戻した。ただし、これだけにしておけ。他の媒体にバックアップなどという名目で広げた場合は、本当に全てを消去する」

「了解しました。しかし、……全く、いつ見ても手品にしか見えないですね。一体貴女はどうなっているんですか」

「その質問は愚問だな。私がどういう者か一番理解しているのはお前だろう」

 レナートはため息を付きながらディスクを鞄に回収しつつ、椅子に腰掛け千珠咲を見る。

「貴女自身の手からデータが排出されるということは、早速彼女を取り込んだのですか?」

「私の所有物になったのだから当然だろ。職場で働く上で一番安全な保険で補償だからな」

「人の権利を奪う人が人の権利を保護するとはおかしい話ですね」

「お前は阿呆なのか? 護るために奪っているんだ」

 レナートは大きなため息をついて、手に持っていたもう一つの分厚い冊子を渡した。

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