千珠咲

「今回は僕の認証で通ることになるから君は荷物と同じ扱い。わずかでも離れればセキュリティの壁が僕と君の間に出現する。その後、君は生物としてではなく取り残された無機物として扱われるから、それが嫌なら絶対に離れないようにね」

 少々きつい口調で言われ、ほのかは頷きながら先を行こうとするウォールに続いて小走りで入口に入っていく。

 入り口に入った瞬間、壁自体がぼんやりと明るくなって辺りを照らした。

 壁に切れ目を入れたように開いた通路は人が一人通れば良いだけの幅しかなく、その代わりどこに天井があるか分からないほど上には暗闇が広がっている。

 道は緩やかな下り。

 ウォールが通過すると自然と裂け目は引っ付いて、そこに道が存在していたのが嘘のような壁が出来上がった。

(離れて歩けば壁の一部になっちゃうかもしれないのね)

 壁に塗りこめられるなんてごめんだと、ほのかは自分のすぐ前を歩くウォールから絶対に離れないようにと軽く駆け足をして必死についていく。

 ウォールの一歩はほのかの2歩ほどあった。身長が全く違うのだから当然ではあるがウォールはそれをちっとも気にせず、自分のペースで歩き続ける。

 はじめこそ黙っていたほのかだったが、もともと体力の無いほのかはどこまで続くか分からない道のりにウォールの服をつかんで歩みを止めた。歩みが止められたウォールは少々不機嫌に振り返る。

「離れずについて来いというのなら、もう少し足の長さを考えて歩いてくれませんか?」

「長さが足りないんだったらその分稼動させて補えば良いんじゃない?」

「それが出来ればついて行っています。出来ないから言ってるんです」

「仕方ない、それじゃ速度を少し落とすか。のんびり何も無い空間を行くのは好きじゃないんだよね、面白くなくて」

 ほんのわずかだけ歩幅を小さくしたウォールが面白くないと溜息をついたのを見たほのかはそれならばと会話を始めた。

「ちょっと気になってることがあるんです」

 先ほどまでは黙ってひたすらついてきていたほのかが唐突に話し始めてウォールの気はそちらに移り、さらに歩幅が狭くなる。

「気になるって、さっきの壁の仕掛けの事?」

「あぁ、それも気にはなりますけど、そうじゃなくって千珠咲長ちずさちょうって言う人の事です」

 一体何が気になるのか全く分からないウォールは首をかしげて「何が? 」と聞き返した。

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