トラスパレンツァ図書館

御手洗孝

入館。

「おや、今日は随分早いね。お出かけかい?」

 太陽が地平線から顔を出しかけた早朝。

 石畳に弾かれるように大きな音を響かせ、スーツケースを引きずって歩く一人の少女に、この町で一番早起きである牛乳屋の主人が声を掛けた。

 背も低く、小柄な少女は大きく一息ついて牛乳を一本、代金を支払いながら受け取り満面の笑みを向ける。

「準備期間が終わって今日から入館なの」

「なんと、今日からだったのかい。言ってくれりゃ島をあげて見送りをしたのになぁ。なんせこの第三島はじめての入館者だからな」

「見送りなんて恥ずかしい」

 少女は頬を赤く染め、照れ笑いを浮かべながら牛乳を飲み干した。

「うちの牛乳は本島にも仕入れているからいつでも飲めるが、絞りたてはこの第三島でしか飲めないからな。新鮮なのが飲みたくなったらいつでも帰っておいで」

「うん、ありがとう」

 牛乳瓶を渡して「皆によろしくね」と言って再び大きな荷物を引きずって港へと歩き出す。

 まるで荷物が歩いているような後姿に「体に気をつけてな」と声を掛けて牛乳屋の主人は自分の仕事へと戻った。

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