迷子様

かんじがしろ

第1話 蘇生

 加須巻は透明な半円形の箱の中で目を覚ました。


 両親が残してくれた限界集落となってしまった故郷の家の庭先で、

鎮守の森枝先上の真っ青な空に感激しながら眺めていたはずだが、何故か箱の中にいた。


「A―110号、蘇生成功です。」

透明な半円形の箱の周りが騒がしくなった。


 加須巻の前には、眼鏡をかけた白衣姿の中年美人がいた。

「トーマスちゃん、良かった~。」

と言って泣き崩れた。


 箱から出された加須巻は、いろんな検査をされ出したが、消毒液の匂いが漂っているのに気が付いた様子で、


「ここは病院でしょうか?」

と、いろんな検査をする眼鏡をかけた白衣姿の中年美人に問いかけた。

「ここは私のラボでしょう。」

と、当たり前のように返事した。


 加須巻は空腹を感じたのか、

「お腹がすいた。」

とぽつりとつぶやいた。

「そうね、何も異常はないから、食事にしましょう。」


 加須巻は眼鏡をかけた白衣姿の中年美人に手を引かれて食堂に案内された。


「トーマスちゃん。生き返った感想は?感謝は?」


 加須巻は状況を飲み込めない様子で、

「俺はトーマスという名前でもないし、死んだ覚えもない。」

「じゃ~、あなたはだれ?」


 眼鏡をかけた白衣姿の中年美人は、加須巻が冗談を言っているのだと思っている様子で、にこやかな顔で問いかけた。


「名前は、加須巻太郎です。」


「生まれは?」

「長崎県南松浦郡です。」


「そこはどこ?」

「日本でしょう?」


「日本?どこの惑星?」

「地球です。」


 眼鏡をかけた白衣姿の中年美人の顔が真っ青になったとき、緑色のスープと肉の塊にパンが運ばれてきた。


「病院食にしては、かなりのボリュームですね~。」

と、言いながら加須巻はフォークとナイフを握った。


「カスマキさん。私は誰?」


 真っ青な顔をになった眼鏡をかけた白衣姿の中年美人は、忙し気に食事中の加須巻に問いかけた。


 加須巻はきょとんとして、真っ青な顔をになった眼鏡をかけた白衣姿の中年美人をにらんだ。


「私の担当医者だと思っていましたが?何か?」


 中年美人は加須巻が冗談を言ってないことを確信した様子で、


「死んだ覚えがないのなら、怪我した状態になった原因は思い出せますか?」


「怪我した覚えもないが、故郷の鎮守様と森と空を眺めていて、気が付いたら箱の中だった。」


「宇宙戦を覚えてないと?」

「どこの空想世界です。」


 中年美人は食事を終えた加須巻の手を再び握りしめながら、先程の箱のある部屋へ引き入れた。


 中年美人はせわしなく動き回ると、

加須巻の頭を含めた五体に電線先を取り付けだした。


「蘇生した後で記憶を失くす事はよくあることだが、ほかの記憶を持って蘇生したなどの例も報告もない。」

と、中年美人はオデコから汗を垂らしながら独り言をつぶやいている。


 加須巻の頭の中にいろんな記憶や知識がなだれ込んできた。


 加須巻の前に立った中年美人は、顔の変化がないかと必死な思いで覗き込んでいた


「私に入ってきた記憶からだと、貴方様は記憶人の母親ですね。」

「そうよ。トーマス!記憶が戻ったの?」

「トーマスの記憶はインプットされたが、でも、私は加須巻太郎です。」

「いいわ。カスマキタローでも私には問題ないが、

ほかの人たちには、トーマス.ゴンザレスと名乗ってください。」


 中年美人の名前はパトラ.ゴンザレスで、トーマスの母親であった。


「つかないことをお伺いしますが、加須巻太郎として俺の意識は、日本に帰れるのでしょうか?」


 パトラは加須巻の言っていることを理解できないのか、予想外の質問であったのか黙り込んで何かを考え込んだ。

「今は何も、、、、?」

と、自信ない様子気に答えた。


 加須巻は母親となったパトラの家に滞在することとなり、母親からの手厚いもてなしを受けていた。


 加須巻は鏡を見るたびに、中年男から二十二歳になった青年の顔に戸惑いを覚えていた。


 鏡の向こう側からトーマスの記憶がよみがえってきた。


 子供のころの家庭団らん。


 航空士官学校に入学したころ。


 母親から報告された離婚した理由。


 初めて戦場への初出撃。


 そして何度目かの戦闘区域で、惑星を死守している陸戦隊に向かう敵空爆隊の排除命令を受けて、敵の空母艦隊の壊滅に向かった。


 トーマス達の相方は戦闘に特化されたサイボーグであったが、

航空機操縦には不向きであるために、すべての戦闘機や爆撃機の操縦は人であった。


「SS―777、敵の空母艦、動力源に近い航空機排出口に向かう。

ミサイル発射に備えよ。俺はすべてのエネルギをレーザー砲に注入されたまま向かう。」

「了解、トーマス中尉殿。」


「敵、迎撃機左前方。」

と、トーマス愛機爆撃機のコンピューターの声は注意を促したが、

トーマスは進路方向を変える気はなかった。


 トーマス愛機爆撃機の斜め後ろ方からレーザー砲の白い光線が追い抜いていき、左前方の敵迎撃機を撃墜した。


「トーマス!何をもたもたしている。

お前自慢のぶっといのを早くぶっこめ!」

戦闘機中隊長のビリーが叫んだ。


「ありがとさん。」

とトーマスはコックピットから形だけの手を振った。


 レーザー砲の白い光線は航空機排出口に向かってまっすぐに伸びていくと、爆発と共に航空機の残骸が噴き出てきた。


 三本のミサイルは噴き出た残骸を避けながら、航空機排出口に吸い込まれていった。


 トーマスの愛機爆撃機は、三本のミサイルを発射瞬間にはすでに敵空母艦に接近しすぎていたようで、

敵空母艦の側舷を愛機爆撃機の腹でこすり続けながらも、

ようやっと敵空母艦から離脱出来たと同時に、

敵空母艦の大爆発が起きた。


 トーマスの愛機爆撃機は爆発に巻き込まれないように、全スロットを全開に上げたが間に合わなかったようである。


 トーマスの愛機爆撃機はきりもみ回転しながら、戦場遠くに飛ばされた。


「生命維持稼働装置、七分二十二秒。」

と、コックピット内にコンピューターの感情のない声が響いた。


「仮死状態に入られますか?」

との言葉は感情がある様に聞こえるが、SS―777の声はやはり機械造成音であった。


 トーマスの意識が途絶えると、鏡の向こうに現れた加須巻の親父は、

「母親は、お前だけの専用神様だ。だから母親を敬い尊敬しろ。

母親の言葉は、神様からのお告げだ。」

との言葉は、奥底に押し込まれそうになっていた加須巻自身の記憶を再びよみがえらせた。

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