アリバイ

夏目咲良(なつめさくら)

アリバイ

それは予想どおりの質問だった。

「あなたは、その時間、どこで何をしていましたか?」

刑事が二人、俺の部屋までやってきた。

もうバレたのかよと、驚きつつも俺は突然のことに困惑する善人を

演じ、質問に答えた。

「その時間は彼女の部屋にいました」と。

すると、刑事は一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。後ろのヤツと

顔を見合わせる。

俺にアリバイがあるのがそんなに意外か?

「彼女というのは、安藤美咲さんのことですよね?」

刑事からその名前が出た時には、驚きで声が出そうになり、ギリギリで抑えた。

もうそこまで調べてるのかよ、というのと同時にだったら俺に聞くことないだろうという

腹立たしさも湧いてくる。

待てよ?これがドラマとかで良く言う『裏』を取るってヤツか。

「ええ、そうですけど。彼女からも話を聞いたんですか?」

俺は美咲が巧く答えてくれたことを察して、言葉を返す。

しかし、刑事はそれには答えない。

「その時間、安藤さんと一緒だったのは本当に間違い無いですね?」

しつこく念を押してきた。

「ええ、間違いないです。彼女の部屋で一緒でした」

さあ、さっさと帰れ。俺には完璧なアリバイがあるんだ。

刑事が沈黙し、妙な間が開いた。十秒か一分か分からないが

気持ちの悪い時間だった。

「……署までご同行願えますか?」

え?俺は刑事の言葉に耳を疑った。

「何でですか?美咲にも俺のアリバイ確認したんでしょう?」

刑事と目が合う。さっきまでとは違う汚いモノを見る様な眼差しにぞっとする。

「安藤さんからは、話を聞くことができませんでした。彼女は昨夜、自分の部屋で

何者かに殺害されたんです」

ナニモノカニサツガイサレタンデス。

この刑事は何を言っているんだ?

何か、勘違いしてるんじゃないのか?

「彼女が殺害された理由に関しては、昨夜一緒にいたあなたが一番詳しいはずです」

「署までご同行願います」

知らない。本当は一緒にいなかったんだから、分かる訳が無い。

だって、俺はその時、黒崎真琴を殺していたんだから。



程なく、俺は安藤美咲殺害の容疑者として逮捕された。

殺害された時刻に一緒にいたと、自信満々で答えてしまったのだから、当然と言えば当然だ。

取調べでは美咲がどんな風にして死んだのかを刑事に訊いたら、「とぼけるな!」とどなられるし、

動機や殺害に使った凶器についても、答えることができず散々に痛めつけられた。

俺は、美咲を殺してはいない。

友人の彼女、美咲を好きになってしまい、付き合っていた黒崎真琴が邪魔になった。

別れ話を切り出すと泣き喚き、死ぬと言い出すようになり、それをなだめるうちに

暴力を振るうようになった。

殴れば殴るほど、真琴は前以上に纏わりついてくるようになり、ついに我慢できなくなった俺は、

美咲にアリバイ証言を頼み、殺した。

俺と美咲は本気で愛しあっていた。二人の絆がある限り、絶対に警察に捕まることは無い、

そのはずだったのに。

美咲を殺したことを否定するには、真琴を殺したことを告白しなければならない。

殺人を犯していない証明を、殺人を犯したことを告白することで証明するなんて、本末転倒もいいところだ。

俺は、美咲を殺した犯人が誰か、気付いていたがそれを言うつもりはなかった。

そいつのことを考えると、自嘲の笑みが自然と浮かぶ。

なあ、お互い面倒なことをしたもんだよなあ。



「……出ないか」

携帯から耳を離し、僕は溜め息をついた。

真琴と連絡が取れない。

『そろそろ刑事が来るかも知れないから、巧くやってくれよ』

そう伝えたかったが、メールも自重する。

僕は、付き合っていた安藤美咲を殺した。

金遣いが荒く、嫉妬深い美咲にはウンザリしていたし、僕は友人の彼女、黒崎真琴の暴力を振るわれるという相談に乗ってるうちに好きになってしまった。

でも、美咲がすんなり別れてくれるはずが無い。

そこで僕は、真琴にアリバイ証言を頼み、美咲を殺した。

その時刻はずっと真琴の部屋にいたということになっている。完璧なアリバイだ。

刑事は話を聞いたら、すんなりと帰ってくれるだろう。

これでも演技力には自信がある。

しばらく、真琴には逢えない日々が続くかも知れないが、大丈夫。

乗り切っていけるはずだ。これからずっと二人で歩んでいくのだから。

ピンポーン。

部屋のチャイムが鳴った。

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アリバイ 夏目咲良(なつめさくら) @natsumesakura

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