【作戦決行その4】

「今回の作戦は3つの要素を守ればいけるだろう」

「? 3つって?」


指で3本作り疑問符を浮かべるカインに説明する。ちなみにアーバンさんは既に退出しており居ない。俺もあの人も作戦はもう頭に入っているので、時間が限られるアーバンさんは先に動いてもらった。


「まず1つ目は騒ぎを起こさないこと。今回の件は表には出さず、俺たちだけで内々に処理する」

「なんでだ? 街に警告を出して探せばいいだろ。憲兵の探索班、探知系の魔法使いに動いてもらって……」

「普段のスザクならな。今は祭り中で人が多過ぎる。騒ぎに乗じて逃げられるのがオチだ。人数を絞って隠密に動かしてもバレたら即アウト。あと最悪の事態も想定すべきだしな」


その最悪の事態が何なのかは、言わなくても分かったようだ。苦々しい顔でカインは頷く。


「人質ならいくらでもいるか。それこそわざと騒ぎを起こすかもな」

「起こすことを前提に入れた方がいい。……2つ目は敵の居場所を掴むことだ。狙いがお前なのは分かっているが、人が多過ぎて察知が難しい」


これはさっき話したからカインも納得顔で頷くが、次にどうすればいいのかといった困った顔になる。狙われている身としてはやっぱり落ち着かないのだろう。


その不安を緩和させるように俺は軽い口調で切り出した。


「まぁ、そっちはいつもやっていることとほぼ同じだ。試合中だけ繋がりを強めて監視するから、お前は試合に集中しろ」

「で、気配を見つけたら指示を送って身を守ればいいのか?」

「いや、それだと周りに対して暗殺がバレる可能性が高くなる。仮に剣でガードしたように見せても、相手がすぐに攻撃を仕掛けて観客たちにも銃を向けたらその時点でこっちの負けだ。直前で入れ替わるから準備しておけ」


「げ、“シンクロ”でか? て、ことはオレが裏方に回ってサポートするヤツか。……前から思ったけど、入れ替わるならお前の方に入ってちゃダメか? そうすりゃもっとできることもあると思うんだが」

「前に言ったろ? 俺の体に交信できるのは、俺が能力で繋がりを保っているからだって。お前の体に入っている間はその繋がりも、ほぼ一方的に操作している方へ流れ込でしまう。それに繋げた上でスキルを使うのも大変だから余裕がないって」

「ああー、そうだったな。いつもお前が上手く交信できるようにしてるんだった。感知、察知系の強化もオレの魔力じゃ危ないから使えないって言ってたし」


それ以外にももっと大きな理由があるのだが。

時間もあまりないので余計なことは言わないでおく。


「というか、いっそのこと試合自体を棄権したらいいじゃないか? オレもそんなヤバイ状況で戦いたくないしよ……」

「カインよ。いちいち訊かずに考えてみろ。俺たちがそんだけ警戒している奴が、もし試合でお前が出てこないと分かったら、その後どうすると思う?」

「…………早く何とかするか」


若干落ち込んだ様子で納得したカインに少しばかり同情の視線を送るおれ。


そもそも狙ってくるのが今回だけとは限らない。今回試合で狙ってくると予想できたのは、そこが一番カインが周囲を警戒してない状況であり、同時に第三者への被害が起きずに済みそうな場面であるからだ。


情報では“魔弾の瞳”はあくまで標的のみを狙うプロの賞金稼ぎ。この間の殺気も誰にもバレないようにひっそりとしたことも考えると、あちらもあまり表沙汰になるのは避けたいと推測してみた。


とりあえず2つ目の話も済んだので、最後の話だな。

……といっても。


「じゃあ、3つ目だが、これについてはカインは全然関係ないから安心してくれ」

「関係ないって……どういうことだ?」

「いや、なに。今までの話はアーバンさんにも伝えたが、この作戦は周囲と……そして暗殺者にバレないことが前提だ」

「あ、そうだったな。……ん?」


2つまで条件を聞いたところで、カイン自身そのことについて失念していた。

だが、それは騒ぎにならないことを忘れていたわけではない。

条件を2つまで聞き改めておれに言われて、ようやくこの作戦の難易度に気付いたのだ。


「……え、無理じゃね?」

「まぁ、普通はな」


呆然と口にするカインに俺も同意する。

一体どうすれば、こんな騒がしい状況でそんな高度なミッションをクリアできるって言うんだ。そう言いたそうな目で見てくるカインに俺も肩をすくめる。


けど、だからこそ3つ目の条件が重要だった。

時間もどれだけあるか分からないが、だからアーバンさんもすぐに動き出している。やれないことはない。


「なぁカイン」


あの人も色々苦労してるなぁ。と内心同情の念を送りつつ未だに首を傾げるカインに切り出す。切り出すと言ってもちょっとした質問のようなものだが。


「大勢の視線が集まる中、誰にも気付かれないように敵を追い払わないといけないのなら…………お前ならどうする?」

「…………」


残念ながら答えは返ってこなかった。

まだまだだなぁ。ちょっと苦笑してそうして俺は3つ目の条件を口にした。


「答えは簡単。誰にも気付かれない速さで敵を倒せばいい」

「…………は?」


シンプルにまとめたつもりだったが、少々難しかったか?

ちょっと説明不足だったと反省しつつ、おれは彼が持っている“リミット・アクセル”の話をしたが、その所為で余計に不安そうに詰め寄られてしまった。……何故に?



***



スピード強化系最強の魔法“リミット・アクセル”は身体能力だけでなく体感時間も加速させる。使い手であるカイン自身コントロールが利かず、使うことまずない強力な魔法だ。


(よし、いける)


そして世界が静止に近いレベルに入っている中。

コンマ数秒にも満たない世界で弾丸を捉える。既に観客たちの上空を通過しかけており、弾丸の射線の先はおれ────カインの胸元、心臓部であった。


(見つけた!!)


居合のように構えを取り、静止しているように見えるリリィちゃんから背を向ける。


舞台上を駆けて飛んできている弾丸に向けて跳躍。もちろん跳躍したぐらいで届く場所までまだ弾丸は接近していない。


(魔力を借りるぞ)


無反応で全然返事はなかったが、俺は構わず進める。

俺は足の魔力を使って“疾脚シッキャク”に似た走法を使う。多少雑で魔力の無駄遣いも目立つが、膨大な魔力量を誇るカインなら大丈夫だろう。


舞台上を蹴って跳躍すると一気に前にいた観客たちの頭上を飛び越える。


(もう……一歩!)


そしてもう一度、近くにいた大男の人の肩を借りて跳躍する。居合の構えのまま弾丸の前まで接近することができた。


(魔弾っ!!)


そこで改めてゆっくり飛んでいる弾丸を見る。

やはり魔銃で放たれたものようだ。純度の低い闇属性の紫色を帯びた弾丸だった。


(なるほど純度が低い分、察知しにくいってことか)


“煌気”もそうだが“魔力”にも純度が存在する。

純度が高いほど魔力濃度が高く属性の色も濃くなり察知し易い。逆に純度が低い場合、含まれている魔力濃度が低く察知が難しいのである。


ちなみに闇属性の場合は純度が低いと紫色になり、純度が高いと黒色になる。


(撃たれた射線は……あそこか)


弾丸を冷静に分析しつつ、俺は弾丸が飛んできた先を目で追う。聴覚を強化したように目を強化して察知した位置と照らし合わせる。


この体で能力が伝わりにくいが、事前に察知していたおかげどうにかなった。

ずっと離れた建物の屋上で放つ殺気を、俺は目視で捉えることに成功した。


(────


そう心の中で告げて構えた居合を解放させる。

迫ってきていた弾丸を放たれた剣の先で捕まえる。剣先を回して一直線に進む弾丸を巻き込み、コマのように体を右から回転する。弾丸の反発を弱らせて一回転したところで────一気に解放。


(行けッ!!)


横薙ぎで捕まえた弾丸を返した。

反発を弱らせた分落ちてしまった威力を回転した際に注ぎ切って、ナイフでも飛ばすように剣先から正確に放たれた場所へ送り返した。


(煌気閃剣術────“廻天カイテン”だ)


軌道が変わり主人の元に帰る弾丸を見送って俺は剣を下ろした。



***



「終わりだ」

「っ……!」


そこで時間が元に戻る。

俺は舞台上に戻って横払いで飛ばされたリリィちゃんの背に剣先を向ける。


観客の中にどよめきが広がるのが分かる。

“なんて速いんだ”、“さっきまでは手を抜いていたのか”、“完全に遊ばれてるよ”、“剣捌きが凄すぎる”など少々気恥ずかしい声が聞こえてくる。あんまり慣れてないから褒めないで欲しいんだが……。



“──うくッ!?”


「……」


そんな騒然となる周囲の先。遥か遠くの建物の屋上で小さな悲鳴が上がったのを。

俺は降参と空いた手を上げるリリィちゃんを見ながら、確かに聞こえたのだった。

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