【仕事準備その2】

「それじゃ当日の警備について話すか」


カインの逆鱗が静まったところで、仕事の話が始まった。

全員席に座って代表であるカインが話し始めるが、場の空気はさっきよりも固まっていた。


まず尖っていたミオが完全に怯えてしまっている。

隣のルリに背中を撫でられて落ち着き出しているが、またカインのお怒りに触れたくないのか、俺の方を絶対見ないように俯いてしまっている。


だが、俺が視線を向けると感じ取れるのか、びくりと肩を震わせていた。

その隣のルリもミオを慰めつつカインの話を聞いているが、俺がいるだけで気が散っている様子である。


唯一平常なのはリアナちゃんを除けばマリアさんだけだが、そのマリアさんも正直謎である。

一応女性陣を代表として謝ってくれたが、纏っている色には愉快そうなものがあった。

別に怒られたミオに対してとか、俺のことを馬鹿にして楽しんでいるということではなさそうだが、その雰囲気を見ていると俺が参加することを本当に喜んでいるように見えてしまう。


(もしかしたら、誰かから俺の力のことを聞いているのか?)


それでも目立つほどではないはずだが。

魔法がないので、精々技量ぐらいしか目立つものがない。


あるとすれば気のエネルギーである煌気だが、アレは忘れられた技法として珍しいだけで魔力ほど派手ではない。使い手は俺しかいないが、


もちろんを使えば、嫌でも目立つことになるが、それは滅多に見せない奥の手。


対・魔物戦闘用の切り札だ。

知っているのはカイン、アリサさん、リアナちゃん。そしてアーバンさんを含めた数名のみ。しかもこちらは殆ど見せてないし、説明も適当に済ませている。


「場所はいつも通り街の広場周辺だ。そこで催しが始まるからそこで守りに入って欲しいそうだ」

「他の区画の警備は他が当たるので、私たちは広場の中心のみでいいそうです。他にもフォローが付いているそうなので、そこまで神経質にならなくても大丈夫みたいよ」


カインの説明にマリアが補足してくれる。

やはり大規模な警備になるようだが、他の冒険者に加えてアーバンさんたち憲兵もいる。


これなら問題はなさそうにも見えるが、やはりその間の彼女たちとの連携に不安がある。

一応カインの言葉もあって改めて異議を申し立てる者はいなかったが、それでもまだおれに対して警戒しているのが2人いる。


まぁ当然だが、魔法使いのルリとそして盗賊スタイルのミオだ。





場所を変えて祭りの中心でもある広場で移っていた。

何度も来たことがあるのでする必要はない気もするが、一応下見をすることとなった俺たち。


全員外の用の服装に変えて準備している人たちを避けつつ、設置してある舞台上まで進んでいた。


「ここでお前が試合するのか」

「ああ、相手は街の騎士団の人らしい。腕利きと聞いているから油断ならないな」


思ったよりも広い舞台上を眺めながら俺が尋ねると、カインは楽しそうに答える。

もう待ちきれないと言った様子で拳を握り締めて舞台を眺めていた。


「ま、お前ならまず負けないだろ。体術、剣技、魔法すべてにおいて才能に満ち溢れているんだし」

「まだまだ足りない。それを超える強敵がきたら簡単に潰されてしまう」


修業が足りないと本人は首を振るが、正直十分過ぎるほど強くなったと俺は思う。

カインが冒険者になったのはまだアイツが10歳に満たない頃だったと聞いている。


そしてちょっとした試練も突破していってあっという間にAランクまで上がり、つい最近では一流越えといってもいいAAランクに昇格したのだ。


冒険者のランクは下からG、F、E、D、C、B、A、AA、AAA、S、SSが存在する。

以前話したが、GランクからCランクまでは上がるのにそれほど苦労はしない。上がるまでの期間に個人差はあるが、それでも余程のことがない限りは昇格が可能である。


だがBランクからそうはいかない。

厄介な依頼をこなしてさらにいくつもの条件をクリアして初めて昇格ができる。

そして大抵の猛者はBランクかなれてもAランクが限界であるが、カインは僅かな期間でAAランクまで届いたのだ。


その気になればAAAそしてSランクも夢ではない。

俺と違い限界の壁はまだカインには出ていないのだから。


と、そうしてカインを見ていた時であった。




───カチッ




「───ッ!」


何かの金属同士が鳴るような音。

だがその音は小さく人が多く騒がしい広場では、すぐに掻き消えて聞こえた者などいるはずがない。



そう、悪意の音を聞き分けることが可能な俺がいなければ。



音だけであったが、俺には獲物に刃を向けたような感覚に思えたのだ。


「お、おいヴィット!?」

「ヴィットさん!?」


唖然とした声で呼ぶカインとリアナちゃんを無視して、俺は人を掻き分けて駆け出す。

俺の行動に他の女性陣も呆然としていたが、俺はそんなことも無視して音の先を目指す。


「ッ、こっちか!」


既に音は途切れてしまっているが、それと共に僅かに感じた気配は残っている。

俺は感じ取っていた気配を逃さないように感覚強化スキル“カウンター・センス”を使った。


「っ!」


人が多いこの場所で使うのはどうかと思うが、俺には嫌な予感がした。

冒険者である以上、この感覚だけは無視しないと決めている。


必要でもない器官を消して音と気配察知のみに絞る。

無数の雑念を掻き分けてあの音に似た存在を探す。

音は本人からではなく金属音であったので、もう一度聞き分けるのは難しいかもしれない。


(く、うるさい。声の数が多い)


その悪意は確かに聞こえた。

だから足音や呼吸音をこの中から探り出すことに集中するが、人が多いせいで余計な音が混じってしまい、頭が痛なくなる。


しかし、構わず続ける。

確証はないが、この者を逃すのは危険な気がしたから。



───ス……


「ッ!」


微かに消えた靴と足元の芝部が擦れる音。

いくつもの音に紛れていたが、確かにさっき聞こえた音の悪意に似たものである。


俺はニヤリと笑みを浮かべて駆け出そうとした。


「何しているのアンタ!」

「ぐっ!?」


だが、そこで追いかけて来たミオに背後から抑えられてしまった。

よく見ると相当怒った様子で睨んでおり、俺の腕を取ると動けないように膝を蹴られ地べたに倒された。


その間に掴んでいた足音はどんどん遠ざかって行く。

焦った俺は腕の痛みを無視して起き上がろうとするが、しっかり関節を決めて体重をかけていたミオを退かすことができない。


「何をする!? さっさと離せ!」

「馬鹿じゃないの!? 勝手に走り出して、少しは周りのことを考えなさいよ!!」


何を怒っているのかと思ったが、どうやら俺が忙しそうにしている周りのことなど無視して駆け出したことに激怒しているようだ。

確かに何度かぶつかりそうになって強引に掻き分けたが、そこを見られていたのか。


だが、それにしてもこの扱いはいただけない。

些か乱暴が過ぎないかと抗議しようとしたが、相手の方はまだまだ言い足りないようだ。


「アンタ、カインに認められたからって調子に乗ってんじゃないの!? 好き勝手動いても平気だって思ってんの!? ふざけるな!!」


お前らがそれを言うか? と言い返してもいいが、迷惑をかけたのは確かかもしれない。

若干さっきの鬱憤を晴らされている気がしないでもないが、結局追いついてきた他の面々に退かされるまでミオの不満を聞き流した。


だが、退かされた時にミオは皆に聞こえるようにハッキリ言った。


「あたしはやっぱりこんな奴なんて認めない。カインにとっては親友かもしれないけど、あたしは絶対に気を許さないから、もしまた勝手なことしたらただじゃおかない」


とカインにまた怒られるかもしれないのにハッキリと敵対宣言を口にされた。

だが、決意は強いようでその様子に今度ばかりはカインも何も言うことができず、俺は勝手に単独行動に移ったことを謝罪してこの日は解散となった。



その時には、もうあの音を聞こえなかった。

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