【仕事準備その1】
カインとリアナちゃんに頼まれて仕事を受けることとなったその翌日の朝。
祭りが行われるまであと2日に迫っていた。
「ここか……」
街中では店同士で色々と準備も始まって、いつもよりも活気もある中、俺は集合場所である宿の店に顔を出していた。
初めは依頼である以上、ギルド会館で集まるのかと思われたが、カインが俺のことを気遣ってか集まるのは自分たちのパーティーだけだと言うことを理由に、場所をパーティーメンバーがよく利用している店を選んでくれた。
「まぁ、もしギルドでも俺は構わないけど」
そうすると確実に揉めることになりそうだが、俺としてはどちらでもいい。
ただ、それがアリサさんの耳に入るのは避けたいので素直に応じた。……俺は気にしてないが、あの人はまだあの件で自分を責めている節があるからな。
それで朝、カインが先に皆に話しておくとのことで俺は遅れてやって来た。
店に入って店員に尋ねてみるとカインたちは、個室の部屋がある2階にいると言われ2階に上がる。
するといくつもある部屋があり、指定された番号の部屋を探してみる。
思ったよりも奥の部屋だと気付いて廊下を奥へと進んで見つけた。
「カインいるか? 俺だ」
ノックとして呼んでみる。
もし違ったらどうしようか思ったが、向こうから“ああ! 今開ける”とアイツの声が聞こえてきたので黙って待つと、
「よっ! 待ってたぜ」
「遅れて来いって言ったのはそっちだろ」
と軽口を交わしつつ中に入る。
カインに案内されるが、入るとすぐに広いリビングなっており、長いテーブルの左右ある椅子に彼女たちが座っていた。
「あら、おはようヴィット君、今回は来てくれて嬉しい。頼りにしてるからね」
「またまたご冗談をマリアさん。どうせ邪魔虫にしかなりませんよ俺なんて」
座っていたのは3人の中で初めに声をかけて来たのは知り合いのマリアさんだ。
部屋だからか普段はローブを羽織っているが、今は脱いで短めのスカートと黒のトップスであった。
マリア・クローズは貴族の令嬢である。
歳はアリサさんと同い年でこの中で一番年上でパーティー内のお姉さんような人で、魔法の才にも恵まれたことから貴族でありながらBランク冒険者としても活躍している。
正確にはカインとの出会いが彼女を冒険者として繋ぎ止めたのかもしれない。
まだ、彼女の父親が推薦した高ランクの冒険者の女性たちと組んでいた頃、カインもまた冒険者として活躍し出していた。
そんな時、近くで魔物の集落が見つかり街総出で退治に当たった際、不測の事態で仲間をやられてピンチになっていた彼女をカインが救ったのだ。
それ以来、彼女は学園に入る頃には辞めようとした冒険者を続けて、今でもカインに追てきている。
そんなことがあり、カインの友人? である俺とも接点がなくもなかったが、会う度に含みのある笑みを向けられてこうして頼られそうになっていた。
正直苦手なこの人から視線をどうにか逸らそうとする。
ニコニコと微笑んでいるが、どうしても落ち着かない。
「待って、まだあたしはそいつのことを認めてない」
だが、そこで感謝すべきかマリアさんを含め全員の視線が別に移る。
ヘソが出るほどの短いTシャツに短パンと薄着な格好で、褐色の肌に濃いグレーの髪をした女性が敵意のある声色で口にしてきた。
「おいおい、まだそんなこと言っているのかミオ。さっき散々話し合って決めただろう?」
「違う、あたしは全然納得してない。同じ女ならまだいいけど、男なんてカイン以外絶対イヤっ!」
呆れるようにカインが言うが、ミオと名乗る女性は聞く耳を持たない様子でこっち睨んでる。
その様子に彼女の隣にいた銀髪の子が、その子の肩を抑えるようにして声をかける。
「もうミオ! そのぐらいにしてよ」
「なによルリ、アンタだって本当は嫌でしょうっ!」
「う、それはそうだけど……」
ルリと名乗る小さい子もどうやら乗り気ではないらしい。
敵対心が強いミオという子よりはまだ話の通じるようにも見えるが、能力で感情の色が視える俺には分かってしまう。
ミオという子にも嫌悪感の色があるが、ルリという子からそれ以上の生理的なレベルの拒絶がある。
恐らく男性恐怖症かそれに近い相当な体験をしているのかもしれない。
俺のことも見ているようで全然見てない。部屋に入った時から魔法使い用の帽子を被って目を合わせないようしていた。
けど了承しているということは、カインが頑張って説得したということだろう。
もしかしたら今回我慢すればご褒美でもあるのかもしれないと、困ったような顔しているカインに視線を送っていると、我慢できないといった様子でミオという子が予想外の話を持ち出した。
「それに知っているわ! アンタ、以前ギルドで問題起こしてギルド会館を出入り禁止にされたんだって?」
「───っ」
「ミオ……!」
彼女の口にした思わぬ発言にリアナちゃんが辛そうに息を呑み、カインが少し怒ったように声を出すが、熱が入ったミオは止まらず吐き捨ているように続けた。
「知らないと思った? ギルドの方じゃ有名よ? ギルドからはみ出された男って」
蔑むように告げる彼女を見て俺は思い出すが、彼女の言っていることは正しくは違う。
確かに問題を起こしたが、出入りを禁止されたわけではない。(つい最近も依頼関係の報酬の支払いでよったばかりだ)
ただ行きづらくなったのは事実だ。
しかし、それはきっかけとなった要因の一つであるギルドマスターと会うのが嫌になったからだ。
本人は会いに来いと何度も言っているが、あれはもう会ってもしょうがないと思った。
ギルドに立ち寄っても窓口だけで済ませてさっさと引き上げている。以前はお呼ばれされそうにもなったが、噂の件もあって職員とも仕事後の報酬の支払いだけで済んでいる。
それにもう一つの原因───と言ったら訂正したい気持ちなるが、当時まだギルド会館で受付嬢をしていたアリサさんにこれ以上、迷惑をかけたくなかったのだ。
あの件については俺はそれほど何かしたつもりはない。
ギルドの方でもトラブルなどカインたちほど起こした覚えなどなく、ギルドマスターともそれほど仲が悪いということもなかった。
しかし、原因は俺にあった。
能力の件が大きかった。ギルドマスターが権限で俺のことを調べ上げようとしたことが始まりであった。
そして無理やりなギルドマスターの姿勢に対し、頭にきたアリサさんが大激怒して大喧嘩。アリサさんがギルド辞めたところで火の粉が俺に飛んできてしまった。
初めは全面的にギルドマスターが悪いという話であったが、俺が冒険者の仕事依頼をギルドに通さず、アーバンさんなどから受けてさらにアリサさんと共にお店を手伝うようになってから、ギルド側からよく思われなくなった。
「それに7年近く冒険者やっているのに未だにランクがDってありえないでしょう! どんな人でも最低でもCランクは絶対取れるはずよ!」
絶対とは言わないが確かにそうだと俺も同意する。
余程戦いに向かない冒険者であっても、Cランクまではランクを上げるのにそれほど苦労はしない。
色々と条件はあるが、基本ギルドの依頼を引き受けていけばいつかはランクが上がる。
だが、俺はギルドを通さない仕事をしているため、ランクがどうしても上がらない。
報酬の件もギルドからではなく依頼者側の方からギルドへ、そして俺に渡っているため実際ギルドからは何も貰っていない。
なので、ここ3年はランクが上がってない。
Gランクからスタートしてじっくり上げていったが、Dランクでストップしたままなのだ。
そして事が起きたのは3年も前である。
今では噂を信じて俺のことをコソコソとギルドに立ち寄るしかないと馬鹿にする者と、事実を知ってギルドマスターに呆れて偶に個人的に仕事を誘ってくれる昔馴染みの者とで別れてしまった。
しかし、この両方の者たちにも一つだけ触れてはならないタブーがあった。
それを今、イラついたまま口走っている彼女が思いっきり触れてしまっている。
一定の状況では絶対にその話題に触れてはならない。その状況とは───カインだった。
「 何したか知らないけど、冒険者の癖に出入り禁止って馬鹿じゃないの? アンタよくそれで冒険者なんて続け───」
とそこで彼女の言葉は途切れる。
彼女の眼前に彼が立ち塞がったのだ。
「ミオ」
さっきまでは少しだけ怒った様子でいたカインであったが、今のコイツの声からは明確な怒りが含まれている。
「え……」
その呼びかけにとうとうと言葉をやめたミオであったが、既に手遅れかもしれない。
リアナちゃんのように辛そうにして、だが同時に怒りを滲ませたカインの視線に彼女の顔は徐々に青ざめていく。
「何も知らないお前が、それ以上、ヴィットを侮辱するような発言をするな」
低い声で告げる。
その声にカインを慕う女性陣全員が固まる。
そう。カインの前でその件を口にするのはタブーなのだ。
姉であるアリサさんも自分が辞めた所為で俺がギルドで差別されていると思い落ち込む時があるように、カインもまたその話をした奴を決して容赦しなかった。
付き合いが一番長いマリアさんは当然知っているはずだが、ミオはそれを知らなかったということは、彼女がカインと知り合うようになったのは最近かもしれない。
どちらにせよ、彼女は自分がしてしまったことの大きさを理解できず、ただただカインに睨まれて萎縮してしまっている。
強気の姿勢はもうそこにはなく、隣で見ていたルリという子も震えていた。
「ごめんな、本当はこんな風に叱りたくはない。けど、オレにも許せないことがある」
カインは皆にも言い聞かせるように視線を全員に送ると、引く声で睨みを利かせて言う。
「ヴィットはオレの親友であり大事な家族だ。もし次同じことを言った奴がいたら出て行ってもらう、オレの親友を馬鹿にする奴は二度とオレの視界に入るな!!」
女性の惑わす笑みとは違う、完全な拒絶感がある瞳で彼女たちに言い聞かせた。
「かっけー」
不謹慎かもしれないが、その男らしさについつい呟いてしまった俺。
普段はいつ女に道連れにされておかしくないのに、さすが何人もの女性を誑かしたハーレム王だと感心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます