【突然の依頼その9】
「雷剣乱舞っ!!」
剣の間合いまで近づいた俺に、剣殺は雷剣の剣技なのか、一秒にも満たない時間の中で雷剣の剣戟を雨のように浴びせようとした。
なかなか見ない対多数向けの剣技のようだ。速い上に攻撃範囲も広い。普通なら躱せず、守りにも入れずやられてしまうが。
「────ッ!?」
「悪いが、速いだけなら勝てないぞ!」
その雷の剣舞も動作を掴めていれば、対魔法戦技術を持っている俺でも対応するのは難しくなかった。さっきも言ったが、こういった者とは散々戦ってきた。たとえ魔法が使えなくても、対応策はいくらでもあるのだ。
仕掛けてきた剣舞の剣戟も戸惑うことなく、自身のスキルと体術の併用して対応していく。
「っ……!」
驚く剣殺を無視して、すべての剣戟を弾き逸らし躱していく。剣殺は何が起きているのか判断できず、焦りを覚えて必死の形相で剣を振るい続けるが、それでは俺の防御は崩せれない。
感覚器官を極限にまで高めるスキルの“カウンター・センス”が鍵であった。
奴が漏らしている心の光と音によって、奴が必殺剣を繰り出そうとする兆候を視覚と聴覚で知ることができる。さらに能力を高めれば、触覚などから奴がどの部分を斬ろうとしてくるのかも感じ取ることができた。
ただし、五感を高め過ぎるのは色々とリスクもある。神経を剥き出しに感覚を鋭敏にしているようなものだから、反動も疲労もデカ過ぎる。当然だが、長時間の使用はできない。高める感覚器官の数と高めるレベルにもよるが、可能なら数分程度が良い。
「ふっ!」
「っ!! く……!」
次第に剣殺を追い詰めていく。さらなる剣戟を放とうと剣殺が溜めの構えを取ったところを狙い、素早く両手を伸ばしてその両腕を押さえる。剣殺の剣舞を繰り出さられる前に次々と封殺した。
「速いっ!?」
「速過ぎるが、逆に追い詰め易くなったな」
「その動き、いったいぬしはっ───グぅッ!!」
緊張状態でありながらも思わず叫ぶ剣殺に、俺は動揺で警戒が緩んだところで腹に膝蹴りを入れる。咄嗟に退がろうとしたようだが、力強く両腕を掴んでいた為、逃げられなかった。
しかも、こちらが放ったのは、ただの膝蹴りではない。どうにか掴んでいる手を振り解いて、一旦距離を取り離れた剣殺の体に異変が起きた。
「───っ!?」
警戒した様子でいた剣殺が剣を落として、突然崩れ落ちてしまった。
「ウッ!? おえぇええぇ!!」
煌気術────“震撃”
打ち込まれた腹部からきた衝撃が体の中まで通り、剣殺の内臓を刺激させて身体中を駆け巡っていった。あまりの衝撃に嘔吐感を覚えて吐きけ声を上げていた。
「な、なんだ……? 今の衝撃は……」
とても身体的な技の攻撃とは思えないが、魔力も感じないので魔法でもない攻撃。剣殺は打ち込まれた腹部を押さえて、落としたナイフを拾いながらこちらの方を睨んでくる。……その際、転がっている杖も拾って腰に差していたが、俺は気付かない振りをする。
睨まれたところで俺は一切構わない。睨んでいるだけの剣殺に向かって、これまでにない“疾脚”による最高速で駆け出した。
「っ……───ぐっ!」
その接近に腹に重いダメージを受けていた剣殺は反応することができない。俺は外に続く窓枠に向かって、剣殺の体を横から蹴り飛ばして館から追い出した。
「っご、ごぼぉッ!! ゴボ、ゴボッ!」
館の外に出された剣殺は体勢を整えることができず、地面に落ちると転がって木のふちにぶつかって止まった。止まると蹴られた横腹を押さえて咽せ返り、2本のナイフも何処かに消えていた。どうにか立ち上がろうとしている間に、同じく窓から外に出て来た俺に息を切らしながら睨んでいた。
「ふぅ……ふぅ……」
「ここは館の裏側か……好都合だ」
幸い俺たちがいる場所は館の裏側だった。それもあって入り口付近の庭にいる人達には気付かれてない。
しかし、窓ガラスが割れた以上、館の中にいる者には聞こえた可能性はあった。
「だが、決着は早いうちにつけた方がいいか」
せっかく人気のない場所に連れ込めたのだ。
騒ぎになってパーティーが台無しになっても目覚めが悪いし、なにより仕事結果にマイナスがつくのは避けたい。
俺は剣殺を見据えると、構えを取って少しずつ近づく。既に奴には抵抗できる手段は殆どないのは分かってる。さらなる腹部へのダメージによって、逃げるのも厳しい状態であるはずだ。
最初から逃しはしないが。
「ふぅ……」
そうして近付いてくる俺に対して、剣殺はなんとか息を整える。……密かに腰に差している杖に意識を向けていたが、俺は構わず近付いていく。
「……そろそろ、いこうか」
拳を構えて剣殺に放とうとした────その時だった。
奴の体からこれまでにない強い、殺意の光が放たれたのは。
「────オレが、なッ!!」
間合いに入った瞬間を狙って、剣殺が動き出した。仕込み剣でもある杖を引き抜くと、俺の拳を流してみせて鋭い電光を浴びた刃先で、俺の体を貫いた。
────ように見えた。
「っっ!?」
見えたというのは横から光景だった。迫った鋭い突きは、俺の体から横に逸れて突き抜いたのだ。
「くっ、どうし────!!」
仕込み剣を見破れてしまったことに剣殺は驚きながら、一度離れようと剣を引いたが、腕を引こうとした瞬間、俺の片腕に腕を掴まれてしまい、逃げられなくなっていた。
今度は先ほどよりも強く掴んでいる。
逃げるのはもう無理だ。
そもそも俺には腰に差している杖から異様なほどの悪意の光が漏れているのを最初から感じ取り視えていた。
恐らくアレが本当の武器なんだろうと見破り、戦いの中でも常に警戒していた。切り札とは相手にバレないようにするが、鉄則のようなものだが、前もって認識できる俺のような特殊な異能持ちが相手では、あまり意味をなさなかった。
「惜しかったな」
「は、
さっきよりも強く腕を掴まれてしまった剣殺は焦り、咄嗟に他のナイフを取り出して応戦するが、こちらの煌気術の方が速かった。
詰め寄られたことで至近距離にいる剣殺に、俺は拳を奴の溝のあたりにゆっくり添える。接触状態から溜め込まれた拳を爆発するように解き放った。
「カァァァァ!!」
一気に解放された拳は、始めに剣殺の溝をめり込ませる。ゴボっと鈍い音を出して、次にメキメキといった肉と骨が砕けるような音を漏らした。
「────っっ!?!?」
いったいどれだけの威力があったのか、それを知るのは食らった本人と俺だけであるが、繰り出した拳はほぼ全部、剣殺の溝にめり込んでいた。
煌気術────“空牙”
「────カ、ハァ……!? お、おおお……っっ!?」
酷い苦悶を上げた表情を見せる剣殺は、体全体を震わせて脂汗を流していた。ポロリと剣を離してしまい動くこともロクに声も出せず、そのままうつ伏せで倒れてしまった。
「ふぅーー……終わった」
それを確認し終えて、俺はやっと一息をついた。
こうして2人の目の殺し屋“剣殺”は静かな館の裏で、若き冒険者の手によって静かに沈黙させられたのだった。
とある暗殺計画は表の世界に出ることなく、裏のまま静かに幕を閉じた。
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