【突然の依頼その4】

「……冗談だろう」


中に入って早々、曲がり角で隠れてしまった!

……うん、一体何をそんなに慌てているのか、不思議な者もいるかもしれないが、こればかりは逃げたくもなった。


よりにもよってと言うか、アイツらがいるのかよっ!


「よしっ、ミオとマリアはここから左側の1階と2階を頼む。オレとルリで右側から中央を見て回る。異常がない限り15分後に集合だ」


なんでカインアイツがいるんだよっ!!


館の入り口を通って少し奥の待合場所のようなフロアで、3人の女性に指示を送っている金髪の男が視界に映った瞬間、慌てて隠れながら少しだけ様子を見ていた。


……そういえば、アイツも仕事だってアリサさんが言ってたな。けどまさか被っているとか……勘弁しろよ。


まさか居候先のアリサ家主の弟であり、親友であり……まぁ色々と縁がある。

イケメンで青をイメージした冒険者服を着ている金髪の青年カイン(ハーレムバカ! そのうち刺されてしまえ!!)、を見ながらチラリと他のメンツを見ていた。


違和感がなくて気付かなかったが、カインを含めて殆どのメンバーがパーティー用のスーツやドレスなどではなく、動きやすい冒険者用の服装になっている。少しばかり軽装にしいて工夫しているようにも見えるが、カインはまったくのようだ。


あのバカ、完全武装だよ。目立ってしょうがないだろうアレは……。



あのルリとかいう目立たないが、小さなマントを着けた魔法使いっぽい銀髪ロリと、なんかバカっぽい茶色のジャケットに短パンの褐色巨乳のミオは知らんな。唯一黒いドレスを着ているマリアさんは何度か会ってるが、残りは新入りか同級生か? 他のハーレムメンバーはいないのか…………あ。


知らない顔ばかりであったが、ふいに少し隅の方へ向くと目に止まった。


「そういえばあの子も参加しているって聞いたな」


四人目の女性がよく知っている重度のブラコン娘だった。


「……リアナちゃん」


ツーサイドアップの青白く長い髪をして、清楚な感じがある白のスカートにパーティーのことを考えたのか黒の上着を着ている。少しばかり感情の乏しい無表情な顔をしているが、姉と同じで出ているところはしっかり出ていた。


「気をつけないとな」


なるべく視線を向けないようにする。恐ろしいことに姉妹共に俺の視線に敏感なんだ。


「リアナもオレと一緒に来い。大丈夫だ、何かあっても兄ちゃんが守ってやるからな」

「はい、兄さん」


居候している家の三人目で、アリサさんとカインの妹のリアナちゃん。その彼女は嬉しそうに頬を染めてカインに頷くと、引っ付くように寄り添っている。……おいおい、場を考えましょうよ?


「「「……ッ」」」


それを傍らで見ていた女性陣が『クッ! なんて羨ましい小娘め!!』と言った、恨めしい視線を向けているが、ブラコンなリアナちゃんは全力で無視。すりすりと顔を擦り寄せていた。


あとカインは全く気付いておらず、甘えてくる可愛い妹にだらしない笑みを浮かべていた。ダメな兄妹でダメダメだこりゃ。確かにこれじゃアリサさんが頭を悩ませてもしょうがないわ。


「……」


そんな彼らから冷めた目を逸らすと、カイン達から離れるように館の奥へと進んだ。内心『あんなハーレムパーティーに付き合ってられるかっ!!』とか思ったとか、そういうことは決してなく、悪意の気配を探るため移動した。そう、仕事だ仕事!





「…………ヴィットさん」


その際、兄に擦り寄っていたリアナだが、嬉しげな顔を消し無表情となるとヴィットが先程まで隠れていた曲がり角の方をチラ見して、小さく彼の名を零した。





─────ざわざわ……


二階の一番広い、メインと思われるフロア内では、より多くの人達が集まっていた。市民と貴族を交えて思ったよりも賑わう中、その中心で皆と会話をする一人の男性に注目した。


あの人がこの館の主人か……なるほどな、アーバンさんが守りたがるわけだ。珍しく悪意が感じられない。


「まさか真人間ってヤツか? 貴族でそれとはホント珍しいな」


護衛対象の貴族から悪意の気配がまったくないことに、少なからず感心を抱きつつ周囲を見て回る。……幸いパーティー用の服装の者は貴族ばかりなので、それほど目立たない。


「ま、気配を消しても損はないがな」


普通の平民全員にちゃんとした服を求めるのは無理な話だ。俺も強制でない限り着たくない。……というか逃げるかもな。


にしても……。


「……ここにもいないか?」


能力を使い、周囲の気配はを探り出す。貴族や庶民と思われる男性や女性、老人や老婆など見渡していく。……その中からは楽しい嬉々としたものだけはなく、外で参加している者達と同じような僅かな悪意を滲ませて、参加している者も含まれている。


仕分けていくのは大変であるが、それでも慣れているのでそんなに時間は掛からないが、目星の相手が見つからない。


人数が多いとやっぱり大変であるが……殺意は他の悪意よりも強くて濃い。


漂っている悪意はゼロではなく、この中から見分けるのは至難の技だが、意識を集中させ仕分けを続けていく。


「いっそ対象の側に引っ付いていようか?」


自慢ではないが、目立たないように接近するのは得意分野である。

異能によって周囲の状況は把握できて気付かれる境界線を見極めれる。さらに体内の煌気を抑えることで気配まで隠すことが可能だ。


気配を殺し探り込む技。

煌気術────“無殺”


以前知り合いにこの技のことを教えたことがあったが、失礼なことに『アンタは犯罪ギルドの暗殺者かっ!』などと言われた。……アーバンさんも時々、似たような感じで言ってくるが、やっぱり暗殺向けなのかな、俺の能力って?


「───っ!」


などと思い出して“無殺”を使うか、考えていると脳裏で気配が掠める。分かり易く言うと張っているセンサーに獲物が引っ掛かったのだ。


周りの連中が出している悪意とは違う。もちろん先程のチンピラとも違う気配。


肌がヒリヒリする受け入れ難い悪意。

感じ取れる方へ視線をゆっくりと動かして確認を取る。


『────』


……アイツは。


広いフロアの隅にあるいくつかあるテーブルの側で、他の客と共に会話をしている黒コートの男性に目が止まった。


見た目は30代後半、長身でコートでは見えないが、引き締まった筋肉質のある灰色の髪をした男性である。

識別スキルの“メモリー・パス”にも引っ掛からない。街で見覚えない男であるが、周りと言葉を弾ませている光景だけを見ると怪しそうには見えない。


───いや、寧ろ違和感が強まる光景に見え出してくる。

他のメンツは街で見たことがある者達だが、雰囲気からして灰色髪の男がその枠に入ってきた感じだ。……少々他の者達に比べても、浮いているように見えてくる。まず間違いなく初対面なのだろう。


「何処かのスパイか何かか?」


なにより周りとは明らかに違い、静かに殺意の刃を纏わせている。“アナライズ”で調べても武器類は所持しておらず誤魔化しているが、間違いない……こいつだ。


喋っている相手達から嬉しげな色が窺えるが、対称的にこの男からは寒々としたドス黒い殺意の色しか視えなかった。……危険な色だ。これは早いうちに処理すべきだろう。


「────」

「ッ!」


その男に意識を向けている最中であった。アーバンさんを呼び出して隙を見て捕まえようと考えたが、男は周りの人達に向かって手を振って話を終えると、静かに離れて部屋から出る。そのまま一階に降りて行った。


「もう動く気か?」


気付かれたかと思ったが、足取りがどうも違う。あれに焦りは一切ない。つまり奴の予定通り、行動に移っているということだ。


「────ヴィットです。動きます」


それを離れたところから見て、一度手首の通信機からアーバンさんに知らせる。素早く相手の特徴を伝えるとバレないように、男の跡を追いかけ─────


「と、その前に……」


───る、前に発せられている気配に注意しつつ、異能で漏れている心の光の状態も視認して窺う。もし男がこちらの追跡に気付けば、気配や心の光にも変化がある。


どういう手段で動くか分からない以上、今バレてしまう訳にはいかない。注意して完全に視界から離れていくのを見てから、スキルを一つ発動させた。


「さて、始めるか」


心の光は体から漏れているものだ。残滓となって身に付けていた物、それに歩いた後にも微量だが残っている。


残滓などから相手の位置を探り出すスキル────“トラッキング”


心の光と気配で位置大体わかるが、俺は用心してバレないように離れてから、男の追跡を開始した。

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