15:BROKEN FRIENDSHIP
「……あ、う、うああああっ!」
悲鳴を上げた瞬間、背中をドンッと蹴られて倒れ込んだ。同時にズルリとナイフが引き抜かれ、経験したことのない激痛が脇腹から全身に走り抜けていく。
「ぐああああっ!」
「痛い?ねえ、痛いの?キャハハハッ!」
あまりの痛みにのた打ち回っていると、いつの間にか背後に現れていた悪魔が、ケラケラと笑っていた。手には、いつしか僕が悪魔に向かって振りかざした、あのナイフが握られていた。刃先が僕の血で濡れている。
「う、ぐ、ああっ……!」
痛む傷口を必死に押さえつけたが、血はドクドクと溢れ出てきた。白いTシャツが、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
どうにか立ち上がろうと、釘バットを床に突き立てた瞬間、今度は顔面を勢いよく蹴り上げられた。激痛が顎から脳天に抜けて後ろに倒れ込み、釘バットが手を離れてカラカラと転がっていく。
「ううっ……!」
「下僕の分際で、何立とうとしてるの?ほら、伏せっ。キャハハッ!」
殺される、まずい、このままじゃ、殺される!
必死に這うように後ずさりをすると、とんでもないことに気が付いた。
すぐ後ろは、サキナさんを匿っている雑貨店じゃないか!
まずい、必死に逃げていたせいで頭が回らなかった。離れなければいけないのに、戻ってきてしまうなんて。このままじゃ、まずい、いや、バレなければ、でも、このままだとまずい。ここから離れないと、サキナさんを守らないと!
サキナさんが隠れている垂れ幕が掛かった長机を背に、激痛を堪えてよろよろと立ち上がった。震える手で、リュックのポケットからナイフを取り出し、構える。
「キャハッ、怖ぁい。それでどうする気なの?いつかみたいに、刺す気なの?フフフッ」
「……今度は、ちゃんと殺してやるっ!」
「ふーん、でも、大丈夫ぅ?血がいっぱい出てるよぉ?」
言われた通りだ。血が止まらない。このままだと、大量出血で死んでしまうかもしれない。
でも、でも、このまま殺されるわけにはいかない。
「やってみろっ!下僕がいないと何もできないくせにっ!」
啖呵を切って、ナイフを突きつけた瞬間、
「……ヴるうぅ」
弱々しい呻き声が聴こえた。
まさかと、悪魔の背後のエスカレーターに目をやると、血まみれの手がベチャリと最上段の床をはたいた。
「ヴぅううああ……」
弱々しい呻き声と共に、ベチャベチャとゾンビたちが這い上がってきた。黒焦げの身体を、今度は血で真っ赤に染めている。中には、足や腕があらぬ方向にひん曲がり、骨が突き出ている者もいた。
「……まだ生きてたんだぁ」
悪魔が忌々し気にボソリと吐き捨てた。というのに、ゾンビたちは健気に主人の元へ身体を引きずって歩いてきた。立つのもやっとなのか、いつもの囲い位置に着くと、全員がベチャベチャと血を撒き散らしながら膝をついた。
「ちょっとぉ、服が汚れちゃうでしょ、きったないわねぇ」
「ヴぅう……」
「ヴぁあ……」
主人から悪態をつかれ、もの悲しそうにゾンビたちが呻く。
……この状況、絶体絶命ってやつだろうか。
悪魔は無傷のまま、ナイフという武器を携えている。下僕たちは満身創痍だが、もし襲い掛かってこられたら数で負ける。こっちはただでさえ独りだというのに、手傷を負っている。
「くそっ……」
血が滲む脇腹を押さえながら、歯を食いしばった。遠のきそうになる意識を、ぐっと堪えて踏みとどまる。
「フフッ、大丈夫?死んじゃうんじゃないのぉ?」
悪魔が、ニタニタと嘲笑う。
死ぬもんか……!
ナイフを強く握りしめ、精一杯の闘志を剥き出しにして悪魔を睨んだ。
「やってみろっ……!」
「キャハハッ!じゃあ……みんなっ、噛み殺してあげてっ!」
「……ヴぉおおう」
満身創痍の下僕たちが、ヨタヨタと立ち上がった。その中で、唯一、足元が無事なポッちゃんだけが、
「ヴぉうう……ヴぁああああっ!」
雄叫びのような呻き声を上げながら、ドタドタと突進してきた。命の危機が迫っているというのに、視界が霞み、頭がよく回らない。
しっかり、しろ、サキナ、さんを、守らないと、僕が、僕がっ!
「うああああああああっ!」
叫びながら、ナイフを突き出した瞬間だった。目の前を何かが掠め、
———バギャンッ!
という音と共に、顔面に大量の血が飛んできた。
慌てて顔を拭うと、そこには——血塗れの釘バットを握りしめる、サキナさんの姿があった。
肩で息をする、下着しか身に着けていない背中に、返り血の飛沫を浴びている。その向こうで、首が捻じれたポッちゃんがドタドタとよろめいていた。
「さっ、サキナさんっ!」
慌てて、庇うようにサキナさんの前に立った。脇腹を押さえて、ナイフを構える。
「……そんなとこに隠れてたんだぁ、真奈子」
悪魔は死にかけの下僕には目もくれずに、ニタニタとサキナさんを見つめていた。
「まだ動けたんだね、そんな傷だらけの身体でさあ。あっ、ごめぇん。傷は前からあったんだっけ。パパから毎晩付けられてた傷はさぁ!キャハハッ!」
悪魔が凝りもせずに侮辱の言葉を吐く。僕は怒りのあまり、痛む傷口をギュッと掴んで叫んだ
「黙れっ!サキナさんをっ、サキナさんを馬鹿にするなっ!」
「キャハハッ!何、ムキになってんの?陰キャの分際でさあっ!」
ケラケラと笑う悪魔の背後で、よろめいていたポッちゃんがドチャリと崩れ落ちた。弱々しく呻く同胞を気遣うかのように、アトくんとアラみーがよろよろと這い寄っていく。
「フフッ、もしかして、惚れちゃったの?実の父親に股開いてたような傷物女に。いいんじゃない?お似合いだし。傷物女とキモいカス陰キャなんてさ、キャハハハハッ!」
「うるさいっ!サキナさんはっ、僕なんかより、ずっと、強くてっ、優しくてっ、凄い人だっ!下僕を囲って悦に浸ってるだけのお前なんかより、ずっと、ずっとっ!」
「ああっ!?」
悪魔が目を剥いて睨んでくる。
「何逆らってんの?下僕のくせにさあっ。悦に浸ってる?バッカじゃないの?あんたらみたいな情けない陰キャに、生きる場所を与えてやってるだけでしょっ!」
「違うっ!お前はっ、サキナさんを裏切ってみんなと一緒になれたつもりだろうけどっ、輪の中に入れたつもりだろうけどっ、どうせ馴染めなかったんだろっ!」
痛みのせいで脳味噌が変になったのか、急に思考が冴え切って頭が高速回転し始めた。喉の奥から、僕の心の中に住み着いていたどす黒い感情が言葉となって、マシンガンのように飛び出してくる。
「誰も相手をしてくれなかったんだろっ!みんなの輪の中に入ったつもりが、誰も友達扱いしてくれなかったんだろっ!学校の中で、居場所を失くしたんだろっ!だから、大学生なんかと遊んでたんだろっ!」
悪魔は意表を突かれたのか、急にギラついていた視線をおどおどと泳がせ始めた。
「なっ、何言ってんの!負け惜しみ!?陰キャのくせにさあっ!」
「何が陰キャだっ!」
脇腹の痛みを堪えて吠える。
「本当に孤独だったのは、僕たちみたいな奴じゃないっ!みんなの輪の中に入ろうとして親友を裏切った、お前の方だっ!」
「うるさいっ!あんたに何が分かるっていうのよっ!」
「お前みたいになった奴を知ってるんだっ!友達を裏切って、蹴落として、みんなの輪の中に入ろうとした奴を!でも、結局そんなの見せかけだけなんだ!みんな、輪の中に入れてはくれても、友達扱いはしてくれないんだっ!」
僕は、別の痛みが胸を締め付けるのを感じながら、続けてまくし立てた。
「お前もそうだったんだろっ!学校の中で居場所を失くしたんだろっ!だから、SNSを使ってまで、わざわざ外の世界に行ってまで、自分の居場所を探したんだっ!自分をちやほやしてくれる場所を探したんだっ!構ってくれる奴を探したんだっ!じゃなきゃ、大学生なんかと一緒に遊ぶもんかっ!」
悪魔は、今までに見たことがないほど狼狽え始めた。
「違う違う違う違う違うっ!私はっ、みんなと一緒にっ、バカみたいなカッコなんかしないっ、学校のみんなと同じっ、友達もいるっ、下僕もいるっ、上流階級の人間にっ……!」
「嘘をつくなっ!お前は、親友を裏切って、サキナさんを裏切って、何もかも失った、独りぼっちの、惨めな奴だっ!」
「……フ、フフッ、キャハハハハハッ!」
突然、悪魔が天を仰いで高笑いした。
「私が惨め?私が?キャハハハハハッ!そうね、確かに私は学校じゃ、上流階級の人間じゃなかった。せいぜい、普通がいいとこよ。でも、そこの傷物女よりはマシでしょ!あんたみたいなキモい陰キャよりマシでしょっ!あんたらみたいな底辺のカスよりはさあっ!それにっ、私は惨めじゃないっ!独りじゃないっ!こんな奴らでもっ、私はっ……!」
「……ヴぉぉああぁああ」
ゾンビたちがまた、もの悲しそうに呻いた。互いを気遣うように、グチャグチャの身体を寄せ合っている。
「何やってんのっ!みんなっ!早くこいつらを噛み殺してよっ!」
「……ヴぅううぅううう」
渋々といった様子で、ゾンビたちが動き出した。とはいっても、全員とも立ち上がるだけで精一杯のようだった。身体を揺らしながら、その場から動こうとしない。いや、動けないのだろう。
「もうっ!どうして私の言う事が聞けないのっ!どいつもこいつもっ!」
悪魔がツインテールを振り乱しながら喚いた。その愚かしい姿を見たくなくて目を背けると、後ろにいたはずのサキナさんが、いつの間にか隣に立っていた。
乱れた前髪が揺れている。その奥に見える目に、涙が滲んでいた。沈痛に濡れ切った表情を浮かべ、唇が僅かに震えている。
「…………リコ」
消え入りそうな、でも、輪郭をはっきりと保った悲愴な声が、静かに響いた。
悪魔が喚くのをやめて、こちらに向き直る。それを待っていたかのように、サキナさんはゆっくりと悪魔の前まで歩み寄ると、手を差し出した。
「……なんのつもりよ」
サキナさんは答えなかった。でも、その震える手には、何か、希望のようなものを託しているように見えた。
「……フフッ、何?何が言いたいの?底辺のカスのくせに、私に手を差し伸べようってわけ?やめてよ、汚らわしい」
悪魔は汚らしいものでも見るような目をしながら、
「あんたみたいな汚い傷物女が、私に触ろうとするんじゃないわよっ!」
と叫び、ナイフを振るった。手を跳ねのけるように切りつけられたサキナさんが、よろよろと後ろによろめいて、慌てて背中を受け止める。
「さ、サキナさんっ……」
サキナさんの手のひらに、斜めに傷が走っていた。そこからドクドクと血が滲んで、地面へと滴り落ちていく。
というのに、サキナさんは悲鳴も上げずに、傷口から流れる血を、無言で見つめていた。
その目から、涙が溢れて、頬を伝って―――、
「……っ!」
頭の中が、真っ赤な怒りで満たされていくのを感じた。脇腹の痛みなど、どこかに消え失せていた。
もう、こいつには、改心する余地なんか、助ける価値なんか、微塵も無い。
一歩、大きく前に踏み出した。
「ちょ、ちょっと、何よっ!」
ずんずんと悪魔の下へ近寄っていく。
「みんなっ!早くこいつを噛み殺してっ!」
「……ヴうぅうぅ」
ゾンビたちは周りで力なく呻くだけだった。
「来ないでっ!」
悪魔がナイフを構えた。瞬間、僕はその華奢な腕を力一杯蹴り上げ、手からナイフを弾き飛ばした。
「きゃっ!何す——」
間髪を入れずその腕を引っ掴むと、グイッと引き寄せた。胸に、ドンッと悪魔の華奢な身体が飛び込んでくる。
「えっ……」
悪魔の後頭部を引っ掴むと、冷たく睨みつけた。顔の表面を、さっき浴びたゾンビの血が垂れていくのが分かる。口元には、何か肉片のような粘り気のあるものがへばりついている感触がある。今、僕の顔は酷く汚らしいのだろう。
……喰らえ――いや、喰らってやる。
僕は悪魔の頭を乱暴に引き寄せると、唇に噛みついた。
「んむうっ!?」
急な出来事に悪魔は困惑しているのか、華奢な身体をふるふると震わせていた。構わずに、悪魔の唇に噛みついたまま、口元を、頬を、押し付けるようにして、僕で汚していく。
「ヴぉああああああああああっ!」
「ヴぅああああああああああっ!」
「ヴぁああああああああああっ!」
ゾンビたちが、今までに聞いたことがないほど大きな呻き声を上げた。汁気が混じったそれは明らかに、絶対不可侵である自分たちの主人が汚された、奪われてしまったという悲鳴だった。
僕は構わずに身体を捻じると、悪魔の唇に噛みついているところを、ゾンビたちに見せつけてやった。
「んんっ!んむぅんっ!」
……もういいだろう。
僕は乱暴に悪魔を身体から引きはがすと、ゾンビたちの方へ突き飛ばした。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
悪魔が血だらけの床にへたり込み、息を荒げた。顔が真っ赤になっているが、口元は真っ赤に汚れていると言った方が正しいだろうか。口紅と、僕の顔に付いていた血と肉片と、僕が噛みついて付けた傷痕から垂れる悪魔自身の血が、ぐちゃぐちゃと汚ならしく混ざり合い、酷い有り様になっている。
「なっ、なんてこと……なんてこと……」
悪魔がしどろもどろになりながら、涙目で睨んできた。
「……みんな同じくらい好きなんだろ。ほら」
冷たい眼差しで見下しながら、そう吐き捨てると、
「ヴぉああああ……」
「ヴるううぅぅ……」
と、ゾンビたちが悪魔に這い寄った。ベチャベチャと血を垂れ流しながら、悪魔の華奢な身体に取り縋っていく。
「ちょ、ちょっと!何すんのっ!やめてっ!汚いっ!触んないでっ!」
悪魔がへたり込んだままもがいたが、
「ヴぉあああ……」
下僕たちは主人に褒美を求めるように、焼け焦げて酷い有様の顔を近付けていく。
あれが、あいつらの習性だ。前に、僕が悪魔から頭を撫でられた時、全員が同じように撫でられるのを欲した。僕が悪魔から手を取られて小首を傾げ、微笑みかけられた時も、同じ対応を欲していた。
つまり、僕にやったことと同じことをやってあげないと、納得しない。
即ち、僕がやったことは、あいつらにもやる権利があるということだ。
主人は下僕たちに対して、平等に接しないといけないのだから。それが、唇に噛みつく――奪うという行為でも。いや、ずっと欲してきた行為なら、尚更——―、
「ちょっ、いやっ!やめてっ!あんたたちなんかにっ!いやあっ!」
「ヴぉおおお……」
抵抗も虚しく、ゾンビたちに捕らえられた悪魔は、まるで助けを乞うように身を震わせながら、僕の方を見た。
「……いや、いやあっ」
メイクが滲んだのか、どす黒い涙が目から溢れている。
「……ぺっ」
僕は唾を吐き捨てると、汚いものを見るような眼差しを悪魔に向けて、口元をグイッと拭った。ゾンビの血と、僕の血で汚れた手で。
「なっ……」
悪魔は愕然とした表情を浮かべたが、僕のやった行為の意味を理解したのか、すぐさま表情を怒りに満ちたものに変えた。
が、それも一瞬のことで―――、
「ヴぁああ……」
「きゃああああああああっ!」
悪魔がゾンビたちに迫られ、悲鳴を上げた。身体を押さえつけられ、足だけをバタバタと動かしてもがいている。
「きゃ……ぶっ、びゃああっ、いやっ!びゃっ……」
「ヴぉおおああ……」
「ヴるぅぉああ……」
やがて、悲鳴は汁っぽい音が混ざりだし、呻き声に掻き消されて聴こえなくなった。足は相変わらずもがいていたが、段々と力ない動きになっていく。
僕はその様を眺めながら、ゆっくりと後ずさった。サキナさんの横まで辿り着いたが、顔を見るのは躊躇った。ただひたすら、もがく悪魔とゾンビたちを見つめていた。
「ヴぉおおおうぅ……」
しばらくすると、ゾンビたちは満足したように悪魔から離れた。念願の行為を終えて全員とも限界を迎えたのか、床にドチャドチャと倒れていく。
ゾンビたちが動かなくなった後、悪魔が血まみれの床からヘナヘナと立ち上がった。ぎこちない半笑いが漏れる口元が、さっきよりも酷い有様になっていた。唇に、無数の噛み跡が付いている。
「……ハ……ハハッ……」
悪魔は放心状態で唇を指でなぞっていたが、噛み跡からボタボタと垂れる血を見てすべてを理解したのか、突然、大粒の涙を流し始めた。メイクが滲んだどす黒い涙が、血だらけの頬をドロドロと伝っていく。
「……ねえ、わたし、死ぬの?」
「……死にませんよ、ゾンビになるんだから」
ありのままを伝えた瞬間、悪魔は目を見開いて、
「……いや、いや、いやあっ、いやいやいやいやいやあっ!なんでよおっ!なんでわたしがっ!いやあっ!ゾンビになんかっ、ゾンビになんかっ!いやあっ!」
ツインテールを振り乱しながら泣き喚き始めた。僕はその様を、冷えきった眼差しで見つめていた。
「いやあっ!いやいやいやいやいヴぁっ……」
泣き喚いていた悪魔が突然硬直し、ビクビクと身体を痙攣させた。くぐもった嗚咽音が、喉の奥から漏れている。
やがて、悪魔はガクガクと身体を震わせた後、捻じれた首をグニャリとこちらに向けた。顔から血の気が失せていき、眼がジワジワと白く濁っていく。
「……殺してっ……お願いっ……こヴぉっ!」
眼が完全に白くなった後、悪魔はガクンと肩を落とし、動かなくなった。
沈黙が流れる中、ようやく僕はサキナさんの方を見た。揺れる前髪の向こうに見えるサキナさんの目からは、涙が流れ続けていた。それを目の当たりにした瞬間、
「……っ」
ようやく、自分が何をやったのかを理解した。
僕は、この手で―――、
「……ヴぅう」
呻き声が響いた。悪魔が――いや、リコさんが、顔を上げていた。白い目で、僕たちの方を見ている。
サキナさんが、震える手で釘バットを構えた。手だけでなく、全身が震えていた。
「……サキナさん、僕がやります」
僕はゆっくりと、構えられた釘バットに手を掛けた。掴んで引き寄せると、サキナさんは釘バットを弱々しく手放した。
僕がやらなければいけない。サキナさんに、させるわけにはいかない。
かつての親友を、殺させるなんてことは———。
「ヴぅうう……」
リコさんが呻きながら、ヨタヨタと歩み寄ってくる。
「………っ!」
僕は、血で汚れた手で釘バットを握りしめ、リコさんの脳天に向かって勢いよく振り下ろした。
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