第107話 最後の部室
「卒業……なんだな。」
真白がしみじみと呟いた。吐いた息は既に白く、まだまだ肌寒さが身を襲っていた。
3月初旬、明日には卒業式を控えた野球部員達は、最後に部室に集まっていた。
「早いもんだなぁ。入学する時には彼女が出来るとは思ってもなかったもんな。」
「そうだね。そもそも県大会で、三年間で何回勝てるかって思ってたくらいだったのに。」
最初に彼女持ちになった八百に、白銀がそんな事より野球の方でしょと返す。
「童貞卒業したのは八百だけだけどな。」
「うっせーよ。」
朱堂のツッコミに八百が返した。
「山田と壇ノ浦が入部して欲が出ちゃったよな。」
「いや、今だから言えると言われるかもしれんが、お前と白銀は群を抜いていたぞ。本当は1年の時だって、もしかしたら
真白が他力本願とばかりに後輩を褒め、そんな事はないだろうと「おまいう」とばかりに小峰が返した。
「柊と白銀はプロ、八百は社会人野球、小峰と卯月が大学野球で、俺が独立リーグか。」
朱堂が3年の進路について説明をした。
八百は関東にある都市対抗野球にも出場する企業へ、野球部入社を果たしていた。
もしかすると3年後のドラフトにかかるかもしれない。
その時は先にプロに行ってる分、俺達の事先輩と呼べよなとか、真白や白銀から揶揄われたりしていたりもする。
「俺はそこまでのプレイヤーじゃねぇよ。社会人ですら本来雲の上さ。」
八百はそう返していたが、現実は厳しい。優勝チームの誰も彼もがドラフトに掛かったりはしない。
大学や社会人でグンと伸びる選手もいるが、八百は身の程を弁えているようだった。
「それを言えば独立とはいえ、俺も高望みは出来ないだろうな。多分給料は就職組の方が多いだろうし。」
独立リーグの給金は、新卒の社会人と何ら変わらない。
数年後には給料のあがる一般企業に勤めた方が、単純に金銭を鑑みれば多くなるだろう。
「それでも結局全員野球絡みの進路ってのが凄いな。それこそ入学時は全員卒業してまで野球やろうってのはいなかったろ。」
大学や、就職した先の草野球チームで野球を続けるくらいはあったかもしれない。
それが全員が野球をメインな進路先となっていた。
「仲間とライバルとプラスアルファの影響だな。」
「いいよな、その
「いや、朱堂。お前この前後輩の女子から告白されてただろ。」
「あ、それな。実は嘘告……というかゲームだったらしい。返事待たせてたら翌日真実を知ってorzだったよ。」
「何今更ラブコメ決めようとしてるんだよ、俺達もう卒業だろ。」
当時朱堂はへこんだのだが、これから数日後、もう一度真実の告白を受けるのだが、それはまだ知らぬ話。
誰も主要メンバー以外のラブコメは求めていないのである。
ラブコメ云々言った小峰もまた、大学で同期生から告白されるのだが、彼女が別の大学と付き合いのあった仲間との乱痴気騒動で一気に覚める事となる。
だからモブメンバーのラブコメは求められていないのである。
「影の薄さは俺が一番だな。」
控え投手としてそれなりに出番があったはずの卯月は、実は彼女がいたりするのだがこれまで言う暇すら与えられなかった。
それもそのはず、全然登場はしていない。卯月には幼稚園から一緒の幼馴染女子がおり、甲子園に出た事もあって仲が一気に縮まったという。
なお、八百と同じく童貞も卒業している。クリスマスの観覧車で真白と恵の関係がちょっとだけ進んだあの時である。
つまり、野球部の3年メンバーは、近い未来を含めて全くの女子運がない、というわけではなかったという事である。
「そういや新チームは惜しかったな。」
「そうだな。やっぱり水凪達にやられたな。」
「それでも両チーム共に関東ベスト4以上だしな。埼玉にしては凄い進歩じゃないか?」
惜しかったのは優勝を逃したという意味である。
桜高校の昨年秋は、不祥事で参加すら出来なかった。
しかし後輩達は今秋昨年の分も含めてやり切った。
3年が抜けたから元の弱小に戻ったとは言わせたくなかったらしく、真白達がいた時より様々な練習に取り組んでいた。
投手も山田を中心に夏経験したメンバーをフル稼働させる多彩さ、守りに於いては鬼コーチがいなくなったからとエラーしたくないという精神。
継続する事で力と変えていった桜高校は、秋の県大会準優勝、関東大会ベスト4と選抜を確定させていた。
「というわけで、優勝旗とかを見るのもこれで見納めだな。卒業したらおいそれと部室には来れないしな。」
「最後に全員で写真撮影するか。マネージャー達も呼んで。」
そして部室には3年だけでなく1・2年生も集められた。
先頭中央には監督や部長ら大人が座っている。
大人を囲うように所狭しと二列に並んだ部員達に交じって、女子マネージャー4人も並んでいる。
「3・2・1」
カシャという音が部室に響く。
同じやり取りがあって何枚かの撮影が進む。
「えっと、撮影してもらっておいてなんだけど、君誰?」
「え?あーしは卯月っちのカノジョだよ。」
先程、達と言っていたため、卯月がつい呼んでいたのである。
野球部と直接の関わりがなかったので、自然と撮影係となっていただけである。
「ええええええええええええええええっ!」×大人数
「卯月彼女いたのー!?」
「卯月の彼女ギャルだったのーーーー!?」
甲子園で優勝を決めた瞬間より大きな声が、部員達から発せられた。
卯月の彼女も交えて、改めてタイマーで撮影をし直した野球部員達であった。
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