第105話 文化祭

「準備なんてあっという間に過ぎ去ったな、もう文化祭本番なんてな。」


 真白達のクラスの出し物はもはや御馳走様感もある、コスプレ喫茶だった。


「面倒だからってバイト先の衣装ってのはどうなんだよ。」


 真白が呆れたように言うが、女子生徒の一部と男子生徒には好評だった。


 真白のクラスには何人かコスプレイヤーがいたのか、バイト先の衣装に関して賞賛もしていたのである。


 所詮はああいった系統のお店は、見栄え重視で作りは適当と思われがちだったからである。 



「いや、本職?のお前らの方がすげぇだろ。手作りだし。」


 手作りと称された女生徒の衣装は、どれも近年流行りのアニメやゲームのキャラクターで、素人が作ったとは思えないほどの出来であった。



「なんでもっと早く種田さんと仲良くならなかったのか後悔してるよ。」



「お、おう。バイトももうそろそろ潮時だしな。学校卒業してまで続けようとは思ってないし。」


 恵は照れくさいのか、頬を搔きながら言葉がどもってしまう。


「着いて行くの?」


 話題を変えようと別の女性が恵に訊ねる。バイト先の衣装を賞賛したコスプレイヤーの一人である。


 高校生であるため既製品を高額で買うのではなく、日暮里まで行って生地を買い、ミシンでせっせこと縫って制作した、ゲームのキャラの衣装を纏っていた。


 ウィッグにしても数千円はするため、キャラに合わせて自分でカットしたり調整したりしている。


 それでも、数をこなせば様々な色や長さがあるわけで、かなりの数を保有しているのは間違いがない。


「は?」


 何を言ってるの?という表情を恵は返した。


「だって柊君。卒業したら関西行くんでしょ?」


「あたしは行かないよ。」


「え?恵来ないの?」


 二人の会話を聞いていた真白が乱入してくる。


「何、今聞きましたって顔は。真白は寮に入るんだし、あたしが行ってもしょっちゅう会えるわけじゃないじゃんか。」



「そうかも知れないけど、せっかく恋人関係になったのに……ねぇ。」


 恋人関係にはなったが、恋人関係らしい事はまだ何もしていない。


 恵と話していた女生徒は頬に手を当て、可哀想といった感じで漏らしていた。





 文化祭が始まる約10日程前。運命のドラフト会議は行われた。


 真白は競合の末、スカウトも着ていた阪戸タイガースに1位指名され交渉決定権を得ていた。


 驚きはまだ続き、白銀もまた2位で阪戸タイガースに指名されていたのである。


 ポッと出の高校生を上位指名した事に、周囲の球団関係者からは賛否どちらの意見もあがっていた。


 その主は、活躍したとしても長くは続かない、甲子園優勝は背伸びした状態で、もう一杯ではなかろうかと。


 つまり、ピークは今であると、他球団のスカウトには判断されていたのである。


 実際に他の球団の1位指名は大学・社会人で即戦力が指名され、高校生や育成は3年後以降を見据えた選択とされていた。


 そうは言っても、実際には他2チームが1位で高校生を指名している球団もあるのだが。


 細かい契約はこれからまだ詰めていかなければならないが、真白も白銀も入団の返事は済ませている。


 それは、卒業と同時に球団の寮を入る事を承諾しているともみなされ、地元での残り時間は少ない。


 2月のキャンプなどには参加しなければならないし、2月や3月は最低限の行事くらいしか学校には出席しない。


 そしてその分の欠席は皆勤賞などには影響しない事も、学校側と話し合いが着いていたりする。





 そして始まった文化祭。既に開始時間は過ぎており、どのクラスにも内部外部問わず人で賑わっていた。


 真白達のクラス、コスプレ喫茶にも既に多くの人が入っており、かなり賑わっていた。


「そのおみ足で踏んでく……」



「そういうサービスはしておりません。」


 甲子園等で恵の知名度も上がったのか、かつてのヤンキーだった事はもうほぼ忘れ去られている。


 むしろちょっと勝気な様子が受け、何かを勘違いした人はこうして恵の鬼コーチっぷりをS系キャラと勘違いしている者が一定数現れていた。


 ねこみみメイドとなっている恵に、たまにこうして変な客がやってきたりしていたのである。


 黙っていれば可愛い美少女、口を開いたり行動に出たりすれば元ヤン、その二極性に魅力を感じているという事だった。



 その奇特な客をさりげなく躱させるのは、他のクラスメイト達。


 恵が反論すると、多分違う意味で拳か足が出てくるからだ。


 それはもう、プレイではなくただの暴力の意味で。


 クラスメイト達は時間で交代制を取っている。


 バイトのシフトのようである。


 着替えるのが面倒なため、宣伝も兼ねて恵達は休憩中も衣装で文化祭を回る。


 そこは学校の許可済の話であった。


 衣装姿を見た生徒や一般客が、売り上げに貢献してくれればそれで良い。


 衣装のどこかに自分の学年とクラスがわかるようにしていれば、充分宣伝になるのである。





「ひぃぃぃ!あぎゃあぁあぁぁぁっ!!」


 真白と恵は休憩時間にお化け屋敷へと来ていた。


 どこのクラスの出し物なのか、かなり凝ったお化け屋敷だった。


 ちょっと女の子らしからぬ悲鳴を上げ、恵は隣の真白に抱き着いていた。


 その様子だけ見ればとても可愛らしい女の子である。


 ただし、悲鳴は女の子らしくはない。



「いや、痛いんだが。その江戸主税木田エドモンドきだ顔負けのサバ折り、マジで痛いんだが。」


 抱き着いてはいるが、その抱き着く腕の力は波の女子ではない。


 真白は両の腕をも巻き込む形で、がっちりホールドされていた。


 元ヤンはそれなりに筋力があるのだ。ましてやマネージャーとして、鬼コーチとして、バッティングセンターでホームラン王を争うライバルとして培ってきた恵のパワーは並ではないのである。



 2年の時にプールにいったり、合宿に行ったりしているが、遊園地などには行ったことがない。


 恵にも怖いもんがあるんだなと、感心する部分もあった……のだが、痛いものは痛い。


「虫は平気なのに、お化けとかは怖いんだな。」


 恐怖に打ち克つために、お化けを殴らなかった事に感心したとは言えない真白である。



「いぃいぃぃや、だだっだってよう。作り物だとはわかっていても、気持ち悪いモンは気持ち悪いし、怖いもんは怖いだろぅ。」


「大丈夫だ。お化けは人を殺さない。人を殺すのは人だ。だから気持ち悪くても怖くはない。」


「それを言ったら元も子もないけどな!」


「それで……いい加減サバ折りを解いて欲しいのだが、それと色々当たってるんだが。」


「マテ。あぁあぁぁ、当ててるのは真白もじゃねぇかよ。」


 少しだけ何かが進展した二人であった。

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