第90話 BLの予感?

 マウンドで大の字になっている真白の元へナインが、ベンチメンバーが駆け寄ってくる。


 マウンドへの距離が近く、先に到達した内野陣は……定番の指一本を高々と突き上げるわけでもなく、マウンドに横たわったままのこの試合立役者である真白を、蹴る、蹴る、蹴って蹴りまくっていた。



 そこには先輩も後輩もない、ホームランやサヨナラヒットを称えて頭や身体をポカポカ叩くのと同じように、蹴って蹴ってけりまくっていた。


 もし真白がマウンドに立っていたら、ポカポカと叩いていたのだろうけれど、寝ているものは仕方ない、じゃぁ蹴るかと誰が始めたのか事前に指し示しでもあったのかという程に足並み揃えて蹴っていた。


「ケリなら任せろ!」


「いや、あんたはここでジッとしてなさい。」


 保護者のような口調で、マウンドに向かいそうな恵の肩を掴んだ。


 どこに力があるのか、澪が恵を抑える力は半端ではなかった。


「いや、澪。お前結構力あるな。」


 それもそのはず、澪はバッティングセンターで親の手伝いをしていたのだ。


 酒屋程でなくとも、それなりに重たいものを小さな頃から扱ってきたのだ。


 運動はそこそこでも力が付くのは不自然ではない。


 女性にもある程度開けてきた高校野球であるが、選手と一緒に整列したり、こうした勝利の瞬間にマウンドに行ったりはまだ認められていない。


 選手がホームベース付近に整列する時は、いまだに監督達と一緒にベンチ前に整列するのみである。


 外野陣や控え陣からも手厚い蹴りの応酬を受けた後、真白は立ち上がりバッターボックスに目をやった。



 先輩達に肩を担がれ、悔しさに涙する水凪の姿が映った。 



「ほら、立てって。」


 声を掛けられたのは、肩を担がれた水凪ではなく、マウンドで大の字になっている真白であった。


 声を掛けたのは、先程までボールを受けていた主将の八百である。


 試合はもう終わったのだ、早々に整列してゲームセットの宣告を受けなければならない。


 優勝を決めた瞬間とはいえ、いつまでも時間を引き延ばすわけにはいなかいのであった。


 八百の出した手をグッと握り、真白は余韻を残しながらも立ち上がる。 


 両チームの選手34人が一列ずつに整列する。


 メンバーフル登録して14人の桜高校と、控え部員がスタンドで応援しているため背番号20までの山神学園。


 主審が手を上げると、ゲームセットの声の後両チームは近寄り握手をしたり抱擁をしたりして試合を称えた。


 先頭は互いに主将同士、二番目に並んでいた真白と水凪は、近寄ると一つ握手をした後その流れのまま身体を近づけ抱き合った。


 真白は水凪の肩に顔を乗せると、耳元で囁いた。


「俺は打ち取れただなんて思ってない、あれはこれでもないくらい捉えられていた。たまたま伸ばしたグラブに収まったに過ぎない。」


「打つ方だって、最初だけだ。試合は確かに俺達が勝ったけど、勝負では勝ったとは言えない。」


 その言葉が失礼に当たるとわっかっていても、真白はあえて口にしていた。


 先の事を考えていない真白ではあるが、ここで終わりと口にしてしまったら、本当に次の機会が巡ってくる事がないとわかっているようだった。


 真白の言葉には挑発的な意味もある、この先も勝負したいという思いもある。  


 水凪には伝わっていたのか、それとも試合終了時のままなのか、定かではないがこれだけ言って言葉を飲んだ。。



「プロで……待っててください。」


 ただ一言、耳元で水凪が悔し気な口調で囁いた。


 何を言おうと、何を言われようと、試合結果が変わる事はない。


 その悔しさは昨年自分たちが味わわせ、今回は自分達が味わった、ただそれだけ。




 水凪の囁きに、それまで抱えていた真白の思いが砕けた瞬間だった。


 砕けたガラスの先の未来、進路が姿を現した瞬間だった。


 現時点からでは何と書いてあるかは読めない、しかし確実にそこに何かが書いてあるのか分かる。


 俺が本当に其処を目指していいのか。


 強豪校に入れば恐らく目が出ていたかすらわからない。


 優勝した事でほんの少しはスカウトの目が捉えたかもしれない。


 0が1か2になった程度の認知度。


 前評判の高い注目選手をAやBと評するならば、ようやくFになった程度の自分が其処を意識して良いのか。


 それら葛藤を水凪の言葉が打ち砕き溶かしていった。




 持つべきものは戦友、そして好敵手である。



 しかし、真白は確実な返事を返さなかった。


 未来への道が見えたからと言って、そこを辿れるかはわからない。


 


「そこは先に活躍して待ってるから、お前は振り落とされるなよ、とか言う場面ですよ。」


 


「あぁ、お前とはまたやりたい。」


 そこだけすっぱ抜くと、とてもBL臭のする言葉であるが、数秒しかない抱き合っている時間は、異性が羨ましがる、または尊いと思える瞬間だった。


 事実、ベンチやスタンドから違う意味の声援が上がっていたのだが、当人同士には届いていない。


「夏コミまでに間に合うかな!?」


「そこは気合でしょう!!」


「現実の高校野球BL本なんて売れるのっ?」


「真×朱が良いかな。朱×真が良いかな。」


※水凪のフルネームは水凪朱里


 グラウンドまで聞こえなくて正解である。




 主将である八百から始まり、桜高校のメンバーが今度は横一列に整列する。


 これから勝利を称え、校旗の掲揚と校歌斉唱等が控えている。


 誰しもが想像していなかった桜高校の校歌が最後に流れ、埼玉大会は幕を閉じた。



 スタンド前に監督・マネージャーらを加え、一列に整列し一同は礼をする。


 大きな拍手で野球部員らは称えられ、大きな声援が返ってくる。


 

「甲子園滞在費どうすんだー。」


「高校生なんだから十三とか行くなよー」


 というような、現実を突きつける声も中には混じっていた。



「二刀流、面白いな。甲子園次第では要チェックや。」


 スタンドの一部からそのような独り言や、心の中の声が漏れていた。

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