第88話 桜高校のサプライズ

 山神学園サイドの配給は悪くなかった。


 サイテレの植野章もテレビの実況席で話していた。


 初球ボールになっても良い内角のストレートでのけぞらせ、2球目は外に落ちる変化球。


 握りと手首の捻り方を見るに落ちるスライダーであった。


 キャッチャーは3球目は真ん中低め、ボール球になろうかというチェンジアップでタイミングを外したかった。


 しかし水凪は首を横に振り、別のサインを要求していた。


 結果的にはその首を振って、最終的に頷いた球を振りぬかれたわけではあるが。


 その3球目のストレートを真白はタイミング良くスイング。


 腰の回転からくる遠心力がバットを伝い、真芯で捕らえたボールはその反発力で綺麗にセンター方向へと飛んで行ったのである。


 エルコンドルパサーならぬエルペロタパサーである。


 スペイン語を日本語へ直すと、エルコンドルパサーはコンドルは飛んでいく、この場合はボールは飛んでいくとなる。




(失投かな?あんなに素直なボールが来るなんて。高めが好きなバッターに高め勝負なんて。)


 実際最初の2球でツーストライクと水凪は追い込んでいたのだ。


 セオリーでは1球外したりする投手が多い、中には無駄球はいらないと3球勝負するケースや投手はそれなりにいるが。


 少なくとも勝負球にするボールではないと真白は判断していた。


 

 真白がベンチに戻ると、チームメイト達の「おめでとう!」という歓迎が待っていた。



 しかしその顔達は妙ににやけている。真白はその意味が分からず首を傾げていた。


 打席に入る前の、澪からの揶揄である恵の処女云々の事は頭には残っていないようだった。





「柊、もう1イニングだけ良いか?ほら、お前打者水凪とも対戦したいだろ?」


 野球冥利に尽きる場面では確かにある。二刀流であるなら、打者としても投手としても勝負をしてみたいと思うものだ。


 今夏の水凪は5番打者として既に3つのホームラン、1つのスリーベース、4つのツーベースを放っている。


 打率も5割を超えており、盗塁も2を記録していた。


「監督、それ絶対最初から考えていたでしょ。まぁ勝負してみたいですけども。」




「いや、被るんだよ。俺とあいつ。」


 5番打者で強打者。利き手や守備位置などの起用法こそ違うものの、成績といい活躍度合いといい。


 マネージャーとの関係といい……


 あまり表に出てはいないが、ベンチでスコアを付けているマネージャーと良い関係なのである。


 たまにチラっと山神ベンチを見ると、他の部員と水凪に対してでは、その対応が異なるのが見てとれていた。




 そして投手・真白と、打者・水凪の対戦。


 外角低めストレート、内角高めからのスライダー、内角低めへのチェンジアップで1ボール2ストライクと追い込んでいた。


 そこからさらに水凪は粘りを見せて、真白の投げるボールをことごとくカットしファールで凌ぐ。


 2-2のカウントから全く動かなくなっていた。


 プロ野球の試合を見ているとわかるが、こうなった場合先に根負けしたほうが痛い目に合う。


 大抵は投手が根負けするケースが多い。スタンドの声援による後押し、何を投げてもカットされる現状、握力、様々な要因が重なり大抵はちょっとボールが甘くなり、四球や安打されてしまうのである。


 ましてや、高校野球は夏の暑い昼間に試合を行っている。


 ストライクゾーンが広めと揶揄される埼玉大会においても、そのストライクゾーンは狭く感じてしまう場面でもある。


 


 そして何度かやり取りされた真白と八百のサインと首振りの様子は、ようやく決定を迎えた。


 打者水凪に対して13球目に選んだボールは・・・・・・


(秘密兵器その2の出しどころだ!)


 八百が送り出したサイン。それは、これまでに1度も見せていない球種。


(すっぽ抜けたらただの棒球。フルカウントじゃまず投げられるレベルにはない。けど、初見なら……)


 真白の心の中では、初めて見るボールなら見逃すか、見事に空ぶってくれるかの2択だろうと踏んでいた。


 打者からは真白のボールの握りは見えない。


(目指せ、名門……おっとそれ以上は言ってはいけない。)


 真白が放ったボールはチェンジアップとも違う速度と軌道を描き、ストンとフォークとも違う軌道で落ちた。


 同時に水凪のバットが空を切り、主審はストライクとバッターアウトを宣告した。



「あれはなんですかね。フォークでもチェンジアップでもない。あぁ、まさかのパームですね。握りが見えました。」


 サイテレではリプレイ画面を見た植野章氏が、真白の握りを見て解説していた。


 親指と人差し指で挟むように、手のひらは添えるだけ。


 押し込むような形でボールを押し出していた。


「初見ですからね、水凪君もまさかあんなボールが来るとは思ってもなかったという事でしょうね。」


 振らなければボールとなっていただろう事は軌道とキャッチングを見ればわかる事だった。



 水凪が空振りした事で、1塁側3塁側双方から大きな声が上がっていた。


 

 真白は打者6人を無四球無安打で締め、2回の攻防を終了した。


「ねぇねぇ。もしかして、ウチの野球部って凄いの?」


「一昨年まで万年一回戦敗退じゃなかったっけ?」


「なんか去年も決勝に来てたし、何か降臨してんの?」



 桜高校側のスタンド、夏休みに暑い中強制的に駆り出された応援に来ている在校生達の声であった。


 ひと昔前であれば、応援に参加しないと内申に響くぞという強制があったのかもしれないが。


 現在ではそんな事はなく、一応の声掛けとして参加出来るものは参加するように、というだけである。


 何せ、万年初戦敗退だった桜高校にお金はない。


 応援に来るための交通費も自費である。


 団扇や飲み物は学校が容易してくれていたりするのだが、基本的に自分で稼ぐ事の少ない高校生に何でも自費は良くない。


 親御さんに負担をあまり強いるのもよくないのである。



 


「じゃぁ、3回は卯月。お前がマウンドに上がれ。」


 2回の守備を終えた桜高校ナイン達に、吉田監督は次回の選手交代を告げた。


 ライトの卯月がピッチャー、ピッチャーの真白がサード、サードの朝倉がライトに回る。


 4回には朝倉が、5回には3つ目の秘密兵器が待っていた。



「ここでサプライズ守備かよ。」



「真のサプライズとは俺の事よ!」


 なんと、5回のマウンドには背番号2・八百が上がったのである。


 そしてサードには奥津が入り、朝倉はベンチに下がった。


 そして肝心のキャッチャーはというと……



「うわっくせっ。八百汗くせーよ。」


「いや、お前、そのプロテクター新品だろうよ。」


 キャッチャーのプロテクターはどうしても汗臭くなる。柔道の胴着程ではないが。


 マウンドでボールを手渡した真白と八百のボケ漫才であった。


「このネタのために道具を新調したとか、監督も頭おかしいな。」


 5回裏、桜高校のサプライズは自チームすら驚愕とさせていた。


 投手・八百、捕手真白、公式戦どころか練習試合ですら見せていない。


 それどころか、二人がそういった練習をしているところを他のチームメイトすら見たことがない。


 だが、確かに二人は言っていた。


 小学生の頃はやった事があると。


「ボコボコに打たれても朝倉は抱擁すらしてくれないと思うぞ。あぁ、弟の方がしてくれるかもしれないけどな。」


「ナニソノオレガウタレテナイチャウの前提な話。」




「気楽に投げろよ。俺も高校生活唯一のキャッチャーを楽しむからよ。お前の普段の苦労も分かるだろうし。」


「ひいらぎぃ~。」


 八百は真白に抱き着いた。


「コラッ、いい加減守備位置に戻りなさい。」


 主審からお叱りの言葉をいただいたバッテリーであった。

 

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