第83話 真白無双
伝家の宝刀・シンカーでDT打法の彼を三振に切って取り、ピンチを脱出した桜高校。
ベンチに戻る際に、真白はぽかぽかと頭や尻を叩かれていた。
「結局一人に8球も使ったけどな。」
最終回の攻撃に入る前に桜高校は円陣を組んだ。
「なんの因果か、最終回は1番からだ。つまり、初回のつもりで行こう。」
「雨も小雨でグラウンドのぬかるみは相変わらずだけど、9回にまた土を入れてくれてますからね。」
「白銀の十八番というか見せ場だな。」
14人の円から漲る闘志が溢れだしており、視認こそ出来ないものの熱い情熱となって周囲をも熱くさせた。
監督とマネージャーの二人はその様子を見て、一緒に熱くなっていた。
華咲徳春は3人目の投手、内野と外野を一人ずつ交代していた。
背番号は二桁なれど、その守備練習風景は控えとは思えないくらい警戒な捌きを見せていた。
「まぁ、他所ならレギュラーってやつもいるだろうしな。」
白銀が初球ファールを放つと、2球目は一転しセーフティバントを三塁側に試みる。
ベース付近は土が入っているとはいえ、それ以外はまだぬかるんだままである。
白銀はその境目を狙って絶妙なバントを試みた。
構えの変化を見て代わった三塁手がスタートを決めていたのを、白銀は転がす瞬間に目にしていた。
後は二人の脚力、それから三塁手のフィールディングに掛かっていた。
結果的には、白銀の足が勝り、ランニングスローも空しく内野安打となった。
2番の村山がきっちりと送りバントを決め、一死2塁。
3番八百の打った打球はセカンドとライトの間に運よく落ちるポテンヒット。
足の速い白銀ではあるが、3塁を回り始めたところで戻り、一死1・3塁とチャンスを広げた。
華咲徳春に比べ、桜高校の応援スタンドは遥かに数が少ない。
それぞれが叩くメガホンは、予算が少なく野球ファンが持つ自前のプロ野球のメガホンや応援バットである。
幸いにして吹奏楽部等は手が空いているため、応援歌などは終始鳴り響いている。
先程1・3塁になった時からは、関西の某球団のチャンスの時に流れるテーマ曲が流れていた。
ここまで4回に放った1安打、最初のホームを踏んだっきり、安打のない壇ノ浦。
2連続で放った大飛球は惜しくも2度共外野手のグラブに収まっている。
4球目、壇ノ浦が放った打球はセンターとライトの間に綺麗に落ちる、1点差となるタイムリーヒットとなる。
ライトが捕ったボールはそのまま内野へと早急に返球し、八百は2塁に釘付けとなった。
なおも一死1・2塁で先ほどの回からピッチャーとなった真白が打席に立った。
ここでまた大飛球でセンターフライとなると、昨夏の苦い思い出の再現となってしまう。
センター方向が基本とは言われているが、真白の頭の中にはセンター以外と過っていた。
しかし、ここで華咲徳春はピッチャー交代を告げる。
初回に白銀にホームランを打たれたが、3回までを投げた後ライトを守っていたエースがマウンドに戻ってきたのである。
桜高校が、柊真白が仮想水凪と呼んでいた選手であり、バックネット裏等にいるスカウト達が本日一番見に来た選手でもある。
「いや、だから再現っぽい事はいらないんだって……」
益々センターには打たないぞと意気込む真白である。
スタンドの吹奏楽部からは二つ目のチャンスマーチが流れている。
応援団は特に設立されていないため、有志で集まった生徒達とチアリーディング部の女生徒達で成り立っている。
野太い声援と黄色い声援が3塁側の味方から放たれ、真白はそれを背中で受け止めていた。
「後輩が打ったり守ったりしてるんだし、打たないとまずいよな。」
投球練習のため、バッターボックスから離れ、投球の様子を見ながら真白が呟く。
「一番聞こえるのがあいつの声ってどうかしてるよな。」
それは好きな人補正とかそういったものではなく、元ヤンの恵の声という物理的科学的なものである。
「いや、打たないと殺すとか、そういうのは言っちゃだめでしょ。ハラスメントよ。」
「面白いなそっちの面々は。」
バッターボックスに入った真白に華咲徳春の捕手が声をかける。
「弱小なりに色々手を尽くさないと勝てないからな。金星上げるためには、実力以上のものが出せないと。限界突破SSRよ。」
最後の例えはわかる人にしかわからないが、実際に弱い方が強い方に勝つには運や環境なども味方につけなければならない。
無駄口はこれ以上叩けないため、それを聞いた捕手は股の間で投手にサインを送る。
(サイン~はヴい)
緊張を解すため、真白は自己暗示をかける。
(目標をセンターに入れてswitch。目標をセンターに……ってセンターはダメだろ。)
余計な事を考えたせいか、内角に食い込む初球のスライダーを空振りしてしまう。
その様子を見て、味方をヤジする声が真白に届く。
「あいつ、味方をなんだと思ってるんだ。」
(あ、やっぱり主審に注意された。)
「いやほんと、面白いマネージャーだな。」
捕手から再び囁かれる。
「良くも悪くもウチの名マネージャーだよ。」
2球目のチェンジアップは低めに入り、際どくもボール。
3球目、これで本来は三振を取る球だろうというクロスファイヤーが内角にズバッとくるが、真白はそれを辛うじてバットに当てファールにする。
4球目、初球と同じスライダーが来るが、今度は真白もきっちりと反応しファールにする。
5球目は外の真っすぐを見逃しボールとなり、6球目は外のスプリットに反応しファールとなる。
カウントが2-2となってからは全然動かず、粘りに粘り既に12球の勝負となっていた。
外野の守備は定位置よりはやや前進、ヒットになっても同点は阻止しようという守備位置だった。
二死であればホームで刺す必要はない。外野に転がった場合は2塁走者と返球の勝負となる。
雨で走り辛いのはどちらも同じ、それならばスタートと3塁からの切り替えし、捕球までの道のりと捕球からの送球の勝負だと華咲徳春。
(同点じゃ無理だな、逆転ならインタビューあるか。)
頭の中はインタビューで恵に仕返しをする事に若干切り替わっていた。
そんなに都合よくいくはずはない、しかし良い未来を浮かべた方が結果が良い方に傾くだろうと思っていた。
16球目、渾身のストレートは外角低め、ギリギリストライク?と思われるところに投じられた。
もはや明らかなボール以外は、来た球を打つ意識を持っていた真白は素直に反応し、見事真芯で捕らえる。
テレビの球速表示は、この日最高の156km/hを表示していた。
真白が捉えた打球はセンター……ではなく、ライト線へと向かい、やや前進守備のライトは追いつけず、バウンドした打球はそのままフェンスへと当たり跳ね返る。
ライトが変則的に撥ねた打球を掴み、送球を開始した時には真白は既に2塁ベースを蹴っていた。
中継されたボールが3塁へ届いた時には、真白は既にスライディングを決めてベースを抱いた後だった。
フェンスに達した時には既に八百は3塁を蹴っており、壇ノ浦も2塁を蹴っていた。
ライトが送球をした際には壇ノ浦は3塁と本塁の間を走っており、仮に送球が本塁へ向けてされていても間に合わない。
中継はそれを察して、明らかに間に合わない本塁より3塁へと送球したのだが、真白の足が若干勝っていた。
ライト線への2点タイムリースリーベースとなり、5-4とついには逆転したのであった。
真白が打った瞬間から、3塁側スタンドは総立ち(元々生徒達は立って応援しているが。)となり、大歓声が当たりを包んでいた。
抜けろー、回れー等様々な声が響き、逆転の瞬間にはこの日一番の感性が上がった。
試合はまだ終わったわけではないが、サヨナラ勝ちを決めたかのようであった。
「真白っホームスチールだ!」
「出来るかアホッ!」
恵の応援ヤジに素で応える真白。
これが公共の電波に乗り、サイテレで流れている事を知っているのだろうか。
「いや、だから夫婦漫才は要らない。」
八百がボソッと呟くと……
「私も何かしようか?」
澪がスコアブックを付けながら八百に応えた。
5-4と逆転した事で、吹奏楽部は関西の某球団のKOが流れ始めた。
文言は多少変え、相手に失礼のないようアレンジされている。
そして6番、小倉がレフトへ飛球を上げた。
真白は3塁ベースに左足を付けると、打球を目で追いその落下を待っていた。
レフトがボールをキャッチすると同時に真白の右足が地面を蹴った。
ちょうどベース付近は土が入れられていたため、最初の蹴りだしは上々であり、良いスタートが切れた。
決して浅いフライではないため、ホームで刺すには相当のキャッチングと送球が要求される。
レフトの選手は捕球と同時に送球するため、落下地点より少し後ろから助走し、捕球した。
その助走の勢いそのままに本塁へ向けて大遠投を投じた。
真白のスタート、レフトの捕球からの送球。
どちらも甲乙付けがたく、セーフでもアウトでもどちらでもありえるプレイとなる。
真白は滑り込み左手を伸ばしベースへとタッチに向かう。
レフトからの送球は大きく逸れたわけではないが、ワンバンドし少し一塁側へと逸れる。
その差が結果を左右したと言っても過言ではない。
捕手が捕球し、真白へとタッチに向かうが、ワンテンポ遅れてベースに既に触れている真白の左手の甲を、空振る形で追いタッチとなった。
高校野球で使えるわけではないが、チャレンジを使ったとしても判定を覆す事の出来ないプレイとなった。
生還した真白はベンチで言った。
「まぁ俺が疲れてもまだ卯月がいるだろ。」
9回裏の事はあまり考えていなかった。
「良いから泥を拭け。」
八百がタオルを持って真白に手渡した。
真白が左手から返ったのは、右手は投げる手だから無意識に庇っての行動である。
卯月がいるからとは言っていたが、心のどこかで9回を締めるのは自分だという表れは見せていた。
「ナイスランッ」
恵と澪のマネージャー二人がハイタッチを要求してきたので、真白は拭いてはいるけど泥の残る右手で返した。
そして7番小峰は四球で1塁に出たが、8番奥津は変化球を引っ掛け内野ゴロに終わった。
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