第64話 偵察に行ったら他校の生徒にカップル認定された件

 文化祭が終わり、11月も中頃。

 ついに明治神宮大会が始まる。

 秋の関東大会、決勝は同県対決だった。

 どちらも水凪達山神学園が勝利を修めている。

 破れた浦宮学院は夏に桜高校の番狂わせで敗退し、秋の県大会と関東決勝で二度も水凪達山神学園に破れ、借りはセンバツで返してやろうと虎視眈々と王者返り咲きを狙っている。


 水凪達は夏と秋の予選の勢いをそのままに決勝まで勝ち上がる。


 決勝戦は近畿大会の優勝チームと対戦する。


 夏の甲子園決勝で山神学園を倒し優勝を果たした大阪の学校であった。


 水凪達からすれば、新チームになってから早速リベンジの機会を得たという事になる。


 

 試合が丁度休日と言う事もあり、真白は水凪達の決勝戦を観戦に行く事にしていた。


 駅に到着すると先客は既に到着し、アイスを齧っていた。

 

「ほう、ほへぇほ。はひほ。」

 直訳すると、「おう、おせぇぞ、ましろ。」である。


 先日の藤〇球児の引退試合を観戦した実績があるからか。


 観戦モードに身を包んだ種田恵が、駅前にあった。


 真白が到着しなければ、きっと複数の異性から声を掛けられていただろう。


 今の恵を見てヤンキーだなんて思う人は少ない。


 恐らく朝倉澪プロデュースの本日の恵の恰好。


 てっきり赤い特攻服とか黒い特攻服とかを想像していたダメな真白である。


 真白に合わせたのだろう、白い服は合わせにも感じる。


 薄い茶色のスカートはこれまでの恵にはなかったので新鮮に感じてしまう。


 朴念仁の真白でさえ、少し息を飲んでしまう程美少女然としていた。


 アイスを齧ってそのままの恰好で喋っていなければ……


 外はそろそろ寒いと思える気候であっても、観客席ともなれば熱気で蒸し返っている。


 暑い夏のラーメンのように、秋や冬にアイスだって売れてしまうのである。


 東京までの道のりは長いとも短いとも言えず、1時間半もすれば到着する。


 地図で見るとそんなに遠く感じない岡山ー松山間や岡山ー出雲間はそれぞれ3時間も掛かる。


 東京の隣県にとって、神宮球場までがどれだけ近いかが分かる。


「東京って案外近いんだな。」

 

「まぁそうだな。サラリーマンが通勤する距離だ、時間掛かっても仕方ないだろうしな。ってほら、マフラーずれてる。」


 真白は解け掛けていた恵のマフラーを一度剥ぎ取ると、綺麗に巻き直してあげた。


 その時真白の顔が恵の顔に近付くが、真白は特に意識もなく、恵は顔を真っ赤にしてされるがままとなっていた。


 周囲の独り者と思われる男性から「ちっ」と舌打ちが発せられる。

 

「試合始まって応援とかしてたら直ぐに解けちゃうだろうけどな。だいたい試合が始まれば暑くなるだろうし。」


「そ、その時はまた巻き直してくれ。というか、試合中は……まぁそうだな。」


「巻きますか?巻きませんか?」


 薔薇色の乙女人形でも出てきそうである。


「だからその時は巻いてくれ。でも芸能人のおっさんみたいな捩じ螺子巻きは嫌だぞ。」


 再度赤くなった恵がバツの悪そうな表情をする。

 


「座席は……プロ野球じゃないから内野で良いな。一塁側から水凪のフォームが見える位置が良い。」


「まぁ席は任せるよ。あたしはおまえといっ……偵察が出来ればそれで良い。」


 恵の言葉には色々隠れている面があるけれど、朴念仁の真白はそれに気付いていない。



「で、自由席なのになんで学校応援団のすぐ傍なんだ?確かに座席は開いていたけども。」


「良いんじゃないか?聞いちゃいけない話とか聞けるかもしれないし。」


 しれっと恵が言う。選手達の癖とか普段の様子とか、新聞等には掲載されていない情報を誰かがポロっと漏らすかもしれない。


 それが春や夏に対戦する時の役に立つなら万々歳である。


 投球練習をしている水凪の姿が真白の目に映る。


 以前対戦した時は玉の出所が見難いスリークォーターだと記憶していた。

 

「へぇ、確かにオーバーに変えたんだな。球速は上がってるか、その代わり見え辛いという利点は半減してるな。」



「でも腕のしなりも上がってるんじゃないか?だとしたら見え辛いという利点がなくてもお釣りがくるフォーム変更ってやつだな。」


 まるで八百のような分析をしているのは恵だった。


 たった数ヶ月で随分とマネージャーらしくなったものだと、横で見ていた真白は感心していた。


 スタンドから見ていた真白はまた随分と厄介になりやがって……と思っていた。


 福岡の球団の和田野毅のようなタイプだったのが、漫画ではあるがメジャーの球団で活躍した茂田吾狼にタイプなったと言えばわかり易いだろうか。

 

 5回表、水凪の投げたストレートをフルスイングした打球が、スライスされて真白達のいるスタンド席へと襲ってくる。


 パンッと回転の掛かった難しい打球を難なく捕球する一つの姿。


 驚いて目を見開いている恵の前に立っての姿であった。 



 先程のバッターは打球を一度だけチラっ見ただけで、振り返り滑り止めをバッドに塗っていた。


 別にいちいち帽子を取って頭を下げろとは言わないまでも、打球の行方くらいは確認して欲しかった。


 だから真白の頭は沸騰してしまった。


「テメーウチの大事なマネージャーに当たったらどうしてくれるんじゃボケぇッ。」


 珍しくも真白が口調悪く言葉を大声で発した。


「ひゅーひゅー、兄ちゃんかっけぇぞー。」


「でも暴言はだめだぞー。」


 仕方がないのだ、相手は関西なのだ。舐められたら終わる。


 夏に戦う可能性もあるのだから舐められたらいけないのである。


「だ、だい、だいじな……ぷしゅー。」


 恵はポンコツロボットのように蒸気して固まっていた。


 もし真白が捕球しなくても、恵であれば避けるくらいは造作もなかった。


 しかし避けた場合、跳ねた打球がどうなるかわからない。真白が捕球した行為は、ひいては安全面を考慮すれば当然皆が助かったのだ。


 

「なんでプロでもないのに試合観戦にグローブ持ってきてるんだ?しかも嵌めてるんだ?さらには華麗に取っちゃうんだ?」


 という声が周囲から発せられている。真白は声のした方向へ視線を向けると当たり前のように言い放つ。

 

「試合観戦するのにグローブを持ってこないという選択肢がないのだが?プロの試合であればボール貰えるし、アマや高校でもこうして打球から身を守り易くなるだろ?」


 どや顔で説明する真白に対して、周辺の人達はなるほどと感心していた。

 

「やべぇ、惚れそう。」


 先程の質問も今の惚れそう発言もも山〇学園の同じ男子生徒である。



「ちょ、お前らにまっ、真白はやらんっ」 


 同性愛というところは良いのか……と他の生徒は思っていた。


 惚れそうと言った人物がいたことで速攻で恵は覚醒した。



 この日の一塁側スタンドにいた山〇学園の生徒は、夏の決勝の敵であった柊真白とマネージャーの二人が実はラブラブだと勘違いをしてしまう。


 一緒に偵察に来て、格好良くマネージャーを助け、マネージャーのために相手を怒ったのだ。


 これで勘違いするなというのが無理なのである。


 「大事な」と強調していたのだ、下の名前で呼んだのだ、カップルだと思わない方がどうかしている。


 現にヤジを飛ばしていたおっちゃん連中も、カップルだと思っていた。



 その後、試合は白熱としていく。


 7回を終わって1-0で山神学園がリードしているところで水凪は降板した。


 決して後続の投手だけが悪いというわけでもないのだが、直後の8回に同点に追いつかれ9回表で山神学園は逆転を許してしまう。


 その結果1-3で山神学園は準優勝という結果に終わった。


 夏の甲子園のリベンジは春のセンバツまでおあずけという事になった。




「残念ながら準優勝ではあったけど、やっぱ強いな。関東まで制しただけはあるわ。」


 少しマフラーの解けてきていた恵が真白の前でアピールしていた。


 ほらっほらっという感じでない胸を突き出してのアピールだった。



「ん?あぁ、巻きますか?巻きませんか?」


「まきまきしてくれ。」


 恵もここで可愛く言えればほぼ満点なのだが、照れくささからか少しヤンキー口調となってしまう。



「お、おう。ありがと。」


 真白は試合前と同じように一度マフラーを剥ぎ取ると、首に掛け直し綺麗に巻き直してあげた。

 これまた試合前と同じように恵の頬は赤く染まっているのだが、真白には伝わっていない。

 まきまきするのに集中し過ぎなのであった。


 その様子を偶然見ていた山〇学園の生徒達は思った。


(この二人超ラブラブじゃねぇかっ)


 こうして真白と恵の二人は他校の生徒にもカップル認定されるのだった。


 意識していないのは当人のみ達である。

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