第58話 ちゃっかりカップルになっていた二人

 真白は種田邸という名の団地を後にして帰路につく。

 同じような作りの5階建ての棟がいくつも並んでおり、初めて来るものにはどれがどの棟かわかり辛いものとなっている。


 1街区から6街区までがあり、4街区の途中で小学校のエリアが分かれている。

 1街区から4街区の半分、4街区の残り半分から6街区というように。

 他に団地以外にも区域内にある一軒家も当然それぞれの小学校に割り振られる。

 恐らくは幼稚園で一緒だった者が、小学校でも同じか分かれるかするが、中学校で再び一緒になるという地域である。


 種田家は4街区の一部にある。


 一度行けば二度目以降は迷う事もないだろう。

 そう思って真白は違和感に気付く。

 

 二度目?二度目以降ってなんだよと。

 停学はあと1週間、もしかすればあと1回は今日と同じようにプリントを届ける事もあるかもしれない。

 しかし以降という事は三度目も考えているという事。


 言葉の綾もあるかもしれないが、真白は自問して苦悶していた。


 「餌付け……されたのか?」

 以前アニスミアで出されているケーキ類が恵作によるものだと聞いていた真白は、確実に胃袋を掴まれていたのかもしれない。




 帰宅した真白は食後の運動も兼ねて、ゴムチューブで練習をする。

 左腕がまだ完治していないので、素振り等は控えていた。


 タイヤにロープを繋いで走り込んだり、左腕が使えないので軽めのハンマーでタイヤを叩いたり。

 少し昭和的な練習をしていた。


 最後に20分程軽くランニングをするために走り始めると、朝倉のやっているバッティングセンターの前を通る。


 キンッ……キンッ……とボールを弾き飛ばすバットの打球音が響く。


 何気なくバッターボックスに立っている人物を見ると、そこにいたのは捕手で新キャプテンの八百の姿があった。


 「あいつ……もう打てるまでに回復してたのか。」

 八百が攻撃を受けたのは腹だった。

 あばらには影響がなかったので、数日で治るとは言われていた。

 

 「ん?」

 20球全て打ち終えたのか、バッターボックスから出て行った。


 「んん?」


 朝倉がドリンクを持っており、それを八百に手渡していた。

 マネージャーだし、自分の親の経営する店で練習していたのだから不思議ではない。


 「んんん?」


 八百と朝倉が抱き合っている姿が目に入った。

 これはどういうことだ??

 真白は疑問に思うとバッティングセンターの中へと勝手に足が進んでいた。

 そして、センター内に入ると真っ直ぐ二人の元へと向かう。


 「他の客がいないとはいえ、大胆だな。」


 「おおぉぉわっ。ひ、柊か。」


 「ひやぁぁぁぁっ、こ、こんばんは。」

 二人共中々に強かである。朝倉に至っては驚きつつも平常に戻っていた。」



 「いつから?」 

 いつからとはそういう関係になったのは?という事だ。


 「あ、うん。数日前。正確にはあいつらに因縁ふっかけられて俺がボコられた後。」


 身を呈して守ろうとする姿に感動して、少し看病していたら手が触れてドキっとしたと朝倉は言う。

 練習等で他の部員に触れてもなんともないけど、八百に触れた時だけドキっとするのでこれはもしやと自覚したと言う。


 

 「こういう言い方は良くないけど、元々朝倉の事良いな~って思ってたんだよ。でも告白とか成否に関わらず部内だとギクシャクしたり、その後変な緊張したりしそうでずっと言えなかったんだよな。」


 「あの時ボコられてから朝倉がずっと気にしててくれてさ。だってほら、お前には種田がいるじゃんか。」

 

 「どういう事だ?」


 「このニブチンめ。だからつい漏らしちゃったんだよね。殴られたところが完治したら、俺一人に構ってくれる事もなくなってしまうと思ってさ。」


 「俺の専属マネージャーになって欲しいって。」

 親指を立ててサムズアップして得意げに八百は言った。


 「は?」

 真白は呆れて漏れた言葉が「は?」だった。


 「私はどういう事?って返したんだけどね。」

 朝倉は既に冷静になっており平然とツッコミを入れていた。


 「だから俺は続けてこう言ったんだ。夏は甲子園に連れて行く、だから俺のスコアを毎日つけてくれって。」


 「は?」

 真白は以下同文。



 「意味がわからないんだけどって返したんだけどね。」

 朝倉は淡々と返している。呆れていると言っても良いかもしれない。


 「それでテンパった俺はこう言ったんだよね。朝倉のピッチャーになりたい、だから女房(役)になってくれって。」


 「バカ?」

 真白は肩を落としてツッコミを入れる。


 「余計意味わからないって返したよ?」

 朝倉の意見は間違ってはいない。ネタなのかギャグなのかわからない言い回しにしか聞こえない。

 必死さは出ていたのだろうけど。


 「ああぁぁもうっ。つまり好きだって事だよ。俺は朝倉の事が好きだ。だから夏は甲子園に連れて行くから隣で支えて欲しいって。」


 微妙にプロポーズ染みた言葉が混じっているが、4度目にして漸く告白をしたという事だった。


 「最初からそう言えば良いのに。私もあの時庇ってくれた時から意識してた。多分好き……だと思う。と返したんだよ。」


 それで晴れて恋人同士になりましたと。

 八百はダラシナイ表情で答えていた。


 「あぁそう。他の部員に影響出ないようにすれば良いんじゃね?」

 朝倉狙いの部員には申し訳ないと思うけど。



 「しかしねぇ朝倉が八百を選ぶなんてな。」


 「失礼なっ、俺だって見た目は普通だけどやるときゃやるんだって。」


 「いや、そういう意味じゃなくて。朝倉は白銀みたいなタイプが好きそうなイメージだったから。腐ってそうだし。」


 「腐ってはいるけど、まぁ好きになってしまったものはしょうがないじゃない?」

 朝倉は全く否定しないどころか肯定していた。


 「朝倉お薦めのカポーは?」


 「白×真」


 聞かなければ良かったと真白は後悔した。




 真白は1打席だけプレイしていこうと一番遅い80Km/hのボックスに入った。

 

 「ん?左?」

 八百が真白が立った位置を見て呟いた。


 「右手1本で球筋とインパクトの位置を確認しておきたくてな。」




 


 「やっぱり、片手だと重さが違うし思うようには当たらないな。左右の違いだけの問題じゃないな。」


 ボックスから出た真白は呟いていた。

 ジャストミートはほぼ出来ていない。

 前にボールは飛んでいるが、当てただけに過ぎなかった。




 「そういや、お前らもう20本なんだな。化け物アベックめ。」


 ホームラン数の欄には1位の欄に、柊真白と種田恵の名前が20本で並んで記載されている。



 「俺達、お前達の事を全面バックアップするからな。」

 八百が何を言っているのかわからない真白は「ん、お、おう。」としか返せなかった。




 真白は用件は済んだと、バッティングセンターを後にする。

 朝倉と八百は……そのうち帰るだろ、八百が。朝倉は裏が家だしと。

 10分程かけて残りのランニングを遂行し帰宅すると、風呂に入って直ぐに就寝した。



 そして翌日、学校から電話が入る。

 種田恵の停学になった事件についてもう一度話がしたいという内容だった。

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