第55話 泣いてなんかないからなっ

 「本当に申し訳ないっ。」

 停学を言い渡され、2時間目の休み時間。

 1時間目の休み時間の間に2時間目の休み時間に部室の前で集まるように促していた。

 この後恵は強制早退からの停学2週間が待っている。


 種田恵は野球部員達の前で土下座をしていた。


 その場には包帯を巻いて松葉杖の真白の姿もある。



 思うところが全くないわけではないが、野球部員達は種田恵が身勝手な暴力で他校の生徒を殴るなんて信じてはいない。

 怪我をしている柊真白の姿があるから余計である。


 それでも他校の生徒を殴って怪我をさせた事実は変わらない。


 野球部や恵に近しい生徒を除けば噂を鵜呑みにしてしまいがちである。



 「お前は悪くない。お前は俺と八百、それに朝倉を守った。それだけだ。」

 八百と朝倉は頷く。


 全員から事情聴取をしているため、監督はそれとなく事情を把握している。

 それでも怪我をさせているという事実があるために、良く守ったとも言えず、相手に責任を問いに行く事も出来ないでいた。


 監督も相手からの言い分のみを鵜呑みにして、処分をくだしてしまう自校の対応には疑問を抱いている。

 せめて喧嘩両成敗であるべきだろうという思いは強かった。

 

 「マネージャー、ここにいるみんなはマネージャーが悪いだなんて思ってない。」


 「秋春は残念だけど、去年まではそもそも参加する事に意義があるだけだったし。」


 「本来男女逆な気はするけど、柊や八百、朝倉マネージャーが酷い状態にならなかったのは種田マネージャーが庇ったからだろ。」


 「本当に赦せないのは自分達から因縁を吹っ掛けてきて自分達から暴力を振るってきたのに、まるで被害者面してる奴らじゃないっすか。」


 部員達は次々と思いの丈を吐き出していく。


 「お前ら、そういうのはここだけにしておけ。どこで誰が聞いているかわからないし、報復なんてもってのほかだからな。」

 「この悔しさは夏の……いいや、来年の春季大会でコールド勝ちする事で返してやれば良い。相手の野球部に恨みはないが、相手校に借りを返すというならそのくらいにしておけ。」


 監督も大概であった。


 「そうだそうだ。5回コールド完全試合(推定記録)をやってやるくらいの気概で行こうぜ。」



 こうして翌日から停学2週間となる種田恵を励ます会(2時間目の昼休み)は終了する。




 土曜日であるため4時間目の授業が終わるとホームルームの後放課後となる。


 秋の大会を辞退し、1か月間の対外試合禁止となったわけだけれど、部活動自体は禁止されていない。

 真白を除き他の部員達は軽めの練習を行う事となった。


 多少奇異な目で見られる事はあったけれど、走り込みを始め基礎体力作りに時間を費やしていた。


 真白は部活を見ているのが辛かったわけではないけれど、その日は早々に学校を後にしていた。



 「おい、なんでここにいる。」

 停学を言い渡され、本日は早退をしていたはずの種田恵が柊真白が校門から出てくるのを待っていた。


 「その足、一人で歩くの大変だと思って。せめて今日だけでも……足になりたい。」

 松葉杖を持っているのだから然程厳しいわけではないのだけれど、これは恵なりの気持ちの持ちようであった。


 「そうか。それなら足というよりは、コレを持って貰えるとありがたい。」

 多くのものを入れているわけではないけれど、鞄を恵に手渡した。

 肩掛け鞄のため、こうして松葉杖をしていても影響なないのだけれど、これも恵の意を汲んだ真白なりの行動だった。


 道中特に会話があるわけではない。

 時々「大丈夫か?」と気に掛ける事はあったけれど。


 「少し、そこの公園で休んでも良いか?」


 そして公園のベンチに腰を掛ける。



 「本当に申し訳ない。」

 公園のベンチで休んでいると再び恵は真白に謝った。

 真白の視線がずっと前を向いており、どこか諦めというか黄昏ているように見えて、恵の心に深く抉ってくるものがあったからだ。


 今回の事は夏悔しい思いをして、秋頑張って春を目標に動き出そうとした矢先の出来事だったからだ。

 

 「だからもう気にするな。幸い怪我も酷いモノではなかった。暫く安静は必要だけど1ヶ月も掛からずに元のように練習もできる。」

 

 真白の肩に重さを感じる。

 恵が顔を埋めていたためだ。


 「ど、どうし……」


 「う、うぐぅ。」

 真白の肩に伝わるのは小刻みな微振動。


 「もしかして……」

 「な、泣いてなんかない。」

 

 真白は身体の向きを変え、恵を自分の胸元に押し付けた。

 右手は後頭部をぽんぽんと優しく叩く。


 「泣いてなんかないからなっ。」


 「何を言う。夏の決勝後と今回のこれでおあいこだ。」


 「な、なにおう。」



 「恵、お前は泣き顔なんかよりも、そうやって強気に出ている方が……ほ、方が……」



 「恵らしくてか、かわ、可愛いぞ。」


 「ん?今なんて?」

 見上げた恵の目には汗が……


 「二度は言わん。」



 公園に来た時と違い、少し軽やかな足取りで公園を後にする真白と恵の姿を……

 ある人物の目に留まっていた。





 秋の地区予選が始まり、事件から1週間程が過ぎた頃。


 事態は急展開を迎える事となる。

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